ルーナ物語2
第十章 開戦
フィーニス魔法学園。
深夜。
結界が砕けた空には、青白い光の破片がまだ残っていた。
雪とともに舞い落ち。
地面へ触れる前に、淡く消えていく。
その光の中を。
黒いローブの集団が進んでいた。
誰一人、言葉を発しない。
雪を踏みしめる音だけが、夜の学園へ響く。
校長は教師たちの前に立ち、杖を握っていた。
「これより。」
静かな声が響く。
「フィーニス魔法学園防衛戦を開始する。」
教師たちの表情が変わる。
「一年生は寮へ!」
「二年生、三年生は避難誘導!」
「治癒班は本館へ!」
「戦闘班は校門を守れ!」
「敵を生徒たちへ近づけるな!」
「了解!」
教師たちが一斉に動き出す。
その瞬間。
敵の一人が杖を振った。
黒い炎が夜空を駆ける。
教師が結界を展開する。
轟音。
炎が光の壁へ激突し、周囲の雪が一瞬で吹き飛んだ。
それを合図に。
両者が一斉に魔法を放つ。
炎。
氷。
風。
雷。
黒い光。
色とりどりの魔法が夜空を埋め尽くす。
学園は一瞬で戦場へ変わった。
教師たちは前へ出る。
生徒たちを背に。
一歩も下がらない。
「正門を守れ!」
「右側から回り込んでいる!」
「結界を展開しろ!」
怒号が飛び交う。
敵は数が多かった。
一人を倒しても。
その後ろから、また一人が現れる。
教師の魔法が敵を吹き飛ばす。
直後。
別の敵が黒い光を放つ。
一人の教師が地面へ倒れた。
「治癒班!」
別の教師が駆け寄り、傷ついた仲間を抱える。
それでも戦いは止まらない。
⸻
一年生の寮。
クロエたちは、廊下へ集められていた。
窓から離れ。
教師の指示に従い。
壁際に座っている。
遠くから、何度も爆発音が響く。
地面が揺れる。
天井から細かな砂ぼこりが落ちてくる。
クレアはクロエの手を強く握っていた。
「怖い。」
小さな声。
クロエも怖かった。
心臓が速く鳴っている。
足が震えそうになる。
それでも。
クレアの前では、震えたくなかった。
「大丈夫。」
クロエは言う。
「先生たちがいる。」
「絶対に守ってくれる。」
その言葉を。
自分自身にも言い聞かせる。
窓の向こうで。
炎が空へ上がった。
その光に照らされ。
戦う教師たちの姿が見える。
一人が仲間の前へ立ち。
攻撃を受け止める。
別の教師が負傷者を抱え、後方へ運んでいく。
皆が。
生徒たちを守るために戦っている。
クロエは拳を握り締めた。
何もできない。
自分は未来の英雄と呼ばれている。
けれど。
今は、守られているだけだった。
その現実が、胸を苦しくさせる。
⸻
戦場の中央。
校長は一人の男と向かい合っていた。
敵を率いる、黒いローブの男。
周囲では激しい戦いが続いている。
それでも。
二人の間だけは、不自然なほど静かだった。
男が口を開く。
「久しいな。」
校長の表情が、わずかに変わる。
「やはり、お前だったか。」
男は小さく笑う。
「千年。」
「ずいぶん待たされた。」
校長は杖を構える。
「ここに、お前の望むものはない。」
「ある。」
男は即座に答えた。
「ずっと、ここにあった。」
「私たちから奪ったものが。」
「世界を終わらせるために必要なものが。」
校長は何も答えない。
男はゆっくりと杖を掲げる。
「返してもらう。」
「そして。」
フードの奥で。
男が笑った。
「英雄にも、役目を果たしてもらう。」
校長の瞳が鋭くなる。
次の瞬間。
二人は同時に魔法を放った。
白い光。
黒い闇。
二つの魔法が激突する。
轟音。
衝撃波が学園中へ広がる。
雪が舞い上がり。
木々が大きく揺れ。
周囲で戦っていた者たちさえ、思わず足を止めた。
あまりにも強大な魔力。
誰も近づくことができない。
その光を。
寮の窓から、クロエも見ていた。
白い光。
黒い闇。
互いに譲らず、夜空を二つに分けている。
「校長先生……。」
クロエは小さく呟く。
その時。
寮の近くで、大きな爆発が起きた。
壁が揺れる。
生徒たちが悲鳴を上げる。
廊下の奥。
窓ガラスが砕け散った。
冷たい風と雪が流れ込む。
教師が叫ぶ。
「全員、伏せろ!」
クロエは反射的にクレアへ覆いかぶさった。
ガラスの破片が頭上を飛んでいく。
悲鳴。
泣き声。
爆発音。
穏やかだった学園は。
もう、どこにもなかった。
クロエはクレアを守りながら、強く目を閉じる。
怖い。
逃げたい。
ここから消えてしまいたい。
それでも。
胸の奥に。
別の想いが生まれていた。
守られているだけでは終われない。
いつかではなく。
今。
目の前にいる誰かを守らなければならない。
クロエはゆっくりと顔を上げた。
廊下の向こう。
教師たちが負傷した生徒を運んでいる。
泣いて動けなくなった子がいる。
クロエはクレアの手を握った。
「ここにいて。」
クレアが驚いて顔を上げる。
「クロエ?」
クロエは立ち上がった。
足は震えている。
それでも。
杖を強く握る。
目の前で泣いている人へ。
手を伸ばせる人になりたい。
入学した日に願った、その言葉を思い出す。
未来の英雄だからではない。
誰かに褒められたいからでもない。
ただ。
目の前の人を放っておけなかった。
クロエは、泣いている生徒のもとへ走り出す。
その夜。
一人の少女が。
初めて、自分の意思で戦場へ足を踏み出した。




