ルーナ物語2
第九章 侵攻
深夜。
フィーニス魔法学園は、静かな雪に包まれていた。
寮の明かりは消え。
校舎の廊下にも人の姿はない。
ただ。
教師たちだけが眠らず、学園の各所を見張っていた。
北側の結界。
一人の教師が、静かに雪の向こうを見つめている。
何もない。
白い大地。
暗い森。
冷たい風。
その時だった。
遠くの闇に、一つの人影が現れた。
黒いローブ。
教師はすぐに杖を構える。
「敵を確認。」
魔法具へ短く告げる。
次の瞬間。
別の場所にも影が現れた。
一人。
二人。
十人。
さらにその後ろにも。
数え切れないほどの黒いローブが、雪の中から姿を現した。
教師の表情が変わる。
「敵襲!」
叫びと同時に。
時計塔の鐘が鳴った。
――ゴォォォォォン。
重く低い音が、学園中へ響き渡る。
眠っていた生徒たちが一斉に目を覚ます。
寮の廊下に、次々と顔を出した。
「何の音?」
「警報?」
「何が起きたの?」
教師たちが走ってくる。
「全員、部屋から出るな!」
「窓から離れろ!」
「指示があるまで待機しなさい!」
厳しい声が響く。
生徒たちはただならぬ様子に息をのんだ。
⸻
時計塔。
校長は杖を掲げ、結界へ魔力を送り込んでいた。
「総員、防衛配置。」
教師たちが一斉に動き始める。
校門へ向かう者。
結界を維持する者。
寮を守る者。
治癒室へ走る者。
何度も訓練してきた動き。
だが。
今日は訓練ではない。
学園の外。
黒いローブの者たちが一斉に杖を掲げる。
黒い魔力が空へ集まる。
巨大な魔法陣が、雪雲の下へ広がっていく。
「結界へ魔力を!」
教師たちが叫ぶ。
学園中の魔力が、一つに集まる。
淡かった結界の光が、強く輝いた。
次の瞬間。
黒い光が放たれた。
轟音。
結界が大きく揺れる。
窓ガラスが震え。
校舎の壁から細かな砂ぼこりが落ちる。
寮では、生徒たちが悲鳴を上げた。
クロエは窓から離れながらも、外の光を見つめていた。
「敵……。」
クレアが震える声で呟く。
クロエは何も言わず、その手を握った。
二度目の攻撃。
再び黒い光が結界へ激突する。
青白い光が大きく歪む。
教師たちは必死に魔力を送り続ける。
「持ちこたえろ!」
「まだ破らせるな!」
校長は杖を握り締める。
しかし。
結界は以前の力を失っていた。
周囲の森。
村。
大地。
そこから流れ込んでいた魔力は、もうほとんど残されていない。
三度目の攻撃。
――バキッ。
小さな音が響いた。
結界の表面に、一本のひびが走る。
教師たちの顔色が変わった。
「ひびが!」
「魔力が足りません!」
「学園内部から補え!」
「全員、限界まで流し込め!」
教師たちはさらに魔力を注ぐ。
それでも。
ひびは少しずつ広がっていく。
一本。
二本。
三本。
蜘蛛の巣のように。
結界全体へ。
敵の中央。
一人の男が、ゆっくりと杖を掲げる。
これまでとは比べものにならない魔力が集まっていく。
校長はその姿を見つめた。
「全員、備えろ。」
低い声だった。
「来るぞ。」
男の杖から。
巨大な黒い光が放たれた。
結界へ激突する。
一瞬。
世界から音が消えた。
そして。
――バキィィィン。
千年以上。
学園を守り続けてきた結界が。
夜空いっぱいに砕け散った。
青白い光の破片が、雪とともに降り注ぐ。
静まり返る学園。
黒いローブの者たちは、慌てることもなく歩き始めた。
一歩。
また一歩。
砕けた結界の隙間を通り。
フィーニス魔法学園の敷地へ足を踏み入れる。
教師たちは杖を構えた。
校長は静かに前へ出る。
「ここから先へは行かせない。」
黒いローブの男たちは、何も答えない。
先頭に立つ男が杖を上げる。
校長も杖を向ける。
雪の降る夜。
千年の歴史を持つ学園で。
最初の戦いが始まろうとしていた。




