ルーナ物語2
第八章 最後の日常
それから数日。
学園は眠らない日々を迎えていた。
夜になっても、校舎のあちこちに明かりがついている。
教師たちは交代で結界を見張り。
治癒室には薬や包帯が運び込まれ。
食堂には非常時のための食料が積まれていった。
それでも。
生徒たちの前では、できる限りいつも通りに振る舞っていた。
朝になれば授業が始まる。
昼になれば食堂へ集まり。
放課後には寮へ戻る。
ただし。
笑い声は以前より少なかった。
誰もが何かを感じていた。
何かが起こる。
もうすぐ。
⸻
その日の午後。
一年一組では、治癒魔法の復習が行われていた。
机の上には、傷ついた木製の人形が置かれている。
レオナルドは静かに教室を見渡した。
「今日は、これまで学んだことを確認する。」
「難しい魔法を使う必要はない。」
「傷を完全に治せなくても構わない。」
「目の前の相手を助けようとすること。」
「それを忘れないように。」
生徒たちは杖を構える。
クロエは人形へ杖を向けた。
淡い光が傷を包む。
以前よりも安定した光。
深かった傷が、少しずつ塞がっていく。
入学したばかりの頃。
小さな傷の血を止めるだけで精いっぱいだった。
今は。
完全ではなくても。
確かに人を助けられる力を身につけ始めていた。
「よくできた。」
レオナルドが静かにうなずく。
クロエは少しだけ笑った。
隣ではクレアも魔法を使っていた。
光は不安定だったが、何度も息を整えながら続けている。
「焦らないで。」
クロエが声をかける。
「うん。」
クレアはもう一度、杖を構える。
淡い光が人形を包む。
傷が少しだけ浅くなった。
「できた。」
「やったね。」
二人は小さく笑い合う。
一瞬だけ。
いつもの教室に戻ったようだった。
⸻
授業が終わったあと。
クロエとクレアは並んで寮へ向かっていた。
窓の外では雪が降っている。
校庭には、教師たちが何人も立っていた。
全員が外を見つめている。
クレアが静かに言う。
「ねえ、クロエ。」
「なに?」
「もし、本当に敵が来たら。」
声が震えていた。
「私たち、どうなるのかな。」
クロエはすぐには答えられなかった。
大丈夫。
何も起きない。
そう言ってあげたかった。
けれど。
嘘をつくことはできなかった。
「分からない。」
正直に答える。
クレアは目を伏せた。
クロエはその手を握った。
「でも。」
「絶対に、一人にはしない。」
クレアが顔を上げる。
クロエは小さく笑う。
「何があっても、一緒にいる。」
「うん。」
クレアも強く握り返した。
その時。
遠くで時計塔の鐘が鳴った。
一度。
二度。
いつもの時刻を知らせる音だった。
生徒たちは誰も立ち止まらない。
だが。
教師たちは一斉に空を見上げた。
学園の外。
雪の向こうに。
一つの黒い影が立っていた。
教師が杖を構える。
影は何もせず。
ただ、学園を見つめている。
次の瞬間。
黒い霧となって消えた。
教師たちはすぐに周囲を調べ始める。
だが、何も見つからない。
その夜。
校長は、すべての教師を大講堂へ集めた。
「敵は、すでに我々の近くまで来ている。」
静かな声が響く。
「次に姿を見せた時。」
「戦いが始まる。」
誰も言葉を発しない。
校長は一人ひとりの顔を見つめる。
「生徒を守れ。」
「何があっても。」
「未来を、ここで終わらせてはならない。」
教師たちは杖を胸の前へ掲げた。
「はい。」
短い返事が重なる。
それが。
フィーニス魔法学園に残された、最後の穏やかな夜となった。




