ルーナ物語2
第六章 見えない崩壊
最初の森が枯れてから、三日が経った。
異変は、そこで終わらなかった。
学園から離れた別の村で、井戸の水から魔力が消えた。
水そのものは残っている。
飲むこともできる。
けれど、治癒薬を作るために必要な力が失われていた。
その翌日。
別の土地では、薬草畑が一晩で灰色になった。
さらに次の日。
魔法生物の群れが、何かに追われるように山を下りてきた。
教師たちのもとへ、次々と報告書が届く。
どの異変にも共通していた。
争った跡はない。
強大な魔法が使われた痕跡もない。
ただ、その土地に存在していた魔力だけが消えている。
校長室の机には、報告書が積み重なっていった。
一枚。
また一枚。
地図の上には、異変が確認された場所を示す印が増えていく。
それらは少しずつ、フィーニス魔法学園を囲むように広がっていた。
⸻
夜。
時計塔の最上階。
校長は一人、学園を包む結界へ手を触れていた。
淡い光が指先から広がる。
だが、以前のような力強さはない。
結界の光は弱く揺れ、すぐに消えそうになる。
後ろには、数人の教師が立っていた。
「魔力の供給量が、さらに低下しています。」
「学園内部の魔力に異常はありません。」
「外部から流れ込む力だけが弱まっています。」
校長は結界から手を離した。
「周辺の土地から魔力が失われているからだ。」
教師の一人が息をのむ。
フィーニスの結界は、学園だけの力で維持されているわけではない。
周辺の大地。
森。
川。
そこに流れる自然の魔力を少しずつ受け取り、巨大な結界を保っていた。
外の魔力が失われれば。
どれほど強い結界でも、いつか支えを失う。
「このままでは。」
教師が言葉を止める。
校長は静かに答えた。
「結界は破られる。」
その言葉に、誰も反論できなかった。
「生徒を避難させますか。」
校長はすぐには答えない。
学園の外へ目を向ける。
今も各地で魔力が失われ続けている。
学園の外が安全とは限らない。
敵が何を狙っているのかも分からない。
「まだだ。」
「今、生徒たちを外へ出す方が危険かもしれない。」
「警戒を最大限に引き上げる。」
「教師は常に杖を携帯。」
「夜間巡回をさらに増やしなさい。」
「寮の避難経路も確認すること。」
「はい。」
教師たちはうなずいた。
一人が慎重に尋ねる。
「生徒には、何と説明しますか。」
「何も。」
校長は答える。
「今はまだ、日常を奪う必要はない。」
その言葉とは裏腹に。
窓の外に広がる学園は、すでに日常から遠ざかり始めていた。
⸻
翌朝。
生徒たちは、増えた教師の姿に気づいていた。
校門。
廊下。
中庭。
これまで誰も立っていなかった場所にも、教師が杖を持って立っている。
窓の外では、何人もの教師が結界の柱を調べていた。
「最近、先生多くない?」
「何かあったのかな。」
「雪のせいじゃない?」
生徒たちは首をかしげながらも、すぐに別の話題へ移っていく。
授業はいつも通り行われた。
食堂では温かな料理が並び。
訓練場では魔法の練習が続き。
図書館では静かにページをめくる音が響いている。
昼休み。
クロエは窓際に立ち、結界を調べる教師たちを見つめていた。
「何か、あったのかな。」
隣に立つクレアが不安そうに呟く。
「分からない。」
クロエは答える。
教師たちは、生徒へ何も説明していない。
けれど、以前と違うことだけは分かった。
笑い声の向こうで。
穏やかな授業の裏で。
何かが、確実に近づいている。
クロエは胸元の杖へ触れた。
「先生たちに聞いてみる?」
クレアが尋ねる。
クロエは少し迷い、首を横に振った。
「必要なら、話してくれると思う。」
「そっか。」
クレアは小さくうなずいた。
二人は教室へ戻っていく。
その背後。
学園を包む結界の光が。
ほんの一瞬だけ、弱く揺れた。




