ルーナ物語2
第四章 闇の使者
フィーニス魔法学園から遠く離れた北の山脈。
一年中、雪と吹雪に閉ざされたその場所には、人の暮らす村もなければ、旅人が通る道もなかった。
切り立った崖の上。
朽ち果てた古い城が、夜の闇に沈んでいる。
崩れ落ちた塔。
砕けた窓。
雪に埋もれた石壁。
長い年月、誰にも使われていないように見える城だった。
しかし。
その地下だけは違っていた。
長い石段を下りた先。
重い鉄の扉の向こうには、青白い炎が音もなく燃える広間があった。
壁や床には、無数の魔法陣が刻まれている。
その中央に、黒いローブをまとった者たちが静かに並んでいた。
誰一人、言葉を発しない。
全員が部屋の奥へ視線を向けている。
そこには、一人の男が立っていた。
深くかぶったフード。
隠された顔。
ただ立っているだけで、広間の空気を押し潰すほどの魔力。
やがて男が口を開いた。
「報告を。」
低い声が、地下の広間へ響く。
一人の男が前へ進み出た。
「フィーニスの結界は、予定どおり弱まっております。」
「学園側は。」
「異変には気づいているようです。」
「教師の巡回を増やし、結界の点検を続けています。」
男は静かにうなずいた。
「それでいい。」
部下が少しだけ顔を上げる。
「気づかれても、よろしいのですか。」
「構わない。」
男はゆっくりと広間の中央へ歩いた。
床に刻まれた巨大な魔法陣。
その中心へ杖を向ける。
黒い光が魔法陣の線を走り、古い文字が一つずつ浮かび上がった。
「結界の異変に気づいたところで、何が起きているのかまでは分からない。」
「原因を探している間にも、世界から魔力は失われていく。」
部下たちは黙って聞いている。
「フィーニスだけを壊しても意味はない。」
「先に、その周囲から光を奪う。」
「森。」
「村。」
「大地。」
「学園を支える魔力を、一つずつ消していく。」
男は黒く光る魔法陣を見下ろした。
「支えを失った結界は、やがて自ら崩れる。」
「その時まで待て。」
一人の部下が尋ねる。
「最初は、どこから。」
男は迷わず答えた。
「学園に近い場所からだ。」
「小さな異変でいい。」
「ただし、何者の仕業かは悟らせるな。」
「はい。」
黒いローブの者たちが一斉に頭を下げる。
男は窓際へ歩いた。
砕けた窓の向こうには、激しい吹雪が広がっている。
そのさらに先。
目には見えないほど遠くに、フィーニス魔法学園がある。
そこでは今も、生徒たちが未来を夢見ている。
男は小さく笑った。
「未来の英雄。」
クロエ・カルペ。
世界中から期待を寄せられる少女。
男はその名を口にせず、静かに続けた。
「まだ、お前の役目は終わっていない。」
「その時まで、生き延びろ。」
青白い炎が大きく揺れる。
黒い魔法陣から放たれた光が、城の天井を貫くように伸びていった。
その夜。
誰にも気づかれないまま。
世界から最初の光が、奪われ始めた。




