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ルーナ物語  作者: 白栞
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ルーナ物語2

第三章 減点


翌日の放課後。


授業の終わりを告げる鐘が鳴ると、校舎は少しずつ賑やかになった。


教室からは笑い声が聞こえ、廊下には友人と並んで歩く生徒たちの姿がある。


「図書館行こう。」


「今日は食堂で新しいデザートが出るらしいよ。」


「ほんと?」


そんな楽しそうな声が飛び交う中、ルーナは一人、本を胸に抱えて廊下を歩いていた。


その時だった。


「ルーナ・フェルミア。」


低く落ち着いた声が廊下に響く。


ルーナは足を止めた。


前には一人の教師が立っている。


周囲の生徒たちも思わず視線を向けた。


教師は感情を見せることなく言う。


「校長室へ来なさい。」


「……はい。」


ルーナは小さくうなずいた。


教師はそのまま歩き出す。


ルーナは静かに後ろをついていった。


背中へ、小さな声が届く。


「また呼ばれてる。」


「今度は何したんだ?」


「昨日も夜に見かけたって聞いた。」


「ほんと問題児だよな。」


笑う者はいない。


けれど、その言葉は静かに胸へ刺さった。


ルーナは振り返らない。


歩幅も変えない。


ただ真っすぐ前だけを見て歩く。


夕日が長い廊下を赤く染めていた。


誰も口を開かないまま、二人は校長室の前へたどり着いた。


教師が扉を軽く叩く。


「失礼します。」


「入りなさい。」


返事とともに扉が開いた。



校長室は静かだった。


壁一面に並ぶ本棚。


古い地図。


歴代卒業生の写真。


窓から差し込む夕日だけが、部屋を淡く照らしている。


教師は一枚の報告書を机へ置いた。


「ルーナ・フェルミアです。」


校長は静かに書類を受け取った。


「内容は。」


「昨夜、立入禁止区域付近で本人を確認しました。」


教師は報告書へ目を落とす。


「学園規則により、減点十点を申請します。」


部屋に静寂が落ちる。


校長はゆっくりと書類へ目を通した。


紙には短く事実だけが記されている。


『夜間、立入禁止区域付近を徘徊』


それだけだった。


しばらくして校長は静かに口を開く。


「……分かった。」


教師は少しだけ眉をひそめた。


「校長。」


「この生徒は同様の処分を何度も受けています。」


「このままでは他の生徒への示しがつきません。」


校長は報告書を閉じる。


「規則は守る。」


「減点も、そのままでいい。」


教師は黙って聞いていた。


すると校長は続ける。


「だが。」


「必要以上に責めることはない。」


教師は一瞬言葉を失った。


「しかし——」


「これは私の判断だ。」


穏やかな声だった。


それでも反論を許さない重みがあった。


教師は深く頭を下げる。


「……承知しました。」


そう言って部屋を出ていく。


扉が閉まる音だけが静かに響いた。



校長室にはルーナと校長だけが残った。


長い沈黙。


時計の針だけが時を刻んでいる。


校長は窓の外を眺めたまま尋ねた。


「怪我はないか。」


「ありません。」


「寒かっただろう。」


「……大丈夫です。」


校長は小さくうなずいた。


それ以上は何も聞かない。


なぜ夜の校舎へ向かったのか。


何をしていたのか。


その理由には触れなかった。


ルーナも何も語らない。


二人の間には、不思議と居心地の悪い沈黙はなかった。


やがて校長は小さく息をつく。


「寮へ戻りなさい。」


「はい。」


ルーナは静かに頭を下げ、部屋を後にした。



廊下には夕焼けが差し込んでいた。


赤く染まった窓ガラスの向こうで、小さな白い雪が舞い始めている。


歩いていく生徒たちの笑い声が遠くから聞こえた。


ルーナは一人、その流れとは反対の方へ歩く。


ふと足を止めた。


ゆっくりと見上げる。


校舎の最上階。


誰も近づかない廊下。


立入禁止と刻まれた、あの木の扉。


ルーナはしばらくそこを見つめていた。


やがて小さく目を伏せる。


「……今日も、大丈夫。」


誰にも聞こえないほど小さな声だった。


そして何事もなかったように歩き出し、静かな夕暮れの中へ溶けていった。


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