ルーナ物語2
第一章 本のある場所
午後の図書館は静かだった。
高い窓から差し込む柔らかな陽の光が、天井まで届く本棚を優しく照らしている。
規則正しく並んだ本。
紙の匂い。
静かにページをめくる音だけが、広い館内に小さく響いていた。
その窓際の席に、一人の少女が座っている。
銀色の長い髪。
透き通るような白い肌。
澄んだ青い瞳は、一冊の本だけを見つめていた。
彼女の名前は――
ルーナ・フェルミア。
手にしている本は、もう何度読んだか分からない。
結末も知っている。
好きな場面も、心に残る言葉も、すべて覚えている。
それでもページを開けば、また読みたくなる。
物語の中にいる時間だけは、何も考えずにいられた。
人と話すよりも。
賑やかな教室にいるよりも。
本に囲まれている方が、ルーナは落ち着いた。
静かな時間が流れる。
ページを一枚めくる。
その時だった。
「また読んでるんだ。」
聞き慣れた穏やかな声がした。
ルーナはゆっくりと顔を上げる。
そこには数冊の本を抱えた少年が立っていた。
ノア・アステル
「……うん。」
ノアは本の表紙を見る。
「その本好きだね。」
「うん。」
「何回くらい読んだ?」
ルーナは少しだけ考える。
「分からない。」
小さく首をかしげたあと、答えた。
「十回以上。」
ノアは思わず笑う。
「そんなに。」
その言葉につられるように、ルーナの口元も少しだけ緩んだ。
「ノアは?」
「探し物。」
「どんな本?」
ノアは少し考えてから笑う。
「秘密。」
「……そう。」
また静かな時間が流れる。
気まずさはない。
何も話さなくても、不思議と落ち着いた。
「見つかるといいね。」
「うん。ありがとう。」
ノアは軽く手を振ると、本棚の奥へ歩いていった。
ルーナは何も言わず、その背中を見送る。
ほんの少しの会話。
それだけなのに、心は少しだけ温かくなった。
二人は、たくさん話す関係ではない。
必要以上に近づくこともない。
それでも、お互いの静かな時間を邪魔しない。
その距離が、心地よかった。
本棚の陰では、二人の生徒が小声で話していた。
「あれ、ノア・アステルだよな。」
「授業にほとんど来ない問題児。」
「ルーナと話してたぞ。」
「問題児同士、気が合うんじゃない?」
小さな笑い声が漏れる。
ルーナには、その声がはっきりと聞こえていた。
けれど振り向かない。
言い返さない。
慣れていた。
本をそっと閉じる。
表紙を優しく撫で、返却棚へ置いた。
そして静かに図書館を後にする。
夕日が差し込む廊下を、一人で歩いていく。
その背中を、司書だけが見つめていた。
小さく息をつき、悲しそうに目を伏せる。
「……いいこなのに。」
誰にも届かない、小さな独り言。
図書館には再び静寂だけが残った。




