第22話 村の神事
秋の末に、村で神事があった。
御岳の神事とは違う——それは岳人には一目で分かった。御岳の神事を知らないのに「違う」と分かった、というのは変な言い方だが、そうとしか言えない。御岳の神事は東の神を祀るものだと父から断片的に聞いていた。この村の神事は、そういう方向を向いていなかった。東でも西でもない、地面のほうを向いていた。
死者を送る神事だった。
その年に村で死んだ者の名前を、夜の間に呼んでいく。名前を呼ぶたびに白布を一枚、火にくべる。煙が上がる。煙が空へ向かう。それが死者の行き先だという考え方らしかった。岳人はその年にツネさんから説明を受けて、初めて神事の全体を知った。
仕切っているのは、ツネさんだった。
* * *
ツネさんが神事を仕切ることを、岳人は知らなかった。
村の外れに住む、小柄な老婆。飄々としていて、説明しない。それがツネさんだと思っていた。神事の場に立ったツネさんは、岳人の知っているツネさんと同じ人間だったが、重さが違った。
声が違った。
囲炉裏の前で「来るものを待ちなさい」と言ったときと同じ声なのに、広い場所に届く声だった。村の人間たちがツネさんの言葉に従って動いた。文句を言う者がいなかった。迷う者がいなかった。ツネさんが指示すると、その通りになった。
岳人は手伝いを頼まれていた。
何をすればいいかは前日にツネさんから聞いていた。火の番。白布の管理。それだけだった。難しいことではない。岳人は言われた通りにした。
* * *
夜の中盤、名前を呼ぶ儀式の途中で、異変があった。
異変、というほどのことではない。ただ——火が大きく揺れた。風ではなかった。風が吹いていないのに、火が揺れた。参加している村人たちの何人かが、少し動いた。ざわ、という感じが場の空気に入ってきた。
岳人は気づいたら動いていた。
火のそばに立って、体を少し開いた。父に教わった型の、受けの構えだ。相手がいる構えではない。ただ、場の乱れに対して体が向いた。竹刀は持っていないが、型が体の中から出てきた。風もないのに揺れた火が、岳人がその位置に立ってから、少し静まった。
気のせいかもしれない。
ただ、ざわ、という空気が引いた。村人たちの動きが落ち着いた。儀式が続いた。
岳人はその後、元の位置に戻った。
* * *
神事が終わった後、ツネさんが岳人のそばに来た。
「その動き」とツネさんは言った。「どこで覚えた?」
岳人は少し考えた。「父から、教わった型です」
ツネさんは止まった。
止まった、というのは——それまで神事の後片付けをしながら歩いていたツネさんが、文字通り足を止めた。振り返った。岳人を見た。これまでのツネさんの顔と違う顔だった。飄々としていない。真剣な顔だった。岳人がツネさんのその顔を見たのは、初めてだった。
「父親の名前は」とツネさんは言った。
「七海道典です」
「道典さんか」
ツネさんは、また少し止まった。今度は短かった。それから「そうか」と言った。それだけだった。真剣な顔が、もとのツネさんの顔に戻った。後片付けを続けた。
岳人は「知っているんですか」と聞こうとした。
やめた。
聞けば、ツネさんは「長く生きてれば分かることがある」と言うだろう。あるいは「待ちなさい」と言うだろう。どちらにしても今夜分かることはない。岳人はそう判断した。
* * *
家に帰ると、父はもう眠っていた。
東を向いて、布団の中にいた。砥石が枕の横に置いてあった。岳人はそれを見て、今夜の神事のことを思った。
父の型が、今夜の場で動いた。
父は今夜の神事にいなかった。しかし父から教わった動きが、岳人の体を通じて神事の場にいた。父の向く先を岳人は継がなかった——継がないように教わった。でも、型は継いでいた。型の中に何かが入っていた。向く先ではなく、型そのものの中に。
それが何かを、岳人はまだ言葉にできなかった。
ただ今夜、父の型が「使えた」ということは分かった。御岳の東の神事とも、西の神事とも関係のない場所で、父から受け取ったものが動いた。
それが、岳人には少し——嬉しかった。嬉しい、という言葉が正しいかどうか分からないが、そういう感触があった。




