第21話 道典の衰え
父の稽古が変わっていた。
御岳にいた頃は——宮城に来た最初の頃は——早朝に庭で型を踏んでいた。岳人が目を覚ますと父はもう出ていた。型を踏んでいた。それが、岳人が十歳を過ぎた頃から、変わった。
型を踏まなくなった。
庭には出ていた。早朝に出ていた。ただ、砥石だけを持って出るようになった。縁側に座って、剣を膝に置いて、砥石を動かした。型を踏む音がしなくなった。砥石の音だけが、朝の庭に小さく続いた。
父の体が細くなっていた。
細い、というより——重さが抜けていく感じだった。食べることは変わらなかった。動くことも変わらなかった。ただ、少しずつ何かが薄れていった。剣を持つ手の力が落ちたのか、それとも別の何かが落ちたのか、岳人には判断できなかった。
* * *
ある夜、道典が眠れずにいた。
岳人が水を飲みに起きると、父がまだ起きていた。布団の中にいたが、目が開いていた。東を向いていた。
「眠れないの」と岳人は聞いた。
「少しな」と道典は言った。
岳人は水を飲んで、戻ろうとした。それから止まって、父を見た。
「東を向いていないと眠れないの」
道典は少し間を置いた。「そういうことかもしれない」
「御岳が東にあるから?」
「御岳が東にある」道典は繰り返した。答えではなく、確認するように言った。「御岳が、東にある」
それだけだった。
眠れない父の顔が、暗い部屋の中で東を向いていた。岳人はそれを見てから、布団に戻った。
* * *
翌朝、岳人は言った。「剣を教えてくれ」
道典は砥石を持ったまま、少し岳人を見た。
「型はもう教えた」と道典は言った。
「もっと先を」
「先はない」
岳人は少し考えた。「型の先が、剣先の向く場所だと思っている。どこへ向けばいいかが分からない。父が向く方向を教えてくれれば——」
「向く先は自分で見つけろ」
道典が言った。砥石を動かしながら言った。言い切った。続きがない言い方だった。
岳人は黙った。また「黙る」のかと思ったが、今回は違った。黙っているのではない——全部言った。「型だけ教える。向く先は自分で見つけろ」、それが道典の言えることの全部だった。
「なぜ教えてくれないの」と岳人は聞いた。
道典はしばらく砥石を動かしていた。それから止めた。
「教えたら、お前の向く先になってしまう」と道典は言った。「俺の向く先は、お前のものじゃない」
岳人は、その言葉を受け取った。
受け取った、というのは、意味が分かったということではない。言葉の形が、岳人の中に入ってきた。意味はその後からついてきた——少しずつ、時間をかけて。
* * *
その会話の後、道典は砥石を研ぎ直した。
いつもより長く研いだ。岳人はそばに座って、その音を聞いていた。父の手が砥石の上で動く。石と金属が擦れる小さな音。朝の光が庭に落ちていた。
「父は御岳のほうを向いている」と岳人は言った。「向く先が御岳なのか、東なのか、典嗣という人なのか——それが分からないけれど、何かを向いている。俺にはその何かがない」
道典は答えなかった。
「羨ましいとは思わない」岳人は続けた。「ただ、向く先がある人間の剣と、ない人間の剣は、同じ型を踏んでも違うのかもしれない」
「違う」と道典は言った。即座に言った。「違う。ただ——」
止まった。
「ただ、向く先がないことが、向く先になることもある」
岳人は父を見た。道典は砥石を見ていた。
その言葉の意味を、岳人はずっと考えることになる。向く先がないことが、向く先になる——三章を通じて、四章に入ってからも、その言葉は岳人の中で動き続けた。
* * *
その年の冬が近づく頃、道典の眠れない夜が増えた。
砥石の音が、夜中にすることがあった。眠れなくて起きて、砥石を研いでいるのだと岳人には分かった。早苗は何も言わなかった。岳人も何も言わなかった。砥石の音を聞きながら、岳人はまた眠った。
剣先は、まだどこへ向くべきか分からなかった。
ただ、「向く先がないことが向く先になる」という父の言葉が、迷いの形を少し変えた。迷っていることが悪いのではない——迷いながら型を踏み続けることが、何かになる。そういう感触が、岳人の体に少しずつ入ってきた。




