第20話 老婆の家
ある朝、その時が来た気がした。
理由は分からない。剣先がどこかへ向いたわけでもない。何かを決意したわけでもない。ただ朝の稽古を終えて竹刀を片づけたとき、今日行こう、と思った。三章1話の末尾で入らなかった老婆の家へ。
冬の終わりの朝だった。
* * *
ツネさんの家は村の外れにある。
どの家よりも古かった。茅葺きで、壁の一部に苔が生えていた。窓が小さくて、昼でも中が薄暗い。岳人はその家の前を何度も通ったことがあったが、中に入ったことはなかった。戸口で少し立ち止まってから、声をかけた。
「ツネさん、いますか」
中から間が開いた。それから「開いてるよ」という声が来た。
戸を引いた。
中は薄暗かった。囲炉裏があって、火が小さく燃えていた。ツネさんが囲炉裏の向こうに座っていた。岳人を見て、驚かなかった。驚かないどころか、来ることを知っていたように見えた。
「来ると思っていたよ」とツネさんは言った。
岳人は「なぜですか」と聞こうとしたが、やめた。ツネさんがなぜ知っていたかを説明するとは思えなかった。この村に来た最初の日に「間を歩いてきたんだね」と言って背を向けた人だ。説明しない人だということは、四年間でだいたい分かっていた。
「上がりなさい」とツネさんは言った。
* * *
茶が出た。
岳人は囲炉裏の前に座った。茶碗を両手で持つと温かかった。囲炉裏の火が小さく揺れていた。薄暗い室内に、火の光だけがある。ツネさんは何も言わなかった。岳人も何も言わなかった。しばらく二人で火を見ていた。
「聞きたいことがあって来ました」と岳人は言った。
「分かってる」とツネさんは言った。
「最初にここに来たとき、間を歩いてきたんだね、と言いましたよね」
「言ったね」
「間って、どういう意味ですか」
ツネさんはしばらく火を見ていた。答えを考えているのではない——考える必要がない答えを、いつ出すか決めている、という感じだった。
「あんたの父親に聞きなさい」とツネさんは言った。
岳人は少し間を置いた。「父は教えてくれません」
「そうかい」
「何を聞いても黙ります。砥石のことも、東を向いて寝ることも、間のことも——聞けば聞くほど黙ります」
ツネさんは「うん」と言った。責めているのでも同情しているのでもない、ただ聞いている声だった。
「それが何かの答えだってことは分かります」岳人は続けた。「でも何の答えなのか、分からない。黙ることの意味が、分からない」
火が少し揺れた。
「じゃあ待ちなさい」とツネさんは言った。
* * *
待つ、というのはどういうことか。
岳人は少しの間、その言葉を持ったままでいた。待ちなさい——答えが来るまで待て、ということか。それとも、分かる時が来るまで待て、ということか。あるいは、何か別のことが起きるまで待て、ということか。
「何を待てばいいんですか」と岳人は聞いた。
「来るものを」ツネさんは言った。それだけだった。
岳人は茶碗を持ったまま、ツネさんを見た。ツネさんは火を見ていた。小さな皺の多い顔だった。何十年もこの村にいる顔だった。この顔が「間を歩いてきた者」を待っていた——あるいは待っていなかったかもしれない。ただそういう者がいれば知っているという顔だった。
「ツネさんは、どこでそれを知ったんですか」と岳人は聞いた。「間のこと。父のこと」
「長く生きてれば分かることがある」ツネさんは言った。「長く生きてなくても分かることもある。あんたが今朝ここに来たのも、来る時が来たからだろ」
岳人は答えなかった。
来る時が来た——あの朝の感覚が、そういうことだったのかもしれない。理由は分からないが、来る時が来た。ツネさんはそれを当然のこととして言っている。
「父に聞いても黙る。ツネさんに聞いても待て、と言われる」岳人は少し笑いながら言った。「誰も教えてくれない」
「教えられることと、教えられないことがある」ツネさんは言った。「間のことは、教えられない。自分でそこを歩いた人間にしか分からない」
「父は歩いたんですか」
「歩いた。あんたも、歩いてる」
岳人は少し止まった。「俺が?」
「歩いてるよ」ツネさんは静かに言った。「気づいてないだけで、ずっと歩いてる」
* * *
帰り際に、岳人は戸口で振り返った。
「待つ、というのはどのくらい待つんですか」
ツネさんは囲炉裏の火を見たまま言った。「来た時に分かる」
戸を閉めた。
冬の終わりの外の光が、明るかった。薄暗い室内にいた後だから、余計に明るく見えた。岳人はしばらく戸口の前に立っていた。
来るものを待つ。来た時に分かる。
答えとしては不完全だった。でも、問いが少し変わった気がした——「間って何か」という問いから、「来るものを待てているか」という問いへ。どちらが前進なのかも分からなかったが、何かが動いた。
岳人は村の道を歩いて家に帰った。




