第17話 村での最初の冬
父が土を苦手にしていた。
岳人はそれを、宮城の最初の冬に知った。御岳では道典は剣と石畳の人間だった。土を相手にする仕事をしていなかった。農作業の手順を村の男たちに教わりながら、道典は何度も同じところで詰まった。鍬の角度、種の深さ、水の引き方——どれも教わればすぐ分かるはずのことが、道典の体にはなかなか入らなかった。
村の男たちは笑わなかった。
笑わなかったのは、道典が真剣だったからだと岳人は思う。真剣に、毎日やろうとしていた。うまくいかなくても、翌朝また出ていった。剣を研ぐのと同じ動き方で、土に向かっていた。使わなくても錆びる——そういう感覚で、体に入っていないことを毎日やり直していた。
それでも、冬が終わる頃まで、道典の鍬の入れ方は村の者たちのようにはならなかった。
* * *
早苗は、道典より早く馴染んだ。
当然だ、と岳人は思う。早苗は御岳出身ではなかった。御岳の石畳の歩き方が体にない。御岳の神事の重さを引きずっていない。宮城の村の女たちと話すとき、早苗には「ここではないどこかから来た重さ」がなかった——あるいは、あっても見せなかった。どちらかは岳人には分からない。
最初の冬に、早苗は村の女たちと麻を縒る仕事を覚えた。手先が器用だった。教わるのが早かった。何度か手伝ううちに、女たちが早苗の名前を呼ぶようになった。
道典がそれを見ていた、と岳人は思う。
見ていて、何かを思っていたはずだ。安堵か、羨望か、あるいは別の何かか——道典は言わなかった。道典は早苗のことをほとんど口にしない人だった。口にしないが、見ていた。見ていることが、分かる人間には分かった。
* * *
岳人は、その冬の終わりに友達ができた。
一人目は、近所の農家の子どもだった。名前は省吾といった。岳人より一つ年上で、無口だったが行動が早かった。ある日、岳人が村の外れで一人で雪を踏んでいると、省吾が来て隣に立った。何も言わなかった。しばらく二人で雪を踏んだ。それだけで、翌日から省吾は岳人の近くにいるようになった。
御岳では、子どもたちの輪から外れていく経験をしていた——それを岳人は身をもって経験している。ここでは逆だった。輪の外から、少しずつ中へ引き寄せられた。引き寄せる力が、省吾の無口な隣り合いだった。
岳人は「どこから来たの」と省吾には聞かれなかった。
聞かれなかった理由を、岳人は後まで考えた。省吾が興味を持たなかったのか、聞かなくていいと判断したのか、あるいは聞く習慣のない子どもだったのか。分からない。ただ、聞かれなかったことが——岳人には、ずいぶん楽だった。
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その冬、「御岳」という言葉を誰も知らなかった。
道典がそれを最初に感じたのはいつか、岳人には分からない。ただ後に道典が——珍しく、夜に少し話した夜があって——「誰も知らない、ということが最初は息苦しかった」と言った。
「今は」と岳人は聞いた。
道典は少し考えた。「今は、楽だ」と言った。
それだけだった。どちらが本当か、という問いを岳人は立てなかった。息苦しさと楽さは、どちらかが本当でどちらかが嘘、ということにはならないと岳人には分かった。どちらも本当だった。同時に本当だった。それが宮城の最初の冬の、道典の御岳との距離だった。
岳人には御岳への息苦しさがない——御岳を知らないから。解放感もない——解放されるほど縛られていなかったから。道典と岳人はここでも、同じ場所にいながら別の重さを持っていた。
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冬が深くなると、雪が本格的に積もった。
毎朝、村全体が白くなっていた。東の山も西の山も、同じ白さで覆われていた。早苗がそれを見て「ほら」と言ったことがある。何が「ほら」なのかを言わなかった。道典は窓の外を見た。岳人も見た。三人で、しばらく雪を見ていた。
早苗は「ほら」と言っただけで、それ以上は何も言わなかった。
岳人は今もその「ほら」の意味を考えることがある。答えは出ていない。ただ、あの朝の雪の白さは——東も西も区別しない白さは——岳人の中に、今もはっきり残っている。




