レティシアと雨の日(15/20)
雨自体は嫌いじゃない。
お気に入りの長靴が履けるから、どちらかというと好きだ。
私が怖いのは、雨の音と一人でいること。
自由大学の帰りだ。第八回目の航宙機関士講義を聴きに。相変わらずよくわからなかったけど面白かった。ついでにその後の風俗史も聴いてきた。だって来年はないかもって言われると、ねぇ。
昼前の講義だったのに、クールダウンが必要でこんな夕方までカフェにいないとならない始末。
夕食の準備もあるから、早く帰らないといけないのに!
夕暮れ時の商店街を歩く。
色とりどりの魚が並ぶ中、珍しく切り身にされた何かが氷の上に並べられていた。
「おじさん、あんまり見ないけどこれ何の魚?」
「おお、レティシアちゃん!これは「磯の王者」だよ。昼過ぎに釣り人が持ってきてね、大騒ぎだったよ!ウチとギョレのところで半分にしたんだ」
「だから切り身なの?」
「いや、そのまま売ったら不味そうだからさ……」
「どうやって食べるの?」
「噛み応えがあって、旨味もたっぷり。魚っぽくないから、ワイン煮とかでじっくり煮込んでやることだな。焼いてもうまいが、歯の一本は覚悟しておいてくれ!」
それって魚かな?
「一切れチョウダイ。珍味と思って試してみるわ」
色とりどりの野菜が並ぶ中、珍しく切り身にされた何かが氷の上に並べられていた。
「おばちゃん、あんまり見ないけどこれ何て野菜?」
「おお、レティシアちゃん!これは「畑の王者」だよ。昨日冒険者が持ってきてね、大騒ぎだったよ!みんなで囲んで真っ二つにしてやったよ。
「それって野菜なのよね」
「ああ、核は冒険者が持って行ったけど、まだ葉っぱはシャキシャキだよ!」
「一切れチョウダイ。珍味と思って試してみるわ。それとあのトマトも」
色とりどりの卵が並ぶ中……。
「それはおかしいわよ!」
「レティシアちゃん、この緑の卵……」
「なんの王者の卵か知らないけど、今日はあるから要らない」
とんでもない商店街だ。大体は地球由来のおとなしい食材が並ぶけど、たまに地元のものが並ぶから面白いといえばそうなんだけど。
あとは、今夜のキッシュと朝のバゲット、それとミルクを買って退散した。ワイン煮のワイン?。私に開けられるのを待っているワインは大量にあるのよ、おうちに。
「こ、これは……!」
3cm角に苦労してカットした「磯」は2時間ワインで煮込んだにもかかわらず、しっかりと原形を留めていた。
皿に盛りつけた一切れにフォークを立てると程よい弾力が返ってくる。刺したフォークの穴からあふれる肉汁。いや待て魚だぞ。そして淡白な中にも強い旨味が感じられる、噛み応えのある確かに魚の白身。
夜になってから雨が降ってきた。
異星の珍味で誤魔化してはいても、強くなる雨音が少しずつ気分を暗いほうへ染めていくのが止められない。
カーテン越しに車のライトが当たり、誰かが来たのがわかる。玄関の呼び鈴が鳴った。
恐る恐るモニターを覗く。
「レティシアさ~ん。アカリです~」
何よ、その気の抜ける呼び出しは。
「ちょっと待って……。開けたから入ってきて」
玄関を開けてずぶ濡れ……になっていないアカリさんが入ってきた。
「夜遅くにごめんね。どうしようか迷ったんだけど」
「濡れてない?雨音は私の幻聴?」
だとしたらもうダメだ。街にはいられない。
「え?ああ、雨、凄いね。なかなかこんなに降らないよね。濡れてないのは、僕のバギーにそういう装備があるからで……」
「何それ!……もう、アカリさんて、本当に変なんだから!」
まともな地上人の回答をしてこないアカリさんに呆れて可笑しくなっちゃう。
「……そこはすごいバギーだねって、ほめるところだよ」
「知らないよ」
あ~可笑しい。
「お土産、あげないよ?」
「え!?おみやげ?嬉しい!……ごめん、どうぞ上がって行って」
「ちょっとだけお邪魔するね。この後ステーションに戻らなきゃならないから」
泊っていきなよ、もう。
「そっかぁ、でもお茶くらいは飲んでいってください」
「それくらいの時間なら、自制心は維持できるよ」
さすがに「ちぎりハーブ茶」ではダメよね。お茶とは言ったけど、氷入りのコーヒーにしよう。確かコーヒーは好きって言ってた。
……ちょっと、自制心が切れたらどうなるの?
「お待たせしました。コーヒーでいいですか?」
「うん、ありがとう。……素敵な部屋だね。晴れた日なんかにソファにもたれてボーっと空を眺める、かな?家具も植物も音楽もとてもくつろげるね」
「正解。雨も楽しいよ。音がね……不思議」
あんなに怖かったのに。
「おっと、お土産だ」
「お菓子ですか?あ、この箱、川東タルトじゃないですか!午前中でほとんど売り切れるんですよ」
「そうなんだ、今日の仕事先でね。公私の混同なんだけど……姉さんたちが、そんなの知ったことか、全力でもらってきなさいって。あ、もちろんお金は出した」
例の、お姉さんたちのついでか。
「そしたら僕もね、喜んでほしい人は他にもいるからって言って、君に二つ、もらってきたよ」
キュンって来たよ!
「新作と、一番人気だって」
アカリさんは宣言通り帰って行った。スクール生徒の門限でもこんなにひどくない、とか言ってた。私もそう思う、こんなんじゃ進むに進まないよ。いや、進むってそういうことを期待しているわけではないけれど。
まあ、別れ際にほっぺを触ってもらったのだけどさ。
その感触を思い出して、綺麗なタルトを見つめて。怖かった雨音は今夜から楽しい音になったのだ。




