レティシアと再会(2/20)
「絶好のマラソン日和だねぇ」
給水ポイントに置かれる一般参加者用のドリンクを、車に積み込みながら言うのはソフィア。
ちょっと調子に乗りやすいし、毒も軽口も吐くが良い子だ。
「去年は救急出まくったからね……さすがに夏場にはもうしないでしょう?」
同じく車に荷物を詰め込むのはマリアンヌ。
毒も吐くし厳しいのだけど、いつも私のことを心配してくれている。まあ相談するならこの子だ。
「レティシアはこっちじゃないでしょ?」
そして私はレティシア。この星で2番目の美人だ。
「あ~またなんか変なこと考えてるよ。ほら早くアイを手伝ってきなよ」
「レティシア、最近ボーっとしてること多いけど「また」具合悪いの?」
そんなことないよ。むしろ上機嫌。ただ……もう逢えない確率の方が高いと思うと、落ち込むねぇ。
「ニヤニヤしたと思ったら落ち込んで、大丈夫か?」
「うん、大丈夫。行ってくる」
大丈夫ではないんだけどね、前みたいな暗い気持ちじゃなくて、キュッてする気持ち。
「また泊まりに行こうか?」
「お断りよ!」
私の断固たる拒絶にソフィアはニヤリと笑い、マリーはほっぺを膨らせて怒ってる。可愛い奴らだ。
「アイちゃんごめ~ん、向こうでサボってた~!」
「正直なのは好ましいけど、堂々と言うことじゃないよ」
アイちゃんは毒は吐かないしいつも優しいし、可愛くてすごく良い子だ。カレピッピと一緒でなければね。
「今日のお昼は、ここにお願いしてるから、開店時間になったら確認するの忘れないようにって。私も気にしとくから、レティシアちゃんもね」
「へえ、宇宙ステーションのお弁当屋さんなの?わざわざ」
「他の所もういっぱいだったみたいなのよ。ちょっとお高いみたい」
私ならニヤリと笑うところを、実に可愛らしく笑うのだ。羨ましい!
マラソン大会は朝から始まっていて、距離の短い順にスタートが進み、さっきフルマラソンがスタートした。フルマラソンとは言うけれど、コースが自然の湖を周回するから、実際は60キロ以上ある。
実は私も出たかったんだけど、去年は色々あって、いつの間にかエントリー期間を過ぎていたんだ。
「とにかく、ハーフがゴールしてくる前に片付けと設営だよ」
「だね~」
ハーフマラソンの選手は無事に全員ゴールして、簡単に片づけてお昼休憩だ。
「そろそろ来るかな?」
「グルメとしては楽しみですか?」
「へへ……」
「私着替えてくるから、お弁当屋さん来たら案内お願いね」
「任せろ!」
待つ時は、時間が過ぎるのが遅い。10秒毎に外の気配を探ってる。
そして。
「すいませーん。お弁当の配達ですけど、どこに置きますか」
時は来た!テントの外から声をかけるのはお弁当屋だ!焦るな、レティシア!
「はいはい、お疲れさまです、お弁当はですね……あ!」
「あれ?君は」
「イチゴの人!」
ちょっと、聞いてない!え、何それ!嬉しい!どういう偶然?ギャー、私ジャージだ~!
全く可愛くもない臙脂色のジャージ。昔のだからサイズが少し合ってない。ボサボサ髪は猫ちゃんの髪留め。耐汗のお化粧はまだ耐えている。胸の月夜のネックレスに彼の視線が一瞬向く。
「あ……。どうも、お元気そうで」
何それ、三日振りに逢うのに、貴方は嬉しくないの?
「レティシアですよ、……憶えてないの?」
彼が余りにもボーッとしてるから、少し腹が立ったので、少し拗ねたように聞こえてしまったかもしれない。
「……憶えてるけど、名前はお客さんの個人情報だし、嫌でしょ?気味悪くない?」
なる程、大人だ。
「全然!むしろ呼んで下さい!」
「……レティシアさん」
「はっ、はい!!」
わ、私は何を言ってるんだ!そして彼に名前を呼ばれる感覚は、なんかそれだけで気持ちいい……。
なんでか二人でしきりに照れてしまって、甘い雰囲気……。
「あ、お弁当屋さんが来てる」
彼の背後から声がかかるけど、なんのことかすぐにはわからなかった。
「レティシアちゃんが対応してくれてるのね」
「あ、アイちゃん!」
「こんにちは。お弁当をどこに置けばいいかをこの方に聞いていたんですよ」
何でそんなに切り替え早いわけ?
さっきのあの雰囲気は私だけが感じていたの?
「……レティシアちゃん、代わろうか?」
「大丈夫!私が案内するよ。こっちだよ!」
彼と話していたアイちゃんが急に話を振ってきたから、私はとっさに彼の腕を取ってテントの外へ連れ出してしまった。
彼が少し握り返してくれたのが、嬉しい。
ど、どうしよう。
特に考えもせずに手を繋いで出てきちゃったけど、行き先も、手を離すタイミングはノープラン!手汗が……!
「あの、レティシアさん」
うわっ!
「この車なんだけど、どうしよう」
しまった。びっくりして手を離しちゃったよ。
え、車?……そうだお弁当を運ばなきゃだった。
男の人と手を繋いだことなんてなかったけど、思ったより柔らかくて、でも力は強くて、温かくて。感覚が消えていくのがすごくもったいない。
「搬入はスタジアムの裏口なんですよ、ちょっと遠くて分かりにくいかもと思って……」
もう少し一緒にいたいな。
「ありがとう……。その、君が良ければ、裏口まで案内してくれるかな……レティシアさん」
「ハイ!」
でも、車ってコレ?
ホネホネじゃん。決して格好いいとはいえない。数ある車の中から、何故こんなのを選んだんだろう。
ドア、というか……バーを上げてもらって、頭も気をつけてもらって、エスコートとしてはぎこちなさもなく慣れている感じ。
彼も運転席、どちらかというと操縦席かな、に座って慣れた手付きで準備する。車ってそんな色々操作しないと進まなかったっけ?
「すまないね。持ち場を離れされてしまって」
「良いですよ。もう皆スタートして、帰ってくるのは夕方くらいですから」
それはホント。夕方どころか、最終ランナーが帰ってくるのは恐らく夜だ。私たちの出番である片づけはそこから。暇で仕方ない。
「何のイベントなんだっけ」
「マラソンです。横の湖を一周するの」
「元気だね~」
何となくこの人も私と同じ、難なく走りきれてしまう人種だと思った。
「出すよ」
ホネホネ車はゆっくりと進みだした。
「なんか変わった車ですね」
「宇宙用だからね」
「ウチュウ?」
「うん」
確かに世の中は宇宙時代だ。頭上にいつも見えているのは宇宙ステーションだし。この星は星団政府直営の13星系の1つ、トレジエム星系の第四惑星だ。
でも、すべての人にとって宇宙が身近になったわけじゃない。私にとっては知識だけで現実的ではない世界だ。この人は、そこから来たの?あ、名前。
「ところでイチゴの人さん。名前まだ聞いてなかった」
「イチゴの人って。そうだね、僕はアカリ=ヴェッソー、宇宙の配達屋さんだよ」
「アカリさん……」
アカリさん。
「ちょっと言いにくいよね」
「そんな事無いです、素敵です」
むしろ連呼したい。人の名前を呼ぶことが、こんなに素敵だなんて初めて感じた。アカリさん。
裏口が見えてきた。
しまった。私案内してない。
「ここです。着きました」
元々案内不要なところだし。
搬入口に付けると、アカリさんは私の側のサイドバーを外しに来てくれた。「ゆっくり降りてくれて良い」と耳元で!ささやくと、すぐに荷台から次々に弁当を運び出す。腰抜けそう……。
「お疲れさま、レティシア」
「マリーも」
なかなか車を降りられない私に、マリーが近付いて声をかけてくる。ニヤニヤ笑いが下品よ、マリアンヌちゃん!
「意外と早かったね?アイの報告の内容じゃもう少し時間が掛かるみたいなだったけど。あのかっこいいお兄さんと話し込んでくるのかと」
「ええ!?そんなんじゃないよ。ちょっと知り合いで……」
「はい、終わりました。確認して下さい」
マリーがここの係だ。
「はい、注文通りです。ご苦労様でした」
マリーとアカリさんは事務的に握手する。
「じゃあ僕はこれで。レティシアさん、今日はありがとう」
「あ、はい。アカリさんもご苦労様でした」
アカリさんは私だけに聞こえるように、
「ここのお弁当は宇宙港でも有名でね、凄くおいしいから、お昼が楽しみだね。それじゃあね」
と顔を寄せて話す。
近い、近いです!この人、女性慣れしてる!
私が動揺しているうちに、アカリさんはこの前みたいに去っていってしまった。
「あのお兄さん、格好良かったね~」
「ええっ!」
私が余韻を大事にしていたのに、マリーが無粋な声をかけてくる。やっぱり皆そうだよね……カッコいいよね。なんかヤだな。
「姿勢がシャンとしてるね、うん。あれ?レティシアちゃん焦った?取られちゃうと思った?」
「……そういうのではない」
ないことはないが。
「大学にはなかなかいないから、ああいう人。軍人さんかな?」
「えっ……」
宇宙、軍人さん。
私とは世界が違う。




