レティシアとフェルディナンド
日に日に暑くなってくる。
気が付けば服装も普通に肩出し。スカート丈だって膝上まで上がるってもんだ。このまま行けばヘソ出しも検討せざるを得ないか?
こんな日はさっぱりとした涼しげなものが食べたい。
その店の横には小川が流れていて、その流れを利用した水車で粉をひいているんだ。水がバシャバシャいう音はそれだけで涼しく感じる。
入口の軒下に下げられている小さなベルは、風が通るとチリンと透き通った音を立てる。
「こんにちは~」
入口の目隠しの布をくぐり、店に入る。
「いらっしゃいませ」
「1人ですけど、良いですか?」
「すいません、お座敷はいっぱいで、カウンターでよろしければ」
「お願いします」
通された座席の隣は背が高く線は細いが男性だった。
「すいません」
とささやき椅子に座ると隣の男性も私の方をちらりと見て、少し考えてる。
「あ、先生?」
プライベート時に声をかけるのはよろしくないのだが、この料理とは少し合わなさそうな美男子フェルディナンドの思わぬ登場に私もビックリしてしまった。
「どこかで見たことがあると……生徒さんでしたか」
私のことをハッキリ覚えていないとは、とても珍しいよ。
「すいません。思わず声をかけてしまいました」
「構わないですよ」
そんな挨拶を交わすと、あとは特に会話などはない。先生もお一人様の有力者なのだわ。
「ざるそばを一枚、お願いします。あとビール」
運ばれてきたビールを一気にあおる。
「ふ~」
手早くメール。
『先生誘った?今横に先生いるんだけど』
ジョッキの残りを干したところで、そばがやってきた。
「お箸はご利用になりますか?」
「ええ、ありがとう」
準備してくれるのなら、私はその文化の食器を使いたいと思っている。箸の技術を修得するのは難しかったけど、使えるようになったらかなり便利だ。スープ以外これでいけるんじゃない?
「おや、あなたは箸を使うのですね」
「はい、やっぱり「麺をすする」には箸でないとやりにくいですもんね」
メール受信の通知が来た。
横目でチラリ。
『誘えてない。どういう事?』
薬味を汁に少し入れて、ワサビはさらにほんの少し。そばを一口分箸でとると汁にくぐらせる。
ずずずっとひと息にすする。
私の美しい所作に店員が感心しているのが気配で分かる。ふと感じる視線の先ではそばを打ったのだろうおじいさんが、ひとしきり頷いていた。
「先生、マリー……自由大学で受講しているマリアンヌをご存知ですか?」
「マリさん?ええ知っていますよ。ああ、君はよく彼女と一緒にいますね」
マリ?
「その子が今度、皆で花火見に行く計画をしてるんですけど、先生も誘いたいと言ってて」
「花火大会とは、湖の?」
「そうですね。……もしかしてもうどなたかと約束を?」
「いや、そういうわけでは無いですよ……少し困ったことになりそうなだけで」
フェルディナンドはコップの水滴を無意識に繋げながら、なにやら考え込んでいる。
私はその隙にそばをすする。
実はよく言われる香りとか喉ごしとかを私は理解していない。冷たい麺が好きなだけかもしれない。
「まあいい。マリさんには私から連絡しますよ。教えてくれてありがとう、ええっと」
「レティシアです」
「レティシア?ああ、君が。そうか……。ありがとうレティシアさん。ではまた」
「はい……?さようなら?」
最後のはなんだ?
私はいつの間にか運ばれていたそば湯と汁を混ぜて、飲み干した。




