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勇者は何も語らない  作者: 真地 かいな
第2章 古代遺跡
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紅い幻

今回の話は大事な人を喪った時の感情を、作者なりに描写しています。

ストーリー展開には影響がないので、苦手な方は読み飛ばして下さい。

夕焼けが大地に姿を消していく。横から注がれる長く紅い波長が、本日の無償配布の温もりはこれが最後だというように、辺りを朱色に染めている。


仕事で疲れた日本人がグランドキャニオンさながらに、非日常の雰囲気の中で真っ赤に染まった大地を眺めていれば、溜め込んだ疲れも吹き飛びそうなものなのだが…ここにいる2人には、そんな効果は期待出来ない。


「リオ〜ン!! いや…いやぁ〜!!」


朱色に染まった大地がミオの心を刺激する。

同じく大地が紅く染まった記憶、それは父親を失った記憶だった。崖上からはリオンの姿を見つけられず、夕焼けの色が不吉な御告げを残していく。谷底にミオの悲痛な泣き声が木霊していた。


「ミオ…」


慰めるように寄り添うティムも、同じ記憶を有するだけに明るい未来が想定出来ない。リオンなら大丈夫だと何度も言葉にしようとしたが、そんな希望は喉元に上がって来る前に消えてしまう。


肉体的にも精神的にも強かったティムの父親、その無惨な屍が脳裏に浮かんで来るからだ。


「ぅ…ぅぅ…ぅわぁ〜ん!!」


子どものような泣き声…いつまでも止むことのないミオの泣き声が、ティムに心を震わせた。押し込めていた恐怖に怯える幼い自分を呼び覚まされて、たちまち視界がボヤけてしまい、輪郭をなぞって涙が流れていく。


「…ぅぐっ…」


ティムが出来た唯一の抵抗は声を出さないことだけだった。





夕陽もすっかり沈んでしまい、トップリと暮れた夕闇の中、崖上にうずくまる2人は魂が抜け落ちたようにピクリとも動かなかった。


谷底の川が星の光を反射して、ユラユラと輝いている。落下の衝撃に耐え切れなかったモグラの死体が月光に照らされて、避けられぬ死を強調していた。




ーーー



次の日の朝


2人は眠れぬ夜を過ごした。

未だ、うずくまったままピクリとも動かず、頭の中でリオンの最期を何度も何度も反すうしていた。何も食べることもせず、樹海のモンスターに周囲の警戒をすることもなく、そのまま朝を迎えた。

今の2人に朝焼けの光は眩し過ぎた。


泣き疲れた目が奥から痛む。動こうとしない脳味噌を無理矢理ゆり動かされて意識が揺らぐ。ヒザの狭間に逃げ込んでいた無表情な2つの顔がゆっくりと起き上がった。


小さな期待を抱いて、リオンの帰還を待っていたが、それは叶わぬ夢だった。


「…探してやらなきゃな」

「…すんっ…お母さんの…お母さんの隣に弔ってあげなきゃね」


言葉を紡ぐたびに、自分が発しよとしている言葉の意味を理解して涙が流れる。リオンは死んだのだ。


方針は決まったのに、放心したままの2人はなかなか動き出せなかった。

やがて、ティムがゆっくりと立ち上がり、戦いの中で落とした剣を拾いに行く。ミオもティムに倣ってゆっくりと立ち上がるが、何をしていいのかがわからず、その場で立ち尽くす。


「どうやって、下に降りるの?」


やたらと時間をかけながら剣を拾うティムを見つめて、ミオが呟く。ティムは握った剣の柄を見つめたまま、沈黙を返す。


「わからない」


何とかひねり出した答えは自分でも頼りないと思う回答だった。


「魔法で何とかならないか?」

「土や岩系統の精霊に願いを伝える方法がわからないわ…」


谷底まで50メートルもの距離がなければ、崖上か底に生えている樹木の力を借りて蔓をつたうことも出来たのだが、谷底には巨大な樹木はなく、崖上の樹もそこまでの長さを有する蔓はなさそうだった。


「どうしたらいいの?」

「俺が知るかよっ! …すまん」


つい苛立ちをぶつけてしまったティムは、怒鳴っても意味がないのに…とミオに謝る。ミオは気にした様子も無く、リオンをどうするのかだけを考えていた。


谷底で冷たくなったリオンをいつまでも独りにはしておけないが、そこまで行く方法がわからない。


2人は降りていけそうな緩やかな崖を探す為に、谷に沿って歩き始めた。

川の流れに沿って、谷底を確認しながら2人は歩く。リオンの死体はモグラと一緒にはいなかった。川に流されている可能性が高いのだ。


「いないね」

「…あぁ」

「今頃寂しがってるだろうね」

「…かもな」

「独りでいるのは嫌ってたもんね」

「…そうだな」

「何も話さないくせに、絶対皆のそばに居て、それで皆の話を聞いて笑ってたもんね」

「あぁ」


「………ティム! 何か言ってよ! リオンの…リオンの思い出を話してよ!!」

「…そんな気分じゃない」

「でも…」

「…」

「…」


無言となった2人は、足音だけを響かせながら崖下への道を探し続けた。

やがて、何とか降りていけそうな場所を見つけると、何も言葉を交わさないままゆっくりと崖を下っていく。


今まで歩いて来た道程にはリオンの姿はなかった。崖上からは確認出来なかったが、もしかしたらモグラの下敷きになっているのかもしれない。2人は元の場所に向かって踵を返す。全く希望のない中で、見たくもないものを探しに行かなければならない。足取りが重いまま、沈黙の空気が重いまま、2人は進んだ。





やがて遠目にモグラを見つける。

一歩一歩近づくごとに、モグラの細部が目に映る。


このモグラさえいなければ…。


そんな想いが2人を包む。


「たぁ〜っ!!!」


ミオが護身用のナイフを掲げて、モグラの死体に走って行った。涙を後ろに流しながら、動かぬモグラを何度も突き刺した。

後ろからゆっくりと近づいて来るティムがその腕を摑んで止めるまで、何度も何度も突き刺し続けた。


「…ティム」


掴まれた腕からナイフをこぼし、ティムを振り返るミオ。そのままティムの胸の中で大声を上げて泣き暮れた。


泣き止んでも鼻をすすり続けるミオと一緒に、ティムはモグラの死体を動かした。


そこにもリオンはいなかった。


2人は孤独を嫌うリオンを求めて、もう一度、川下に向かって歩き始めた。


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