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勇者は何も語らない  作者: 真地 かいな
第2章 古代遺跡
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陥る


「さて、どうするか…だな」


頭のコブをさすりながらティムが言う。


「あんたがエサになってる間に逃げればいいのよ」


どうやら、ミオはまだ腹の虫が収まっていないようだ。体重というのは乙女の激怒スイッチらしい。


「謝ったじゃねぇかよ、もぉいいだろ?」

「良くないよ」


思いがけないリオンの一言に、場の空気が一瞬固まる。ミオですら、まさかこんな所でリオンが味方してくれるとは思わずに驚きで目を見開いていた。


「…そ、そうよ、リオンの言うとおりよ!」

「自分から口開いたと思ったらそれかよ」

「ちゃんと謝りなよ」


リオンはティムからちゃんとした謝罪が受けられるまで、譲る気は無いらしい。


「いやまぁ、わかってるよ。けっ、こんな時だけ…まぁよ、ミオすまなかった」


リオンにまで敵に回られてしまえば、ティムにもどうしようも出来ない。ふてぶてしさを残しつつも、頭はちゃんと下げていた。


ミオはそれで満足したようだ、してやったりとほくそ笑んだ。


「仕方ないわね…エサにするのだけは許してあげるわ。後でお仕置きはするけどね」

「まだ何かあんのかよ!?」

「もう、そんなのはいいから、アンタはあのモグラをどうするのかサッサと決めなさい」


ティムは、頭を下げても完全には許してもらえない理不尽に不満を抱いて眉を寄せる。しかし、対抗しようにもリオンがミオ側に回った現状、数の前には抗えそうにもない。グチグチと文句を募らせながら、大人しくモグラの対処方法を考え始めた。


モグラも流石にこれ以上のチャレンジは無駄と悟ったのか、今は地中で静かにしている。去って行った音はしていない事から、3人のことまで諦めた訳ではないようだ。


「それで、決まったの?」

「ああ。次に奴が飛び出してきたら、俺が飛び降りて、地中に戻る前に一撃加えてやる。そのまま奴が地上にいるようなら2人も来てくれ、地中に戻って行くならもう一度上に上げてくれ。」


作戦ともいえないような、特攻。ミオは顔を顰めるが、すぐに別の良い案が思い浮かばない限り、ティムは自分で決めた作戦を貫き通そうとするだろう。


「…わかったわ、あんまり無理しないでよ?」

「当たり前だろ、俺が無理な事を言った事があったかよ?」

「山程あるわよ!」

「アレは無理じゃねぇ、無茶なだけだ!」

「はいはい。本当にその違いがわかってたら良いんだけどね。」

「そりゃわかってるって、なんせ…」

「来るよ」


ティムが自分の限界について熱弁しようとしていた時、諦めの悪いモグラが動き出す。地中を移動しているのだが、その音がやたらと長い。かなりの助走距離をとっているようだ、もしかしたらこの攻撃を最後と決めたのかもしれない。


「ヤバい…か?」

「今回はやめといたら?」

「そんなわけにはいかねぇよ。今やらなきゃ本当に逃げられちまう」

「それでも良いじゃ…

「ヤラれっぱなしは嫌なんだよ!」

「…そうね、私達は強くならなきゃいけないんだものね。逃がしたくはないわね」


自分達が何も出来ないまま、被害だけを与えられて逃げられる。

どうやら昔の記憶と重なったようだ。そうなるとティム達には引くことなど出来ない、どれ程の勢いで飛び出して来ようとも突撃するつもりだ。むしろ相対速度が上がった方がカウンターの要領で攻撃力も上がるだろう、その分こちらの衝撃も大きいだろうが…ティムは形見の剣を握りしめた。


「そろそろだな、じゃ、行ってくる」


枝の上で仁王立ちして、下の様子を伺っていたティムは振り向き様に挨拶すると、形見の剣を握り締めて飛び降りる準備に入った。

地中を移動する音が止まり、モグラの方も準備が整ったようだ。


飛び出してくる生物がモグラだと判断出来ないような速度なのだ、それにカウンターを与えようと思えば、ティムはモグラとほぼ同時に飛び降りなければならない。モグラが飛び出してくる予兆を感じようと集中力を研ぎ澄ませ始めた。





普段は木洩れ陽程度の明かりしかない樹海の中だが、今は開けた谷から太陽の光が差し込んで来る。ティムは光に目を奪われないように、プツリと目を閉じて耳だけに神経を委ねる。

陽光を受けて金色に輝くティムの姿を、ミオ達は見守り続けた。


辺りがシンと鎮まり返る中、ティムの耳がピクリと動く。

遠くで、カラッと小石が動く音がした。

リオンにすら感じ取れなかった小石の音を聞き取ったティムは今が好機と飛び降りた。


タイミングはティムの狙った通り。

すぐさまモグラも飛び出して来て、風切り音を鳴らしながら飛んでくる。


「ティム!」


しかし、モグラが飛んで来る方向がいつもと違った。真下から垂直に飛んで来ると思っていたのに、横から飛んで来ている。しかも、狙いはミオ達がいる枝の上ではない。ほぼ地面と水平に飛行して、そのまま大樹に向かっているようだった。


「ちっ!!」


狙いすまして飛び降りたティムだったが、落下線上に目標のモグラがいない今はただの自由落下を貪る、ヒモなしバンジーだ。しかも、ベストなタイミングであった事が災いして、このままだと横からモグラの激突をモロに受けてしまうだろう。


「いやぁぁぁ!!」


樹上で見守っていたミオがティムのピンチを察して叫び声を上げる。


ティムがもう少し幹に近い位置で落ちて行ったならば、剣を幹に突き刺すなりなんなりと、空中で方向転換をする手だてがあったであろうに、ティムは間違っても剣先が幹に当たってしまわないようにと、木からは距離を取って落ちて行った。


「ダメよ! ダメダメ!」


ミオは精霊魔法を練成しようと力を込める。しかし、ティムの窮地に気が動転していたのだろう。いつものようにはいかずに、ただ手の指に筋肉の筋を浮かべるだけだった。


そんなパニックに陥っているミオの横から、黒い影が飛び降りて行く。


「ガゥ〜ン!!」


モグラが歓喜の叫びを上げた。

追い続けて来た獲物がやっと目前に現れたのだ。


モグラは眼前の獲物を絶対に逃がさないといった意気込みで両の前脚に付いた10本の爪で狙いを定める。前頭に巨大な10本のトゲが取り付けられたミサイルがティムの目の前まで迫ってきた。


(ここで終わりか…旅すら始まってねぇのによ)


空中で身動きが取れないティムは目を閉じた。


仇が取れなかったことを“世界樹の根元”に眠る両親に謝る。最期は男らしく散ってやろうと、カッと開いた目で何処に目があるのかもわからないモグラを真正面から睨め返し、両手を広げて迫り来るモグラを待った。


開け晒しになったティムの胸を目掛けて、モグラの爪が飛んでくる。


鋭利な爪が、もう寸刻で食い込むだろうといったところ、ティムは唐突に横に流れる。


リオンの助けが間に合ったのだ。


無防備なティムを抱えたリオンは、掴んでいた蔓の慣性に身を委ね、放物線を描きながらモグラから逃げていった。


モグラがドゴォンと大樹にぶつかる音と、地面にフワリと着陸したリオンの言葉は同時であった。


「勝手に死ぬなよ!!」

「ギャオ〜ン!!」


続いて聞こえてきたモグラの悔しそうな声でリオンの声は良く聞き取れなかったが、感情を表に出すことのないリオンが激怒している表情が全てを物語っていた。

ティムは死を受け入れたような行動していたのだと、自分の行動を恥じた。


「…すまない」


甲斐甲斐しく頭を下げるティムの前にリオンの姿は既になかった。

ティムは走り去って行くリオンの後ろ姿に甲斐甲斐しく頭を下げていた。



戦場は常にめまぐるしく移ろって行く。




バキバキバキ


「きゃ〜っ!!」


モグラが大樹に突撃すると、さすがの大樹でも耐え切ることは出来なかったようだ。大きく幹を抉られた大樹は谷に向かって倒れ始める。

樹の先にしがみつくミオの位置だとそのまま谷に落ちて行ってしまうだろう。


樹上のミオは、決して振り落とされまいと必死にしがみ付いていた。


ーー50メートルを超える深さの谷底まで自由落下をしてしまえば、人の命など塵に等しい。


「ミオぉ〜!!」


戦闘中に敵から目を離しら頭を下げていたティムも、ミオの叫び声で状況に気付いた。しかもモグラは突進した後も地中に戻らず、大声で叫び続けるミオに迫っている。


ズシィーン!


大地を震わせて大樹が倒れた。

大樹の先は谷上の空に浮かび、振動で若葉が揺れる。

そこには谷底に落ちまいとぶら下がるミオの姿があった。


「待ってろ! 今助けに行くからな!」


ティムは走り出した。ミオの窮地を救うために。遥か前方を、ミオを狙って地面の上を滑るように移動するモグラの姿がティムを焦らせる。

もはや間に合わないのではないだろうか、そんな思いがティムの心に浮かんでしまった。


「待ってろよ!!」


ティムが無理だと思いながらも自分を奮い立たせて叫んでいた頃、横倒しになった大樹の上を颯爽と駆け抜ける姿があった。


もちろん、ティムを助けてすぐにミオへと走り出したリオンの姿だ。

ミオが命からがらぶら下がっている場所まで来たリオンは、もはや片手でつかまっているだけのミオの手をガッシリ掴む。


「リオ〜ン!」


ミオの頬を伝っていた絶望の涙が、感涙に変わる。

ミオは力強いリオンの握力に、確かな安心を抱いた。このまま抱き上げられて、リオンに抱き着く未来図すら頭に浮かんでいた。


「きゃ〜っ!!」


しかし、リオンはミオの白馬の王子様ではなかったようだ。振り子のようにミオを振り回し、岸に向かって投げ飛ばした。


叫んでばかりのミオだったが、今回が一番納得出来ない災難だ。


優しく抱き上げられる未来図は粉々に破り捨てられ、無残に投げ捨てられたミオは空中散歩を余儀無くされた。そのまま地面に転がる痛みに耐えなければならなかった。


リオンは私のことを女性として扱ってはくれないのだろうか。戦闘の中に身を置く私でも、人並みのお姫様願望は持ち合わせているというのに。


あらわな格好で地面に転がったミオは、不満を秘めた瞳でリオンを振り返る。


「えっ…?」


そんなミオの瞳に映ったのは、獲物に食らいつこうとしていたモグラとリオンが揃って谷底に落ちていくところだった…








ドッパーーーン!!







大きなものが、川に落ちる音が響いた。


高飛び込みの競技でも10メートルの高さは素人には命取りだという。水温にもよるが20〜30メートルの高さがあれば、水面はコンクリート並みの硬さになるそうだ。


ーー人は50メートルもの高さから水上に落ちて、生きていられるものなのだろうか…。






ミオは信じられない表情で、波立つ水面を見つめている。駆け付けたティムも覗き込んでリオンの姿を探す。

見開いた瞳で谷底に動く人影を探す2人は、終始無言のままだった。


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