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勇者は何も語らない  作者: 真地 かいな
第2章 古代遺跡
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虚ろな穴


ティムとミオの2人は谷底を川下に向かって歩いている。流されて行ったであろうリオンの死体を捜しているのだ。足取りは重く、交わす言葉もないままに、友を故郷に連れて帰ろうと2人は歩いている。


樹海の真ん中にありながら、大きな樹木のない谷底は2人にとっては新鮮な光景だった。

樹海の端で、海に接しているコムル村には、海以外にこんなにも緑の少ない光景はない。こういった状況で無ければ、観光気分の盛り上がった2人は笑顔に溢れていただろう。


といっても谷底にも全く緑が無いわけではない。河原は苔類が岩を緑に染めているし、崖を形作る岩の隙間から逞しい植物達が顔を覗かせているのだ。

今、ティムが通り過ぎた岩道には、雑草魂を輝かせる小さな黄色い花も咲いていた。


「だいぶ歩いたけど、いないわね。」


半日近く歩き詰めてもリオンの姿は見つからない。海が近くなって来たからだろうか、川幅も広くなってきていた。


「アレは何かしら?」


沈黙に耐えきれなくなったミオが岩壁に大きく空いた穴を指差す。

今までにも、こういった穴はたくさん空いていたのだが、2人は知らない。ミオが見つけた穴からは強風が吹き出して、傍から顔を突き出している細い木が風に煽られて揺れている。それで初めて穴の存在に気が付いた。


実は今までの穴からも強風が吹き出ていたのだが、その位置が遠く、今回のように傍で風に煽られている木々などなかった為に視覚的に感じることが出来ずに見逃していたのだ。まぁ、この話は今は関係がない。


「興味がない」


傷心が続くティムはミオの指し示した場所を見ることもなく歩き続ける。ミオも大人しく腕を下げて、ティムに従う。少しでも場を盛り上げようとしていたが、ミオ自身、話をしようとする自分に違和感を感じていた。


「ねぇ、ティム?」

「何だよ?」

「何か聞こえて来ない?」

「ん?」


風が運ぶ小さな音をミオが拾った。傷心に身を任せて沈黙の中歩き続けていても、モンスターが跋扈する樹海の中央に在る谷だ。怪しい物音は警戒しなければならなかった。


「わかんねぇな」

「そう…」


ティムも何かシコリの残る物音を聞いた気がしたが、すぐに消えた音の正体は気にも留めない。考えていてもわかりそうに無い今、リオンと比べれば些細な問題だと割り切ってトボトボと進んでいく。


リオンがいればその研ぎ澄まされた五感で事の真偽がハッキリするのだが、2人には幻想の彼方に聞こえている程度しか感じ取れないのだ。







昨晩一睡も出来きていない2人は、身体の重さを感じ始める。奇妙な音の事などすっかり忘れてトボトボと進む。疲れと眠気に抗いながらも、独りを嫌うリオンの元にいち早く駆け付ける為に。

谷底の川幅は大きくなってきているが、まだまだ海が遠いのか支流がいくつも出来ている。岩壁の下に流れ込むように支流が消えていくことから、このあたりには自然の地下水路があるのだろう。別々の道を辿って進んだ川の流れが、大海で再度の出会いを果たすとはどことなく風情を感じる。


そんな支流をティムが飛び越え、ミオに手を伸ばして一緒に越えて行く。2人は重い身体に鞭打って休憩も取らずに進んでいくのだった。


「ティム…」

「何だ?」

「ハンスさんに何て言えばいいのかな…」

「………何を?」

「リオンのこと…」


ティムにも話の流れがわからないはずがなかった。それでも、口に出したら終わりのような気がして、避けたかった。だが、リオンの実父の名前を出されてしまえば避けられようも無い。


「…全部……全部、俺の責任だよ」

「何でそうなるのよ!」

「俺があのモグラの目的に気付いていれば、間抜けに飛び降りて行くこともなかった! 別の樹に飛び移ることも出来ていた! ミオを助けるのも、俺がしていれば良かったんだよ! 俺には悲しむ両親はいねぇ!!」


バシッ


肉を叩きつける音が谷底に響く。

ティムの目が見開かれ、ミオに叩かれた頬に赤味が差していた。


「なっ…なにすんだ…」

「何回言えばわかるのよ! いい加減にしなさい!」

「…っ」


ティムは痛む頬をさすりながら、ミオから視線を逸らした。ここまでくれば続きが分かる。ずっとミオから言われ続けている言葉が投げ掛けられるのだ。


「あんたは私のこと…私やリオンの事をどう思ってるのよ! ただの足手まといかなんかなの?」


ティムはそっぽを向いたまま何も答えない。それを肯定と受け取ったのか、ミオの顔が更に紅潮していく。


「…ふっ…ふざけるんじゃ無いわよ!! 私達だって必死で強くなってきたのよ! それはあんたに付いて行くためなんかじゃないわ! 強くなって父さんの仇を打つためよ!! それを…あんたは守るべき、か弱い存在みたいに扱って、仲間じゃなかったの? 強敵に立ち向かって強くなって、3人一緒に…リオンも一緒に…あの白服に自分の行いを悔いさせるために戦ってきたんじゃなかったの?」


ミオは必死だった。すでにリオンという大きな存在を失っている今、バカな考えのせいでティムまで失う訳にはいかない。すぐに無茶なことばかりするティムを諌めておかなければならなかった。


しかし、ミオは自分の言葉に涙を流し始める。3人で仇を討ちに行く、そう誓っていたのにリオンはもういないのだ。リオンの名前を言葉にした瞬間、その感情が心を締め付けた。


「誰もあんたに護って欲しいなんて言ってない! あんたに全ての責任があるなんて思ってないわ!! あんたが立てた作戦を承諾したのは、それでも誰も死なせない自信があったからだわ! リオンだってきっとそうよ! 私達3人だったら大丈夫だ…って…、そう…そう過信していたのよ!

…3人だったらって…うぅぅ…」


ティムの責任なんかでは無いと話し始めた筈なのに、怒りと悲しみで頭が一杯になってしまう。逆に全ての事が目の前で俯いている男の責任のように感じてしまう。


「…ぅっ…ぅう…そうよ! アンタの所為よ!! アンタが…アンタが!!」


溢れ出てくる感情がミオの心のキャパシティーを超えていく。

最初にティムに伝えたかったことは何だったのだろうか。護ってもらう立場じゃない、肩を並べて戦っている人間にそんな想いを抱くのは失礼だと伝えたかったのではなかったのだろうか。


自分は今何が言いたいのだろうか。


伝えたかったことは“信頼して欲しい”そんな単純な一言だった筈なのに、溢れてくる感情が様々に入り組み出して思考を一つにまとめさせてくれない。言葉と同時に多すぎる感情がミオの心を埋め尽くす。ついには小さな心に収まり切らなくなって、爆発する。


「リオン…リオぉぉ〜ン!!」


失くしたモノはとても大きかった。何も語らずともそばにいてくれるだけで安心感のあったリオンが、ティムとミオの会話を聞きながら静かに微笑むリオンの顔が、もう2度と見れないのだ。


「うわぁぁん!! ごめんなさい…ごめんなさぁぁい!! 私が樹にしがみついてることしか出来なかったから、ティムを助けることが出来なかったから、モグラの接近に気づけなかったから…ごめんなさいぃぃぃ!!」


自分が出来なかったことを悔いる。何故戦闘中にパニックになってしまったのか、何故、倒れ始める樹にしがみつくなんていう愚かな事をしたのか、恐怖に叫び声を上げる前に隣の樹に飛び移りさえしていれば…。


ーーリオンは私の身代わりになったのだ。


「うわぁぁ〜ん!! リオぉぉ〜ン!! リオぉぉ〜ン!!」


谷底に子どものような泣き声が木霊する。ワンワンと岩壁に反響する音が遠くまで響いていく。


最初は怒られていた筈なのに、いつの間にか自分を責めて、地面に泣き崩れたミオを前にしたティムはオロオロと戸惑う。


「あ…あの、ミオ…?」

「わぁぁ〜ん!!」


何とか優しい事を言えないものかと、戸惑いがちに話しかけてみてもミオの泣き声が一際大きくなるだけだった。ティムは余計に自分が何をすべきなのかがわからなくなってしまう。リオンなら優しく頭を撫でるが、ティムにはそんな事が出来ない。何とかしたい気持ちはあるが困惑顔のまま、キョロキョロと何処からか救いの手が差し伸べられるのを探すだけだ。


「リオぉぉ〜ん!! うわぁぁん!!」


頭を撫でるのを試してみようと、ゆっくり近づこうとしたティム。だが、それを拒否するようにミオが喚く。ティムは一歩踏み出したままの状態で固まってしまった。






そんな時、騒ぎ立てる2人を狙った影があった。

谷全体に聞こえるのではないかという泣き声が、要らぬモンスターを引きつけてしまったのだ。


ミオの泣き声に混じってガサガサという音が聞こえてくるが2人は気付かない。先ほどミオ達が聞いた気がした音が、数を増やして近づいてきているのだ。こんなパニックの現場であっても冷静を保てるリオンがいれば、周囲を取り囲もうとする音にすぐに気付けていただろう。人材を失って直ぐに対応するのは…難しい。


音は岩壁の至る所に穿たれた、強風の吹き出る大きな穴から聞こえてきていた。


「…ミオ!! すまなかった、俺が何でも1人でやろうとする悪い癖が出てしまった! 本当にすまん!! あっ…謝るからもう泣き止んでくれよ」


何をしていいのかわからなかったティムが、怒られていた原因であろうことに謝罪する。


「違うぅ〜…。そんなのどうでもいいのぉぉ〜…うわぁぁん!」


だが、今更そんな謝罪は関係ないと泣き喚くミオにティムは余計に困惑する。


「えっ!!? だって俺、それで怒られてたんだろ?」

「…ひっぐ…そうだけど…、そうじゃなぃぃ。もぉティムは黙っててよ!!」


何とかしようと頑張っているティムに散々な物言いだが、ミオの感情を理解すれば当たり前の反応である。


「黙っててって…俺はどうすればいいんだよ?」

「知らないわよ! それぐらい自分で考えなさいよ!」


そうこうしている間に、ついに100近い黒い影が2人を取り囲んだ。その黒い影は風穴から吹き出る風に乗って、ティム達の近くまで飛んできたのだ。


それは一つ一つが人間程の大きさで、頭部、胸部、腹部、の3つ節で成っている。真っ黒い身体に6本の脚があり、頭部にある発達した大顎がガチガチと金属のような音を奏でている。


彼等は谷底の地下水道にコロニーと呼ばれる巣穴を作る軍隊蟻ぐんたいありだった。ティム達との遭遇は初めてではあるが、生半可な力では叩き潰すことの出来ない硬い身体がやっかいなモンスターで、溶解性の液体を吐き出すこともある。その溶解性の液体には毒は含まれず、溶かすことについてもすぐに洗い流せば問題ないのが救いだろう。


「何だよ! 俺じゃダメなのかよ? リオンじゃないと落ち着かないのか!?」

「…うぅぅ…リオン…。バカぁぁあ!! こんな時にリオンの名前出さないでよ! バカじゃないの? …ぅう…聞かなくても、アンタはバカだったわね!!」

「何だって!? 慰めてやろうと思ってたのにその言い方は何なんだ…っ!!?」


激しく言い争う中でどうにも納得いかない状況が続き、ティム自身も苛立ってきた。それを言い返してやろうとして…ティムはやっと今の状況に気付く。


2人を取り囲んだ軍隊蟻が、大顎をガチガチ鳴らしながら近づいてきている。


ティムとミオは顔を見合わせて青ざめる。


「騒ぎ過ぎたな…」

「そうね…すんっ…どうする?」


窮地に気付いたミオも、無理やり感情を押さえ込み、鼻をすすりながら周りを見回す。

といっても、逃げ道などない。幾ら何でもこんなに接近された状態で取り囲まれれば逃げようがない。

周囲の注意を怠ったことを後悔する2人。


「とりあえず、俺が活路を開くから、ミオは逃げろ」

「…またそれ? いい加減にしてよね。アンタを置いて逃げれるわけが無いでしょ。手伝うわ、チャンスがあったらアンタが先に逃げなさい」


ミオは感情の混乱が嘘だったかのように、現れた敵に対して敵意を募らせていた。…むしろ、感情の矛先を向ける相手が出来て喜んでいるのかもしれない。

ミオは、ティムよりも前に出て護ってやるのは私の方だ!と意気込みを見せる。それに負けじとティムも1本前に出た。決意を固めた2人は見つめ合い、一瞬、不敵な笑みを浮かべたかと思うと、剣を握り締め、川下を取り囲んでいた軍隊蟻を睨み付ける。


「てぇあ〜!!」

「え〜い!!」


ガキィ〜ン!!

キン!!


金属同士がぶつかり合う音を立てて、2人の武器が弾かれる。ティムの一撃ですら蟻の表面に小さな傷を負わせることしか出来なかった。


「マジかよ!? ミオ!!」

「ダメよ! 谷底には草木が少ないって言ってるでしょ!」


物理的な攻撃が無理ならばミオの精霊魔法で、と考えたティムは一蹴される。ミオは岩や土の精霊に願いを唱える術を知らない。


意気込んで前に出たのに…無知な自分が悔しいミオが下唇を噛み締める。


それでも抵抗しないよりはと、剣を振り回すティムだったが、数の暴力にはなす術も無い。1匹の蟻を倒す事も出来ずにミオと一緒に捕まえられる。

ティム達の体重などものともしない蟻達は、2人を抱え上げると、上で暴れまわることも意に介せず、川の支流が作り出す地下水道へと帰っていく。


「離せぇ〜!!」


ガキィ〜ン!!


支流が流れる穴の中は大人が屈んで歩けるぐらいの広さだった。

蟻に抱え上げられながらもティムは剣を振り回す。しかし、硬い表皮の前には意味がなく、岩穴の中に出来た空洞に金属音が反響するだけだった。


ガチ〜ン!


「ティム!! 危ないわね! 狭いんだから、振り回すの止めなさい! 私に当たったらどうするのよ!」


空洞の暗闇の中でティムの剣が火花を散らす。その横幅は軍隊蟻が2匹並んで歩くのがギリギリという広さだった。そんな場所でティムが暴れるものだから、しっかりと押さえ込まれて身動きの取れないミオに間違って当たってしまいそうになったのだ。


「くそぉ!! どうすりゃいいんだよっ」


バシャバシャ、ガサガサと、空洞に注ぎ込む支流の上を大量の蟻が行軍する。

ティムの嘆きはそんな行軍音にかき消されていくのだった。


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