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クズの鎮魂歌  作者: 叢雲@ぬらきも
第一章 始まり
3/11

終わりは唐突に

 国栖代くずしろ 人間ひとま、28歳独身、クズ人間。

 なんでクズかと言うと、名前のせいもあるけど、この卑屈な性格のせいでもある。

 自分でも分かってるけど、自分の事しか考えてないと良く他人から言われる。

 そうは見られまいと頑張るけど、人って本質見抜くよね。

 俺も見抜くし、結局めんどくさいからやめて、一人になる。

 それでいいやと思うけど、やっぱり一人は嫌だからって人に歩み寄る。

 我ながら進歩ないよね。こうなったのも全部環境のせいなんだけどね、うん。

 そうやって言い訳し続けて10数年、まるでダメな大人の俺はぺーぺーのサラリーマンとして毎日仕事して、やりたくもない残業をして、同僚と飲んでは愚痴を零して帰宅、休みの日は引きこもってもっぱらゲーム、アニメ鑑賞三昧。


 家族は遠方に住んでて、めんどくさいから実家に帰らず、連絡も無視し続けていたら絶縁状態になっていた。

 そりゃそうだろうな。

 自分の都合のいいときしか顔見せないんだからそうなるよな。

 でも人間そうだと思うけど、違うのかね。

 実家に戻る度にネチネチネチネチネチ説教を2時間以上食らい、やれお前は人間のクズだ、やれ約束を守れだ、お前を育てたのは誰だと恩着せがましく言われりゃー誰だって行きたくなくなるよ。

 そりゃこうして生きているのは他でもないあなた方のおかげですよ。

 だからってストレスの発散源を俺にするなよ。

 俺だって仕事でストレス抱えてんだぞ。

 普通だったらハゲあがっしまうぞ!

 とイライラしながら送られてきた実家からのメールを削除する。


 深いため息を吐いて背もたれにどっかりと体重をかける。

 時刻は午後11時30分。

 ほとんどの社員はとっくに上がってる時間だ。

 今会社にいるのは俺だけ。と言うか毎日俺だけ。

 入社当時、できるやつと思われたくて調子に乗った結果がこれ。


 元々めんどくさがりで対して器用でも要領も良くないのに4年間必死こいて仕事した結果、ペーペーなのに仕事を回されることが多くなった。

 社長は頑張ってるな、俺は見ているぞ的な事言ってたけど昇格はおろか給料は一円たりとも上がっていない。

 大手のIT企業に学もない俺が入社出来たのは感謝すべきことだが、残業代出ないって何これぱねぇブラック。

 他の社員はほぼ定時で上がるし、上がる時に俺だけの資料がどっさりデスクに積まれる。

 知ってる? 社畜は逆らわないから社畜って言うんだぜ?


「簡単なPCでの事務処理です……って謳い文句はなんなんだよ」


 固まった肩を揉みほぐしながら、何杯目かわからないコーヒーを一気に煽る。

 キリがいいところで作業をやめ、帰宅の準備に取り掛かる。

 泊まり込みして仕事するほど愛してないしな、この会社。

 寧ろさっさと潰れろ。なんで俺だけこんな働かなきゃいけないんだよ。

 働きたくないでござる! 割と切実に。


「あれ、まだ残ってたんですか?」


 事務所の施錠をしていたら、驚いたような声が後ろからした。

 まだってなんだお前らが俺に仕事させてんだろが爆発しろと呪詛を内心で繰り返しながら振り向くと、天使がそこにいた。


「あ、ああ、今度の会議の資料作りとか、結構大事なものがあったからな」

「いつも遅くまでお疲れ様です。大丈夫ですか? 目が死んでますよ?」


 ぱっちり大きな目でまっすぐ俺を見つめ、心配そうに顔を覗き込んでくるこの天使は斑鳩いかるが みことちゃん。

 俺の7つ下のめちゃくちゃ出来る子で、入社1年で大手取引先を3件も抱えてる仕事人。

 え? 俺より職級上ですけど何か。4年もいて平社員の底辺ですけど何か。

 彼女は会社のアイドル的存在で、才色兼備、気立て良し、性格も良し、おっぱいも推定Dともはや天使と呼ぶしかない女性。

 どこぞの社長の娘とかで、お嬢様なんだがそれを鼻にかけず、ひたすら周りからクズ呼ばわりされる俺にもこうして優しく声を掛けてくれる。

 毎日同じ事の繰り返しで荒んだ心の唯一の癒しでもあった。


「斑鳩さんがこんな時間まで残ってるなんて珍しいね」

「あ、ちょっと仕事が片付かなくて……」

「おーい命ー。何してんだってうげ、クズ……国栖代さん……」


 俺が天使との癒しタイムを満喫しようとした時、通路から仕事もできて女性に優しい爽やかイケメンこと大和やまと こうがぬっと顔を出した。

 おいなんで言い直した。

 しかもなんでヤバイ人に見つかったみたいな顔なの二人とも。

 おいお前ら会社をホテル扱いしてんじゃねえぞ。

 この状況どう見てもそれしか思い浮かばんぞ。

 あ、あれー命ちゃん彼氏いないって言ってなかったっけー?

 俺の密かな恋は終わった。

 始まってもないけど。


「おうお疲れ大和。なんだ二人で残業か?」

「え、あ、はい。大和さんが手伝ってくれたお陰で、なんとか終わったんですよ」

「お疲れ様です、国栖代さん。いやー仕事ができると毎日大変ですねー」


 そう言って大袈裟に肩を竦めて俺を見る大和の目は、明らかに上から見下した侮辱の視線だった。


 俺とお前では違うんだよ。

 そう言われた気がしてならなかった俺は一瞬で沸点に達した。

 お前馬鹿にしてんのか、はっ倒すぞクソ野郎が。

 そう言えるはずもなく、俺は曖昧にそうだなと笑って誤魔化した。

 波風立てなくないしね、ムカつくことはムカつくけどここで怒ったら大人気ない。


 俺超紳士。

 伊達に紳士服着こなしてないぞ。

 安物だけど。

 大和は高級ブランド。

 あれこれ土俵にも立ててなくない?


「と言うかなんだ、二人は付き合ってるのか? 社内でそんな噂はなかったけど」

「あ、いや、ちがっ……」

「そうなんすよー。でも内緒にしててくださいよー? 社内恋愛ってバレると面倒じゃないですかー」


 いちいち語尾を伸ばすなかんに障るなチャラ男が。

 てかお前この前他所の部署の女の子とデートしてたろ。

 二股か。

 爆発しろ、派手に爆散しろ今すぐに。

 愛想笑いを貼り付けたまま命ちゃんを見ると、物憂げに顔を伏せていた。


「……どしたの斑鳩さん、心配しなくても口外はしないよ? 迂闊な行動は控えてほしいのはあるけど、俺も面倒事は御免(こうむ)りたいし」

「……そうですよね、面倒ですよね……」

「ん? 何?」

「いえ、何でもないです。では、お先に失礼しますね」

「お疲れ様でーす」


 何事か命ちゃんが呟いたが、すぐに顔をあげてとびきりの笑顔を作って微笑んだ。

 そして会釈をしてすぐ横を擦りぬける。

 後を追うように大和も命ちゃんに倣って一礼して通り過ぎる。

 だから伸ばすな殴るぞ。

 まぁ殴っても俺が逆にボコられるだろうね。

 俺もやしだし。暴力嫌い。


 しかし、命ちゃんの様子が気になる。

 どう見てもあれは作り笑顔だったような……。


「ま、いいや。お似合いっちゃお似合いだし、人の色恋に首突っ込むのもめんどいしな」


 誰もいなくなった会社の照明を落とし、今日のお勤めを終了する。

 明日は休みだし、酒でも飲んでゆっくりするか。


           ◇


 翌朝。


 社畜タイムから唯一逃れる事が出来る休日。

 無機質なアラーム音でパッチリ目が覚める。

 朝から可愛いコが「もー休日だからって寝過ぎだよ、ほら起きて」だなんて甘いイベントは存在しない。

 俺目覚め良いしな。

 リア充爆発しろ。


 時刻は午前9時30分。

 外をみてみるとちょうどよく快晴。

 本来であれば昼前まで寝るのだが、こんな爽やかな朝が来てしまっては仕方ない。


 洗濯物干そう。

 のっそりと煎餅布団と化してしまった長年愛用の布団から抜け出し、ピッピピッピピッピ自己主張の激しい携帯のアラームを止める。

 まぁこのおかげで寝坊したことないんだけど、休日だと迷惑この上ない。

 今度「ほぉら、朝だよ、起きてぇ」とか悩ましいボイスをアラームにしようか。

 違うところは起きそうだが俺は起きれなさそう。よって却下。


 などとどうでもいい葛藤をしながら欠伸を噛み殺していると、新着メールが届いていることに気付く。

 どうせメルマガかなんかだろ。

 お世話になってます、Amaz○n。


 いざメールを見てみると、マイエンジェルからのラブメールだった。

 今までのやりとりは業務会話しかないけどな。

 でも気になるコからのメールは心躍るよね。届けたい胸の鼓動!


『夜分遅く申し訳ありません。明日予定入ってますか?』


 絵文字も顔文字もない事務的な文章。

 受信履歴は深夜2時。

 なんでこんな時間に送って来たのか謎だった。

 内容も謎だけど、これはもしやデートのお誘いって奴か⁉

 それはないか、大和と付き合ってるって言ってたし。


『ごめん、帰ったら即寝落ちしてた。予定ないけど、どしたの?』


 と速攻でメール返信。

 休みだし、寝てる可能性は大だけど起きたら気付くだろ。

 気付いてスルーされたら泣くよ俺。

 友達が間違って送っちゃって……すいませんもう送って来ないでもらえますか? とか言われたらうっかり首吊っちゃうところだ。

 実際経験あるしね。こんなクズがメールしてすいません。


 用が済んだので携帯をぺいっと布団に放り投げ、洗濯物を片付けるため活動開始……ってところで携帯がぺぽぺぽんと機械音を鳴らす。


「お?」


 思わず声が出た。

 なんと命ちゃん起きてた。


『おはようございます。お休みなのに申し訳ありません。もしご迷惑でなければ、ご相談に乗って頂きたいです』


「相談……ねぇ」


 昨夜の出来事が脳裏を掠めたが、そのことか、仕事の二択だろう。

 過去何度か仕事終わりに飲みに行った事あるし。

 あの時は浮かれてベラベラ喋ってた記憶があるな。

 ありもしない見栄張ってね。

 結局中身知ってみんな離れて行くけどさ。


 さて、どんな相談でっしゃろ。

 彼氏のプレゼントどれがいいとか聞かれたら俺怒りに任せて自分殴って泣きながら帰るぞ。

 うわーすっげぇ情けない大人。

 まぁどうせ暇だし、マイエンジェルの悩みを解決しに行こうではないか。

今日は素晴らしい一日になりそうだな、うん。


           ◇


 待ち合わせの老舗高級デパートに来て10分。

 待チ人、未ダ見エズ。

 指定された時間は午後1時30分。

 現在午前12時10分。

 浮かれて早く来過ぎた結果がこれだよ。

 中肉中背、顔も至って普通だと思いたい俺が無理してお洒落してます的な服装でこんなとこいたら目立つ。

 ような気がする。


 道ゆく人はそこに電柱があるかのように気にも留めてないけどね。

 髭大丈夫かなとか汗の匂いやばいかなとか服に煙草の匂いついてないかとか悶々としながらぼーっと突っ立っていると、後ろからぽん、と控えめに肩を叩かれた。

 背後からの襲撃にびっくりした俺は思わず「うひょい!」とか奇声をあげてしまった。

 我ながらキモい。


「なんですか今の声。やっぱり国栖代さんて面白い人ですね」


 心臓バックバクで振り向くと、笑いをこらえるかのように口に手を当てて肩を小刻みに揺らす命ちゃんの姿があった。

 私服姿を見た事がなかったが、サラサラストレートの美しい黒髪に似合う素晴らしき白のマキシワンピに、デニム生地のアウターを羽織っている。

 スカートから伸びた白い肌色の美脚が眩しい。

 ミュールだがなんだか良くわからんが、とりあえずヒールっぽいのを履いてらっしゃる。


 ごめんね女性のファッションとんと疎いのよ自分。

 いやぁ、なにしても可愛いよこのコ。


「いや、凄腕のスナイパーじゃないんだからいきなり背後から肩叩かれたらそりゃビビるよ。まぁ振り向いたら天使がいたけど」

「いっつもそれ言ってますね。おだてても何も出ませんよ?」

「さいですか。で、どうするの?」


 昨日の思い詰めた表情が嘘のように明るく笑う命ちゃん。

 この笑顔でどれだけの俺が救われるだろう。世界中に俺がいたら怖いな。

 てか世界滅亡するなそれ。だって俺基本クズだし。

 どこで話す? と言う意味で尋ねたのだが、命ちゃんは何やら思案顔で小首を傾げた。

 あれ、相談事なら適当なファミレスとかじゃないの?

 夜だったら居酒屋とかでいいだろうけど。


「んー……そうですねー。映画とか見たりします?」

「ん? 見るけど、なんで?」


 相談じゃないの? と言いたげな目で見ていると、なぜか小さくため息を吐かれた。

 仕方ねえなこのクズはって目だよ。

 何これちょっとゾクゾクする。

 実際は違うだろうけど。

 違ってなくてもそれはそれでいいかも。


「折角のデートなんです。デートならやっぱり楽しい方がいいじゃないですか」

「あ、そうだね。ごめん。相談って言うからてっきり仕事の事かと思ってたからそうかデートかってデートってデートだよねはいいいいいいいいいいいい⁉」

「国栖代さん、他の方の迷惑ですからいきなり叫ばないでください」

「いやいやいやいやいや確か斑鳩さん大和と」

私は(・・)一言も付き合ってるとは言ってませんよ?」


 そう言って唇をむっと尖らせ、ジトっとした半眼で睨んでくる。

 いきなり過ぎて思考が追いつかん。

 だって会社随一の人気者である命ちゃんが底辺中の底辺、顔ボツ、気立てボツ、性格クズの俺をデートに誘う要素がどこにも見当たらない。

 素直に嬉しいけど、どうしても裏を探りたくなるのが俺。


 どうしても人の好意を素直に受け取れない。

 優しい言葉の裏には、いつも棘が潜んでるような気がしてならないから。

 自分でも臆病と思う。だが無償の優しさなんてもんは存在しない。

 そうやって期待して、裏切られてきたから。


 ある程度の予防線は張ろう。

 傷つくのも傷つけるのも、もう御免だ。


「そっか。まぁ俺なんかをデートに誘ってくれるなんて嬉しいよ」

「俺なんかって、国栖代さんはいつもネガティブ過ぎです。気付いてないかもしれませんけど、私が国栖代さんに何度助けてもらってたか知らないでしょう?」

「助けた? 俺が?」


 助けられた記憶はあるけど、助けた記憶はない。

 実際命ちゃんの方が仕事出来るし、会社でそんなに話した記憶もない。


「はい。私は国栖代さんが優しい人だって知ってます。他の人がどう言おうと、私は国栖代さんがどんな人間か見てましたから」

「そ、それはまさか風呂やトイレも……?」

「馬鹿じゃないですか? 豆腐の角で頭打って植物人間になればいいのに」


 おおう、笑顔で辛辣な言葉吐くなこのコ。

 死ねばいいとか言わないあたり優しい。

 他の女子だったら無表情かつ何の感情も映ってない目で罵詈雑言を吐いた挙句、スプリンターばりの速度で逃走コースだぞ。

 そして明日の会社の噂で持ちきり。

 明るい未来が待ってるよ!

 道中は真っ黒だけどな。

 ついでに会社も。


「斑鳩さんて時々凄い毒吐くよね」

「限定された人だけですけどね。今のところ一人だけです。良かったですね変態さん」

「誠に、申し訳―――」

「こんなところで土下座なんてしないでください、冗談でも怒りますよ?」

「……ごめんなさい」


 潔く謝ろうと片膝をつこうとしたところで、絶対零度の眼差しが突き刺さった。

 割と本気の声だったのでささっと立ち位置を戻し、素直に謝る。


「いいですよ、そんなに気にしてないですから。じゃあ行きましょ」


 ごく自然に差し出された手を、思わずぼーっと眺める。

 雪のように白く美しい手につい見惚れてしまっていた。

 しばらくその状態で固まっていると、痺れを切らしたかのように命ちゃんが俺の右手にぎゅっと手を重ねて来た。

 ひんやりと冷たく、柔らかな感触が手から伝わってくる。

 意外に体温低いな、とか思ったりもしたがちょっと何これどう言う状況。

 目に見えて動揺している俺を見て、彼女はほんの少し赤い顔でにっこりと微笑んだ。


「え、ええっと……」

「いいから何も言わないで下さい。国栖代さんはこうでもしないとどんどん下に行っちゃうから。ほら行きますよ」

「え、お、あ、ああ」


 やや強引に引っ張る命ちゃんは耳まで赤かった。

 俺も顔が熱い。

 冗談抜きで心臓が痛い。

 なんだこれ俺今日死ぬのか?

 幸せ過ぎて怖い。

 そんなことを思いながら、俺は繋いだ手の冷たさを感じつつ、一時の幸せを噛み締めていた。


           ◇


「すみません。今日は付き合ってもらって」

「いやいや、あんなにはしゃぎ回る斑鳩さんは初めて見たよ。意外に子供っぽいんだな」

「い、いいじゃないですか! リラックス熊が好きでも! 可愛いものは可愛いんです!」

「で、結局買ってしまったと」


 自分が抱えていたでっかいクマのぬいぐるみを見やる。

 サイズ的には小学生の子供よりもデカイ。

 リラックス熊とは、ゆるかわ癒し系のクマのぬいぐるみであり、まったりとした愛嬌のある顔がなんとも言えない可愛さがあるだとか。

 そしていつも何かまくまく食べてる。

 この全体的に丸いフォルムって脂肪なのかね、本物の熊は筋肉ムキムキらしいし。


 チラチラと交互にぬいぐるみと命ちゃんを見ていると、ふるふると屈辱に耐えるかのように体を震わせて、林檎みたいに真っ赤になった顔で俺を睨んで来た。

 ここまで照れてる姿はレアである。

 そして可愛い。

 これ以上弄ると本気で怒られるから脳内HDDにこの可愛い顔をしっかり焼き付けておく。


「結構買い物したなぁ。大半グッズだけど」

「あ、そうだ。これ国栖代さんにあげますね」


 差し出されたのはリラックス熊のストラップ。

 正確にはスマホのイヤホンジャックにぶっ刺すスマホピアス。

 おい待て俺みたいなインドア野郎がこんなファンシーなの着けてたら火傷じゃ済まんぞ。


「あ、ありがと。大切に飾っとくね」

「いやなんでですか、使ってくださいよ。なんで飾るんですか」

「汚れるといけないし」

「むー……せっかくお揃いにしたのに……」


 ぶつぶつと小言を言っている命ちゃんの手には、渡されたスマホピアスと同じく、でろーんと寝そべった姿のリラックス熊のキーホルダーがついた家の鍵であろうものが乗せられていた。

 これ素でやってるから恐ろしい。

 彼女なりの仲良しの現れらしいが、世間様はそれをどう捉えるか知っているのだろうか……。

 いや、凄い嬉しいよ?

 今すぐうっひょおおおおおおおおおおおい! て叫びたいもん。

 叫ぶとまた怒られるので自重する。

 時々どっちが年上か忘れる。

 いつもか。


「ありがと。大切に使うよ」

「はい。そうしてもらえると嬉しいです」


 一頻り和んだし、たっぷり癒された。

 そろそろ本題に入るべきだろうな。

 ずっと彼女の行動を隣で見ていたが、どうにも空元気にしか見えなかった。

 覚悟は一応出来てる。

 二つの意味でDon'tと来い。


「で、相談って?」

「―――っ、そう言えば少しお腹が空きましたね。何か食べます?」

「……大和の事?」


 目に見えて動揺している。


 こう見えて、いや見えなくても人の癖や粗探しが得意な方だ。

 性格が陰湿なのもあるが、これは子供の頃からのもの。

 常に人の仕草や表情の変化を読む癖。

 これで大抵面倒な事は先読み出来た。

 臆病な性格で良かったと思える事の一つ。

 媚び諂う事は俺の専売特許とも言える。

 胸張って言える事じゃないが。


 さて、これはどうなるか。

 面倒ごとは嫌いだが、関わった以上見届ける義務がある。


「……国栖代さんも、大和さんとお似合いだって思いますか?」

「答えはイエスだね。付け足すならどう思われても本人次第だけど」

「……大和さんとは、親の会社の付き合いで知り合ったんです」

「ああ、確かあいつも大手薬品メーカーの一人息子だったかな。ってことはお見合い?」


 命ちゃんは黙って首肯する。

 沈黙がやけに重苦しい。

 本人の望まない事を強要するのはどうかとは思う。

 俺は平凡な家庭だし、金持ちの事情なんかこれっぽっちも理解できない。


 どう言葉をかけるべきなのか。

 彼氏でもなんでもない、ましてや住む世界が違う斑鳩 命と言う女性に、俺ごときが何の言葉をかけてやれる?

 それはおかしい、自分の気持ちはどうなんだと熱く諭す?

 そんなことすれば俺は鶴の一声で首が飛ぶだろう。

 俺の会社は、彼女の父親の息がかかっているのだから。


「……君は、大和をどう思ってる?」

「大和さんは優しいです。でも、それは私だけじゃない。女性であれば、誰でもいいんですよ。私が特別なのは、親の存在。肩書きだけで近寄って来てるんですよ」

「それは見て分かるよ。大和は大概女遊び激しいからね。俺と違って見てくれも良いし、要領もいい。そして将来有望となれば誰だって食いつくさ」

「国栖代さんが女性だったとしても?」


 意外なことを聞いてくる。

 思わず目を丸くしたが、彼女の目は真剣そのものだった。

 ならばこちらも誠意を持って答えよう。


「あいつが俺を選ぶとは思えない。そして俺はあいつが嫌いだ。出来る後輩ではあるが、あいつは人を見下している。常々爆発しろと思ってるよ」

「……ぷっ。なんですかそれ。やっぱり国栖代さんは面白いですね」

「馬鹿にされてる気がするが」

「してませんよ。……ふふっ、やっぱり貴方は優しいですね。少し、気が楽になりました」


 両手を後ろで組み、俺に背を向けてゆっくりと歩き出す命ちゃん。

 俺はそれを黙ってついていく。

 俺からかけるべき言葉はないのだから。


「国栖代さんは」

「ん?」

「……人間さんは、私の事をどう思ってますか?」


 一瞬聞き間違えたかと思ったが、間違いなく彼女は俺を下の名前で呼んだ。

 嬉しさで目頭が熱くなる。

 生きてきた中で、初見で絶対読み間違えるややこしい名前を、この名前を好きになれなかった理由の一つであった名前を、呼んでくれた。

 自他共に認めるクズと呼ばれ続けた俺にとって、これほど嬉しい事はない。


「マジ天使」

「………なんでそこでそれが来るんですかねぇ、クズ代さん?」


 え、いやマジ天使だもん。

 なんで本気で言ったのに人が殺せそうな眼力の目なの。怖い、怖いよ。

 しかも名字の国栖くずが間違いなくクズのニュアンスだったよ?


「綺麗で可愛くて、優しくて良い匂いして、時々子供っぽい表情見せる斑鳩さんはとても魅力的だよ。おっぱいもおっきいしいっでぇ⁉ なんで⁉」

「セクハラで訴えますよ? 気持ち悪い単語もありましたし、なんで後半胸の話になってるんですか」


 全力のトゥキックによるすねへの一撃と、氷の女王の心臓をも瞬く間に凍らす凍てつく視線を頂戴した。

 死ぬほど凍った笑顔が怖かった。

 いやだってシリアス苦手なのよ。


「そう言う事、他の子にも言ってるんですか?」

「いつつ……そんなシモキャラだったら、とっくにあの会社にいないけど」


 部長(ハゲ)以外はな。


「……やっぱり、大きい方がいいんですかね……」

「でかけりゃいいってもんじゃないけどね」


 部長(ハゲ)の態度とか。

 髪の面積は小さいのにな。


「く……人間さんも、大きい方が好きですか?」


 この破壊力やばいな。

 恥ずかしそうに潤んだ目で上目遣いで見上げて来るこの姿、まさに核並みの威力。

 俺の理性のリミッター解除ボタンを連打したがるもう一人の俺が血涙で叫んでるよ。

 押し倒そうかしらこの天使。

 物理的に両手塞がってるから無理だけども。

 と言うかなんで俺に聞く。


「俺は別にどっちでも。好きになればそれもひっくるめて好きになるだろうし、天使になってるだろうから」

「ホントそれ好きですね。なんなんですか本当に」

「真面目に答えてるつもりですけども……」


 あれで? と言いたげに半眼を投げて来る命ちゃん。

 無言が余計心に刺さる。


「そう言えば、ちょいちょい俺の下の名前呼ぶけどどしたの? あ、この流れは俺も命って呼んでいいの?」

「っ」

「あ、あれ? おーい斑鳩さーん? 嫌だったら嫌って言ってねー、半端な優しさは俺の心をハンマーで叩き壊すよー?」

「嬉しい、です。初めて、呼んでくれましたね」


 命ちゃんが泣きそうな笑顔でこっちを見つめてくる。

 頬を赤く染めて、今にもこぼれそうな涙を丸みのある大きな瞳いっぱいに溜めて、くしゃくしゃの顔で笑う。


 流石に俺も鈍感ではないと自負している。

 この向けられた感情は、果たして本心なのか?

 性格がどうしても疑ってしまう。

 俺は彼女を好きだとわかってる。

 彼女も俺を好いてくれてると思う。

 だけど、どうしても裏があると疑ってしまうこんな自分が、俺は嫌いだ。


 変えたい。

 変わりたい。

 でも変われない。

 そうして離れて行く。

 一体彼女は俺に何を求めているのだろうか。


「すみません。みっともないところをお見せして。名前を呼ばれたくらいで大袈裟ですよね」

「いや、マジて」

「それはもういいです」


 すっぱり切られた俺はそれ以上言葉を出す事が出来ず、涙を拭う彼女の姿をぼうっと見つめていた。


「やっぱり、私は人間さんが好きです。あの時から、ずっと」

「え?」

「なんでもないです。今日はありがとうございました。また明日、会社で」


 荷物ありがとうございます、と言って命ちゃんは有無も言わさずぬいぐるみやらなんやらを抱きかかえて、ちょうど良く通りがかったタクシーに乗り込んでいった。

 残された俺は、呆然と立ち尽くす。

 あれが相談だったのだろうか。

 あんなもの模範解答をしたようなものだ。


 そして去り際に言った言葉は、男女としての好きなのだろうか。

 なら、なぜ俺なんだ。

 理由を探ろうとしても、浮かんでは消え、冷静な判断が出来やしない。

 頬が熱く感じる。


 正直に言えば嬉しいのだ。

 嬉しいけど、まだ信じきれない自分がいる。

 どうした俺。やっぱ今日死ぬんだろうか。

 もう見えなくなったタクシーを探すように道路を見つめ、ため息を零す。

 ジーンズのポケットからはみ出した、携帯にぶら下がったリラックス熊の飾りが、吹き付ける風でゆらゆらと揺れる。

 言いかけた言葉が気になって仕方ない。

 考えても答えは出ないとわかっていても考えてしまう。


―――明日は仕事にならんなこりゃ。

 そう呟いて笑った時、まるで祝福するように世界が瞬いた。

 俺が記憶しているのは、なぜか(・・・)片方だけ真っ暗な、一瞬の内に反転した世界。

 ぱぱっと花火のように明滅する中、視界が消えてなくなる直前に見えたものは、遥か上空から燃え盛る巨大な隕石が降り注いでくるワンシーンだった。





 ああ、やっぱり夢かよ。

 そう思った瞬間、完全に意識を失った。




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