クズ人間
俺は超常現象なんか信じない。
実際生で見てもへぇすげーとかしか思わないだろうなと思っていた。
信じがたい事に、それは現実で起きていた。
それも現在進行形で、今こうして高速で脳細胞を使っている一秒単位でだ。
夢だろうと目の前のそれを掴んでみる。
悲鳴とセットで高速の平手打ちが飛んできた。
体重70キロはあろう俺の体がすっ飛んだ。
まるで紙切れのようにすぽーんと。
ウッソなにこれ超痛い。人って簡単に飛ぶもんなんだ。
漫画やアニメみたいにゴロゴロ砂の上を転がった後で気付く。
夢じゃない。
現にこうして激痛が走るし、あのもちもちした柔らかい感触は本物というか超痛い何これ死にそう。
そして思い出す。確かに俺はあの時死んでいた筈。
生きている? なぜ? どうして?
その思考も痛みによって中断される。
生きている中で味わったことのない痛みだこれ。
本気ビンタされた事はあるがこれ人間が出せる力じゃねーぞってくらい半端ない一撃だった。
良く首の骨折れてないよなとも思う。
さり、さり、と砂地を踏む足音が聞こえる。
その足音はどこか怯えている様子が窺える。
おっかなびっくりでそろそろと近寄ってきているようだ。
そりゃ当然か、出会い頭におっぱい揉まれれば当然だし、痴漢現行犯で塀の中暮らしか。
さようなら俺の平々凡々の生活。
「あの……平気……ですか?」
砂地にうつ伏せで寝っ転がってる俺の頭上から、潮の匂いに混じってふんわりと甘い香りと、耳に優しい穏やかな声が届く。
聞いていて、荒んだ心が癒されていく錯覚に陥るような、柔らかい声音。
妙なとっかかりを覚える。
どこかで聞いた事のある声と、懐かしい香り。
でも、俺の使用しない記憶からはどれも検索に引っかからなかった。
全く身に覚えのない土地で、俺を心配するようにように覗き込んでくる―――この西洋人形のような銀髪の少女は、一体何者なのだろうか?
異質なものを見ている筈なのに、不思議と恐怖はない。
「あなたは……人……なのですか?」
少女の薄い唇から面白い言葉が出てきた。
そこまで酷い顔面ではないと思うぞ。
え、人かも判別出来ないほど酷いの俺の顔。
「―――あ」
声を出そうとすると、声が出なかった。
基本喋らないし、人嫌いが災いして声まで出なくなるとは。
なんとか喋ろうともぞもぞ蠢いてると、銀髪の少女は宝石みたいに綺麗な赤色の目を忙しなく動かし、まごまごともたついていた。
何これ可愛い。と言うかこの状況作ったの君だぞ。
元凶は俺か。すんません。
「あ、あの、ごめんなさい。いきなり襲われたからマテリアルかと思って、つい……」
襲ったつもりはないんだが。いや、襲ってるよねあれ。
返事が出来ない俺を余所に、少女は次々と話し始める。
俺はぬいぐるみじゃないぞ。
生きた人間だ。
クズだけどな。
「私はあなたを待っていたのかもしれません」
不思議な事を言う。
名前も顔も知らない、正真正銘初対面の俺を待ってたって、この子不思議ちゃんなのかな?
あれ、なんか地雷くさい。
髪も目も服装もなんかコスプレっぽいし、設定とか作っちゃってるのかな。
俺もアニメとか見るが実物でこう言われると本気で引くな。
逃げたいけど力入んない。どうしよう俺ピンチ。
「初めまして。そしてようこそ。人類最後の希望の地、ミッドガルズへ」
ぺこりと丁寧にお辞儀する少女。
倒れたままの俺はそれを目だけで見上げ、内心大爆笑していた。
見慣れない土地。
灰色の空。
赤色の海。
荒れ果てた荒野。
全てが悪い冗談だと思っていた。
だっておかしいだろ? 目覚めたら異世界とかなんの冗談だよ。
とうとう狂ったかと自嘲さえも溢れる。
だが仮に、ここが俺の知ってる日本ではないとすれば―――俺はなぜ生きている?
「……くくっ」
あれだけ出なかった声が喉から滑り出る。
だが俺はこれが現実なのだと思い知る。
知らなかったほうが良かったかもしれない。
あのまま死んでいれば良かったのかもしれない。
分かってるんだよ。
自分が何もないクズだってことは。




