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附 余白(榊原真守)
黒岩貞雄は、昭和十二年の冬に王子の借家で死んだ。枕元には乾物屋の帳簿と、一枚の写真があったと、記念館の解説板にある。鵜飼武雄の手帳は、孫の手で同じ記念館へ寄贈された。
私は新しい展示室で、それらを一つずつ読んだ。
ガラスの向こうに、征一の傾いた印の拡大写真と、黒岩の傾いた署名と、鵜飼の手帳の一番上の一行が、並んで置かれている。
私は黒岩を許してはいない。鵜飼も許してはいない。許す立場でもない。あの夜、火の中に残ったのは、この私だ。
ただ、上官の勘定にも、曹長の勘定にも、余白はあった。
黒岩は、それを埋めるのに七年かかった。
鵜飼は、四十九年かけて、その下に書き続けた。
私は、百年かかった。
(附 了)




