翠と橙(みどりとゆず) vol.091 握手をする女性、田島川美耶子。
「お会い出来て光栄です、田島川社長、田島川専務。」
そう言いながら女性の方に右手を差し出す千慧。
快くその手に左手を出し、握手をする女性、田島川美耶子。
「株式会社フレバー『flavor』」代表取締役社長である。
仙台に拠点を持つ総合商社田島川、
その田島川グループの傘下となるファッション系の通販サイトである。
社員数は凡そ100名。前年度の売上高、230億。
今や東北に、「フレバーあり。」と謳われている。
その「株式会社フレバー『flavor』」
その前身は、「MIYAKO」大よそ20数年前に産声を上げた通販サイト。
実はこの田島川美耶子、子供の頃から大学時代までは全くの童顔。
けれども勉強は出来た…方。
男性にモテることもなく、友達もなく、ただ、ひたすらの大学と寮の行ったり来たり。
ただ、子供の頃から洋裁が好きで、いろいろと自分で洋服を作って、着用していた。
そんな折、携帯電話で撮影した画像をインターネットに載せて自分の洋服を紹介したところ、
数時間後に、「どこで売ってるの…???教えてください。」のコメントが急増。
何がなんだか分からない美耶子、その時、子供の頃から大きいお兄ちゃんみたいに懐いていた、
10歳年上の神蔵崎博陽に、「かぐ兄ちゃん、助けて。」
その結果、ひとつの会社を立ち上げることになったのだった。
大学寮からアパートに。友達のいない美耶子に、博陽が知り合いの女性に連絡を取り、
美耶子ひとりから5人。そして、10人。
商品は次から次へと売り切れ状態が続き、問い合わせが殺到。
遂に2か月後には、ビルのワンフロアを所有する事になっていた。
そして、たまたまこういう事も美耶子には好機だった。
本格的にファッションに乗り出す時期が、大学卒業と同時だった。
更に好機は続いた。確かに水面下で総合商社田島川が動いていた事もあるのだが、
同じビルの所有者だった、別会社が、拠点を他の地域に移すと言う事で、契約解除したのだった。
実質、今後の美耶子の事業として、伸び率は明らかだった。
ただ、場所も足りなければ、人手も足りなかった。
遂にはそのビルの所有者となり、社員も20人、30人と増え続け。
美耶子、大学卒業後10年で、事業は仙台でも、有名企業の仲間入りとなっていた。
その頃、自分の右腕として決して自分の前には出ない影の立役者としての博陽と結婚。
つまりは総合商社田島川から美耶子の事業に専念という事になったのだった。
既にその頃の売り上げは年商100億円に達していた。
何故、美耶子がこれだけの偉業ができたかと言えば、
美耶子大学卒業後から、ある社員から、こう言われている。
「社長がモデルになればいいのに。」
この一声が美耶子のこれからを決めたのだった。
童顔ではあったものの、身長は168㎝、体重52㎏、スリーサイズとしても申し分なし。
事業に躍起出している博陽も、「それだ!!!」
その後、20代からモデル、そして通販サイトの社長の二束のわらじを履くことになる。
その結果、美耶子の事業は成長し続けたのだった。
大凡40までモデルを務めて現役引退。それでも尚、現在51歳ではあるが、
業績は揺るぎを知らない。
そんな女性を今、千慧、薫郎、そして橙は目にしている。




