翠と橙(みどりとゆず) vol.105 鼻をハンカチで押さえる翠、「ごめんね、こんな話して…。」
巽の顔をみて翠、
「病院に運ばれたんだけど…。」
一瞬、
「ぐっ。」
「もう…、駄目だったんだって。…私…意識なくって…。目が覚めて、お母さんに言われた。亡くなったって。」
そして、バッグからハンカチを出して…。
なぜかしら、その事を聞いて、巽も目を赤く。
鼻をハンカチで押さえる翠、
「ごめんね、こんな話して…。」
そして巽を見て、
「へっ…???」
巽、目を赤くして、鼻を右に左に、ふがふがと…。
翠、
「え…???へ…???…なんで…遊馬…君。目…真っ赤。」
巽、その声に応える事が出来ずに、数秒。そして…、
「ごめん…。」
翠、
「へっ…???」
まだハンカチで鼻を押さえて。
「なんで…遊馬君が…謝る…???」
巽、ビールを今度はグイッと。そして、
「ふ~~。」
そして、
「ごめん。逢坂さんの…、その…話…、知ってる。」
その声に翠、
「へっ…???」
「逢坂…さんが…、その後…。意識を取り戻して…。でも、お父さんが死んでしまった事に責任感じて…、そして…、お父さんのところに行かなくっちゃって、病院の屋上から飛び降りようと…。」
いきなり翠、10年前の記憶が頭の中に甦る。
翠、声が出ない。鼻をハンカチで押さえたまま、目はくっきりと巽の顔を…。
何故か、涙は出なかった。
巽、
「病院の名前は、柳瀬総合病院。」
翠、その病院名を聞いてドキン。
「僕の名前は…遊馬巽。あの頃、友達や…先生からも…、ユウマって呼ばれてた。サッカーの試合で、ゴール直前に、相手の選手とぶつかって右脚骨折。入院。病院で治療をしてもらってて、気分転換に屋上で。」
そこまで聞いて、翠、また涙が…。
「久しぶりに外の空気、吸ってて…、そんなときに、後ろからひとりの女性が…。何をするのかと思ったら、いきなり、手摺を握って、そのまま乗り越えようと…。びっくりして、おい。何やってんだ、おまえ!!!…って。」
翠、
「……。」
「一度は僕の前に、跪いたけど、また…。手摺に…。だから僕、今度は強引にその子の着ているもの、がっしりと掴んで引っ張ったんだ。そしていきなり手摺から手が離れて…、今度は車椅子乗ってる僕に倒れてきた。」
いきなり鼓動が高鳴る翠。そして、小さな声で…、
「ユウマ…。」
巽、何かしら悲しそうな…。けれども少し安心したような顔でも…。
そして、一言、
「みど…。」
翠、いきなりバッグから財布を出して、テーブルの上に、千円札を2枚。
「ごめん。私…帰る。」
すかさず椅子から立ち上がり、駆け足で。
巽、
「みど!!!みど!!!」
翠、カウンターに、僅かに顔を向けたままで、
「ごちそうさまでした。」
とポツリ。そしてドアを開けて、外に…。
駆け足で店を出た翠。どこに向かって走っていたのかは…分からなかった。
けれども何故か夢中で…。そして、いつの間にか、立ち止まり、歩いていた。
頭の中は…、巽の顔…。
そして、
「ユウマ…。」
10年前の記憶が頭から離れなかった。
「なんで…、今頃…。」
いきなり走ったせいで、少し脚がふらついて…。
木を囲んだように作られたベンチ。自然に足が進み、腰掛けて…。
完璧に思い出していた。
「ユウマ…、だったんだ~~。」
左右に走り去る車。
数分…。目の前に、慌てているような人の姿…。




