07 世界の歪みと万能魔法の真実
戦場から戻った私は、鏡に映る額の禍々しい刻印を見つめ、小さくため息をついた。そして、万能魔法で人工皮膚を生成し、それを刻印の上に貼って隠す。
アイオス殿下に頼まれて魔法少女に変身し、魔族たちと――まあ、楽しいひと時を過ごしたのは良かったが、まさか、他にも逃げずに魔族と戦っていた者がいたなんて、考えも及ばず、しかも、その人物が、よりにもよって同級生の大神官ジーク君だとは、夢にも思わなかった。
……勉強熱心で真面目なジーク君は、とても優秀で、本来なら主席で卒業し、いずれは教皇にすらなれるほどの逸材だった。しかし、私という規格外の化け物のせいで、その優秀さもすっかり影を潜め、何をしても二番どまりの、ちょっと可哀想なモブキャラと化した。
だが、そんなモブなジーク君は、腐ることなく真面目に毎回戦争に出ては、地味ながらも着実に功績を上げ、ついには大神官にまで登り詰めた。今回の戦争でも、その勤勉な態度が評価され、教会から特別な任務を任されていた。
それは、教会が保管している聖遺物「創造主の神判」を託され、万が一魔女が現れた場合には、これを使って拘束せよ、というものだった。
この聖遺物「創造主の神判」は、名前こそ仰々しいが、実際のところは捕縛に特化した魔道具に過ぎない。対象に向けて発動すると、一時的に付与されている魔法を解除し、新たな魔法の発動も封じたうえで拘束を試みる。さらに、もし捕縛に失敗した場合でも追跡できるよう、対象にマーキングを施すという……いわば、前世でいうところの『防犯カラーボール』のような代物だ。
私がデスナイトたちを薙ぎ倒し、その亡骸を山のように積み上げ、拳に〈反魔族粒子〉を纏わせて、不死身のドラキュラが「一思いに殺してくれ」と懇願するほどタコ殴りにして高笑いを上げていた……まさにその時、恐怖に震えるジーク君が、いきなり現れて、両手に持った聖遺物「創造主の神判」を発動したのだった。
ジーク君は、ありったけの魔力を込めて「創造主の神判」を発動し、私に付与された魔法を解除しようとした。……が、聖女の中でも歴代屈指の魔力量を誇るこの私に、そんな半端な魔力が通用するはずもなく、あっさり弾き返された。
それでも真面目なジーク君は、「命がなくなっても任務だけは全うする!」なんて、ブラック企業の社長が喜びそうなセリフを叫びながら、残り少ない魔力をかき集めて、私に烙印を押そうとしてきた。
私は、そんな必死なジーク君の姿を見て、「くだらないことに命を賭けるな」と毒づくと同時に、前世で真面目に働いていた自分の姿が重なって見え、つい「一発ぶん殴って気絶させてやろう」と思って、ドラキュラから視線を外してしまう。
その隙を見逃さず、ドラキュラは蝙蝠の姿に変身して逃走を図った。私は思わずジーク君のことを忘れて反射的に蝙蝠を掴まえた――その瞬間、今度はジーク君の攻撃が直撃し、「創造主の神判」から放たれた謎の光線をまともに受けてしまった。
光を浴びた私はすぐに変身が解除されていないか確認したが、問題はなかった。そして、ジーク君を見ると、すでに魔力の枯渇で意識を失っており、もうこれ以上、私の邪魔をする者はいない。そう確信すると、私は右手に掴んだままの蝙蝠を天に突き上げ、必殺技を叫んだ。
「ブラックサンダー!!!!」
私の声が戦場に響いた刹那、上空から真っ黒な雷が、蝙蝠を掴む右手めがけて落ちてくる。大量の反魔族粒子を含んだその雷は、手の中の蝙蝠を一瞬で焼き尽くし、やがて、私の右手には、黒く輝く高純度の魔核が収まっていた。
◆
俺は、相変わらず規格外の強さで魔族たちを蹂躙するセーラを眺めていた。そのとき、教会から派遣された大神官が、魔王ドラキュラを一方的に殴りつけているセーラの背後へと近づいていくのに気づいた。
セーラは、デスナイトの死体の山の上で、泣きながら許しを請うドラキュラに「謝るくらいなら攻め込んでくるな」と平手打ちをしながら正論をぶつけ、嘲笑っている。その姿を見た俺は、思わず「どっちが魔王か分からんな……」と素直な感想を漏らしつつ、セーラに背後の接近者を伝えようと口を開いた。
だが、その前に大神官は鞄から古びた本のような魔道具を取り出し、セーラに向かって高く掲げた。次の瞬間、眩い光がセーラめがけて放たれるが、彼女は瞬時に高濃度の魔力を身にまとい、それを弾き返す。
あの大神官も、魔族討伐の戦争に派遣されるくらいだから相当の実力者だろう。だが、セーラの規格外の魔力量の前では無力だったようで、かなりの魔力を込めて発動したにもかかわらず、まったく効果はなかったようだ。
教会が用意した魔女討伐用の魔道具――その正体や能力の詳細は分からないが、少なくともセーラには通じなかった。それでもなお任務を全うしようとする大神官は、残る魔力のすべてを注ぎ込み、再び魔道具を発動しようとした。
……だが、その瞬間、ドラキュラが蝙蝠に変身し、逃走を図る。セーラの意識が完全にドラキュラへと向いたその隙を突いて、大神官は再び魔道具を発動、光を放った。ドラキュラを捕まえ、油断していたセーラは、その光をまともに浴びてしまうが、特に異常もなく、平然としていた。
やがて魔力をすべて使い果たした大神官は意識を失い、その場に倒れ込む。セーラは彼に一瞥をくれると、これ以上余計な手出しはないと判断し、蝙蝠を掴んだ右手を天に突き上げる。
すると、漆黒の稲妻が彼女の手に落ちる。だが不思議なことに、その稲妻はセーラ本人にはダメージを与えず、蝙蝠だけを焼き尽くし、掴んだ右手からは黒い煙が立ち上る。
ドラキュラを討伐したセーラは、漆黒の魔核をマジックバッグに放り込むと、魔力枯渇で気絶している大神官を蹴り飛ばして脇へどかし、俺のもとへやってきた。そして、「これで約束は果たしました。次は私のお願いを聞いてください」と詰め寄り、顔を近づけてくる。その額には、見覚えのない紋章が浮かび上がっていた。
「おい、セーラ。お前、本当に大丈夫なのか?」
「……何を言ってるんですか、アイオス殿下? 見ての通り元気ですよ、魔力は少ししかありませんが」
セーラの様子を見る限り、今のところ異常はない……俺は少し安心しつつ、剣を抜いて刃を鏡代わりにし、彼女の額を映して見せる。
「……なんですか、この変な模様は……」
「さっき、魔道具から放たれた光を浴びた時に現れたみたいだ。…………何も感じなかったのか?」
「……はい。特に異常は感じませんでしたので。てっきり、そこのジーク君の魔力が足りなくて、魔道具が不完全に発動したのだと……でも、ちゃんと発動してたんですね」
額の紋章を見つめながら、セーラは大神官の魔道具によるものだと推測し、頷くと清浄魔法を発動した。彼女が額に手を当てると、手の隙間から淡い青い光が漏れ、やがて消えていく。
魔法が終わり、手を離したセーラは再び俺の剣を覗き込んだが、紋章はまったく消えていなかった。色褪せることもなく、はっきりと浮かび上がる紋章を見て舌打ちしたセーラは、俺の腰の短剣を指さす。
「……アイオス殿下、それ、貸してもらえますか?」
「拒否する」
「は? なんでですか、そんなに大事な物なんですか?」
「いや、何となくだが、嫌な予感がするだけだ」
俺の言葉に、セーラは半目で睨んでため息をつき、「それなら仕方ないですね」と呟くと、右手に魔力を集中させた。魔力が集まり輝き始めた右手を、彼女は迷いなく額に当て、そのまま横に振り抜くと、額から鮮血が溢れ出す。
「ばっ、バカ! 何をしてるんだ!」
額から大量の血を流すセーラを慌てて治療しようと詰め寄った俺を、彼女は手で制して止めると、右手に持った皮膚片をじっと見つめると、そこには、紋章が刻まれていた。それを魔法で燃やし、続けて再び額に手を当て、治癒魔法を発動する。
「慈愛聖光 (ヒール)」
祈るように唱えたその言葉とともに、右手から橙色の癒しの光が溢れ出す。その暖かな光はセーラの額を優しく包み込み、傷口は瞬く間に塞がっていく。完全に治癒したことを確認したセーラは、再び俺の剣で額を確認しようとするが、血まみれの顔を見て眉をひそめ、清浄魔法で全身を綺麗にする。
そして、三度、額を確認すると、そこにはまだ紋章がはっきりと残っていた。セーラは何か特別な力で刻まれたものだと察し、地面に倒れている大神官の男を睨む。
「本当に厄介なことをしてくれましたね、ジーク君は……」
「おい、どうするんだ? このまま軍に戻ったら、お前が魔女だってバレるぞ」
「……そうですね。まぁ、隠すだけなら、どうとでもなりますけど」
俺の問いに安心してほしいと言ったセーラは、見たことのない魔法を発動し、半透明の布のようなものを作り出して額に貼りつける。すると、紋章は完全に隠れ、いつもの透き通るような白い肌に戻った。
「……どうですか? 額の紋章は、消えましたか?」
「ああ、何も見えないな。……一体、どういうことだ?」
紋章が消えた額を見つめながら、「最初からそれ使えよ……」と愚痴る俺に、セーラはつまらなそうな顔で返す。
「……消したんじゃなくて、隠したんですよ。魔法で、皮膚の擬態を作って」
そう言って、俺の批判を受け流し額に手を当てると、ぺりっと皮膚のようなものが剥がれ、紋章が姿を現す。それを見た俺は納得し、「なら問題ないな」と頷き、軍隊への合流を宣言すると、セーラの手を取って、その場を後にした。




