運動大会-当日-4
――勉強と修行の旅のころ、親父どのに「できるようになれ」とめずらしく特訓された技がある。じつに単純な、魔力で壁を作るだけの技だ。ただし、呪文も動作もいっさいなし、いかなる影響もはねつけるだけの堅固さで、ひと呼吸で形成させなければならない。
目的は危険なこと、例えば魔物や妖魔、悪漢から逃げるため。壁で相手を足止めして、そのすきに逃げるのだ。
徹底した防御、そして逃げること。親父どのの教えである。
竜巻はどんどん近づいてくる。大きさを確認したいが、風が強くて顔があげられない。
えぇい、とにかくでかけりゃいいだろ! 逃げ場のない魔法階段がいちばん危険なのだ。ここさえ防御できれば、被害は小さいはず!
うずくまったまま、壁を作った。自分の魔力だけでなく、周辺のエーテルにも加わってもらった。風のエーテルを多少含む分、竜巻の威力を吸収できるはずだ。
バァン!
竜巻が当たるが、壁は微動だにせず、ヒビも入らなかった。よし!
風がさえぎられたので腕をおろして竜巻を見ると、形がバラバラとほどけていく。
ん? ほどける? 風の威力が弱まって竜巻が小さくなるのだと思っていたのだが、なんかヘンだな……
あ、そうか魔術か! そう気づいて観察すると、エーテル密度が中途半端だ。
やがて竜巻はふっつりと消滅した。風のうなる音もなくなり、静かになる。
お、もうだいじょうぶか? 安全になったようなので壁も消す。
「あービックリしたー」
ちょっと気がぬけて、足場にすわりこんだ。
「なにのんきなコメントしてるんだ、おまえは。ケガはないのか? ……ないからのんきなのか」
一位の上級生が戻ってきていた。ようすを見に来てくれたらしい。
「おーい、だいじょうぶかー! ケガはないか!」
遠くからの声に下を見おろすと、わらわらと係員たちが走りよってきていた。上級生が返事をする。
「こっちはぶじだ! それより今の魔術だろう!? 犯人は!」
「今サムウェル先生に痕跡を見てもらってる!」
『えー皆さん、安全確認をしますので、その場を動かないでください。学生会の指示に従うようお願いします』
ややあって、生徒が一人拘束された。あの位置は、第四種目の出場者だ。
「あいつは……魔術科の」
「知り合い」
「うーん……まぁ、そう言えるかな。成績上位者だから顔と名前は知っている」
「なるほど、成績がいいだけのやつか」
「おまえな……」
大会の最終盤に魔法をくりだすのだ、アタマがいいとは思えないね。
しかし運動大会はどうなるんだ。わたしたちのミスケーレは?
レース続行の意思を問われたので、もちろん続行を希望した。
そわそわと心配しながら待っていると、レース再開のアナウンスがながれた。出場者ほぼ全員が希望したこと、待機中に移動せず順位の確認が容易であったからだそうだ。
「おっ、じゃあ俺は戻るな」
戻っていく上級生の軽快な動きを見るに、この下りで距離をちぢめるのはむずかしそうだ。最後の徒競走の距離は五十メートルもない。ちらりと後ろに目をやると、三位がけっこう近い。
入賞できればミスケーレに手は届くが、この順位で満足して終わりはおもしろくない。これは、攻めの姿勢で突っ走るしかないな!
『では選手の皆さん、レディ――スタート!』
一段が高いだけの普通の階段のつもりで、次々ととびおりていく。少しずつ前方との距離がちぢまる。
『おぉっ、三位文武科三年二組、下りが早い! 文武科二年二組、同じく二年一組が続きます! 一年生も負けていません、次々と後半戦に突入だ!』
うわマジか。ぬかれるわけにはいかん!
「がんばれリツーッ!」
「行け、走れーッ!」
クラスメイトの声援がやけにはっきり聞こえる。
足場をおりきった。あとは直線を走りきるのみ。悔しいかな、もう一位には届かない。だが、二位はゆずらん!
背後の足音が早い。近い――まずい、並ばれた!
負けるかッ!
歯を食いしばって、夢中で手足を動かす。ぬかされるもんか!
「――ゴォールッ!」
…………ま、まにあったか……? ゴール、わたしのが先だったよな……?
近くにいるのが、今競りあっていた生徒だろう。前半の上りで追いぬいたときは気づかなかったが、背が高くてたくましい。わたしほど息が切れていない気がする。最後、よくぬかされずにすんだな。
ぜぇはぁ呼吸をととのえながら、判定を待つ。心臓の音が大きい。
『ただいまのレース、一位文武科三年一組、二位錬金術科一年、三位文武科三年二組、四位文武科二年二組、五位文武科二年一組……となりました!』
……ってことは、だ。わたしたち、総合順位二位で決定だ。入賞だ!
「やったぁあああ!」
上級生が五位までを占めるなかでの二位である。グラウンドと観覧席とで、わたしたち錬金術科一年はおおいに跳びはねて喜んだのであった。
「……あめでとう」
三位の上級生がわたしのほうをむいて言った。悔しそうである。
「上りで先に行かれたけど、体格差で最後は勝てると思ったんだけどな。おまえ、足早いな」
「気合いで走った」
前三人のがんばりがあったし、ミスケーレを待っているクラスメイトもいるからな。
「一年の、しかも錬金術科に負けるとは思わなかった。このレースだけでなく、あの玉入れってやつでもな」
「おぉ、それは同感」一位の上級生がわりこんできた。「あれは完全に負けたな。それも作戦負け。武芸専攻の身にはあっちのほうが悔しいな」
「そう、それもある。ああいうチームプレーを思いつかなかったぶん、完敗だ」
「どうも。みんなで考えたかいがあったよ」
運動は苦手だイヤだと言いながら、まったくはじめての競技について考えられる。まじめでノリのいいクラスメイトたちを自慢する。
一位の上級生がぼそりとつぶやいた。
「……アイツの狙い、こいつだったんだろうな……」
「……あぁ、竜巻の犯人か。その可能性は高いな」
「あれの犯人確定したのか? てかなんでわたしが狙われる」
眉間にしわをよせたわたしに、一位の上級生は言いづらそうに告げた。
「おそらく思想のせいだ」
「はァ?」
「アイツ、ヒューノス至上主義なんだ。それと錬金術を下に見てる。その一年が大活躍しててムカついたんだろう」
っかー! 人種差別かい! うわさには聞いていたが、存在するんだな。それに錬金術を見下してる、だとう? 常日頃せわになっていないとは言わせんぞ、ど阿呆野郎。
「小物らしく、でかい代償払うといいわ!」
はん、と鼻で笑ってやった。
後日、竜巻事件の犯人は当日拘束された生徒――最終レース第四種目に出場していた魔術科の三年だと知らされた。動機と狙いは上級生たちの予想どおりだった。
処分は三日間の謹慎。これは処分のなかではうしろから数えたほうが早いほど重いそうだ。ちなみに事件を起こしたせいで、魔術科の三年は記録なし、という結果になった。クラスでも居場所をなくしそうだな。
さてその夜、食堂で供された例のミスケーレ。級長はもちろんバルフォア、そしてはじめて食べるクラスメイトたちは、その味わいに感動していた。将来の夢でもある級長は目つきがヤバいくらいである。
そんななか、わたしは、食べたことあるな……と気づいてしまった。寝たきりだったころ、親父どのが食べさせてくれた栄養価の高いくだもの。まさにアレだ。あっちのほうがはるかに大きかったし、味も濃かった。おそらく原種……魔物から採取していたのだろう。級長の解説によると、原種の魔物はそれなりに手ごわく、入手は容易ではないようだが、ドラゴンたる親父どのにしてみれば造作もない相手だ。
「くぅ……っ、また味わえた……目標のこれを……! ありがとうアンネールさん! みんな!」
「級長が熱心に言ってくれなきゃ味わえなかったんだから、お互いさまよ。ね、リツ」
「うん。いやぁ食欲の力は偉大だァ」
ぜったいに黙っていよう。
一人称での運動シーンはむずかしすぎる……




