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人形劇は夜にうごめく03

 様々なことを矢継ぎ早に言われて、考えがまとまらなかった。

 怒りにまみれた彼女の顔をしばらく見つめ、恐る恐る機嫌をうかがいながらぽつりと呟く。


「何を?『魔術師』?それは、もうずいぶん昔に……」

「そうね。でも『魔術師』になれる方法はあるのよ!わたしはその第一号なの!正義の味方なんだから!」

「なれる方法?正義の味方?リリアン女史、貴女いったい何を言って……」


 戸惑い、ためらい、震える声で訊ねれば、と彼女の瞳がぎろりとヒオリを睨む。


「とにかく、貴女はニールさんから離れて!貴女もヴェロニカさんと一緒に、罰をくだしてやるんだから!!」


 空気が震えるほど甲高い声を、顔を歪めたリリアンが発した瞬間だった。

 ずるりと何かが這いずる音がして、ぎょっとそちらに顔を向け……吐き気を催すような香りに顔を歪める。


 いつの間にか温室の扉を取り囲むように、例の植物がびっしりと生えたいた。

 蔦が扉を押し開け伸びて来た、わけではない。認識証がないゲートはぴったりと閉じている。だが蔦は壁から、床から、天井から突き抜けるようにこちらに伸びてきている。


 しかもその蔦の先端にある林檎のような果実はどんどん膨れていき、やがて熟れ切ったのかぱくりと割れた。

 ねろり、と粘り気のある果汁が床に落ちる。その僅かな後に、果実の中から粘液とともにどちゃりと大きなものが落下した。


 研究室の電灯に照らされてわかったその正体に、「ひっ」と小さく悲鳴を漏らして目を見開く。

 それは植物の種、ではなく、何と体長20㎝ほどの人形であった。


「これ、は……!」


 警戒して思わず立ち上がってしまったのは、ヒオリにとって幸運だった。

 刹那、人形はこちら目掛け飛びかかるように襲い掛かってきたのだ。危機感は最大限に達し、その場でさらに後ろに跳ねるように、ヒオリは逃げ出した。


「っ……!」

「待ちなさい!追って!皆、追うのよ!!悪者を追い詰めないと!!」

 

 背後からリリアン女史の金切り声、そして再びどちゃ、どちゃりと何かが落下する気色の悪い音が聞こえた。

 まだ人形は増え続けているのだ。肝が冷えるような思いがした。


 認識証を取り出してアロマ研究室の扉を開けて退出すると、急いで閉める。

 リリアンも認識証を持っているはずだから、これも一時しのぎにしかならない。


 人気のない、暗い廊下をヒオリは全力で走り、何か助けになりそうなものを探してあたりを見回した。


「誰か!誰かいないの!?ねえっ!」


 助けを求めて声を出すが、悲痛な叫びに誰かが反応することはない。

 時間が時間ゆえに研究員は帰宅しているとわかっている。しかしそれでも、残っていた誰かが気付いてくれる可能性にかけて声を出し続ける。


 追ってくる気配を振り切るように、誰かを探しながら走り走り……しかしふと、ヒオリは妙なことに気が付いた。


(この廊下、こんなに長かったかしら?)


 本棟と研究棟を繋ぐ、通いなれた渡り廊下のはずである。随分長いこと走っているような気がするが、曲がり角どころか突き当たりにも到着しない。

 無機質な研究所の通路が闇の奥深くまでずっと続いている。


 走れど走れど見えない先に、嫌な感覚がどんどん大きくなる。が、とても止まる勇気は湧き起らない。

 不安を抱え、やがて運動不足の体が息も絶え絶えになったころ、ようやく目の前にドアらしきものが見えて来た。


「あ……」


 訪れた変化に思わずほっとした。───のは束の間であった。

 現れたドアは、研究所の魔法認証ゲートではない。

 映画館や劇場に設置されているような重厚なそれには、『STAFF ONLY』と見覚えのあるプレートがかけてあった。


 ヒオリの心の中に冷たい絶望と焦りが入り込み、呆然とその場で立ち止まる。


「なんで?こ、れは、夢……?いえ、いったいいつの間に、私は寝て……?」


 ドアノブに手をかけることも出来ず呟くヒオリの背後で、ねちゃり、と粘り気のある足音のようなものが聞こえる。

 しかも一つではない。複数だ。あの人形たちが自分を追いかけてきたのだ。


 もはや戸惑うことすら恐ろしく、意を決したヒオリはスタッフルームの扉を開けて中に飛び込んだ。

 しかしそこは昨晩見た夢の場所とは違っていた。目の前には再び長い廊下が現れ、ぐっと顔が歪む。


 床には真っ赤な絨毯が敷かれており、研究所とは違う華美な装飾が施された壁が奥まで続いている。

 間違いなくそこは、夢で見た劇場の廊下だった。


「やっぱり夢なの!?これは魔法!?私は何処にいるのよ!?」


 もはや冷静さをかなぐり捨てて、ヒオリは叫び、走り続ける。

 不気味な気配が背後の扉を開ける、ガチャリと言う音がした。同時に何か粘性のものが床を汚す音も聞こえる。

 振り返ることも出来なかった。

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