表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

39/69

人形劇は夜にうごめく02

 研究室にいる全員の視線が、悲鳴を上げた男に集まる。

 何が起こったのかとヒオリも彼を凝視したが、男はずっとがたがた震えっぱなしで呆然と前を見つめるのみ。


 一同に動揺と緊張が広がる中、ハオラン室長が訝し気に近寄った。


「何だ?どうしたのかね?」

「あ、あれ……!人影が……!!」


 室長が傍らに屈み顔をのぞき込むように問いかけると、青年は怯えたまま目の前を指さした。

 彼の指先を追って、皆が視線を温室へ続く扉に転じる。しっかり閉じられていた扉だが……中央にはめ込まれた霞ガラスの向こうで影が動き、誰かが「あ」と声を上げた。


 その影はひらひらと移動する小さな手のひらだった。誰かが手を振るような動きを、扉の向こうでしているようにも見える。

 皆が注目している中、影はちょこちょこと扉の周りを歩き回っている。研究室の中に入りたいのか。


 まだ温室に誰か残っていたのかと皆思いかけたが、どうも様子がおかしい。

 霞ガラス越しに映るその影は体長がおおよそ20cmほどしかなく、手のひらは子供にしても小さいのだ。


 もっともこんなところに子供などいるはずがないと理解した研究員たちは、驚き戸惑い呆然と扉を見つめた。


「あれは、一体、何なの?」

「人形劇だ」


 ヒオリのあ然とした台詞に被せるように、メルが言った。

 しかしその言葉の意味がわからず、「何の話?」と彼女を振り返る、が、どうも様子がおかしい。


 同僚はぼんやりと温室の扉を見つめ、ぽかんと口を半開きにしている。

 この異常事態に見せるにはあまりにも危機感の無い彼女の表情に、ヒオリは嫌な予感をかきたてられ詰め寄るように問いかけた。


「メル?どうしたの?人形劇って、いったい何が……?」

「人形劇だ」

「踊らなくちゃ」


 しかし己の声は周りから聞こえた虚ろなそれにかき消される。

 ぎょっとヒオリはあたりを見回す。

 いつの間にか周囲の研究者たちも、ぼんやりとした表情でただ前を見つめており、口々に何かを呟いていた。


「皆?ハオラン室長?」


 一縷の望みをかけて室長に目を向けるが、希望は儚く打ち砕かれる。

 初老の室長も他の研究員たちと同様に、「踊らなくては」「人形劇に」とぽつぽつと不気味に呟いていた。


「ちょっとっ、メル!室長!しっかりして!!何があったの!!」


 言いながらヒオリはメルの肩を掴み、乱暴とも思える強さで揺さぶる。

 からんと音をたてて彼女の眼鏡が滑り落ちたが、それを気にすることも無く……それどころか同僚の目はいつの間にか眠たそうに閉じかけていた。


「メル!?」

「おどらな、きゃ……おどりに、」


 呼びかけも虚しく、それだけ言って同僚のまぶたは閉じ、体は床に崩れ落ちた。

 よもやと顔を青くして首筋に指をあてたが、脈は正常。すうすうと彼女は穏やかな寝息を立て始めた。


 ふと気づけば周りの研究員たちも皆目を閉じ、床に倒れ伏している。

 彼らもメルと同じくただ眠っているだけのようで、小さく胸が上下していた。


 取り合えず今すぐ命が失われてしまうようなことは無いらしく、ヒオリはほっと胸を撫でおろす。

 だが落ち着いてもいられない。早く誰か呼んで、皆を病院に運ばなければならない。


 白衣のポケットから携帯端末を取り出し、レスキューの番号を入力する。

 いまだ落ち着かぬ心をなだめるように呼吸をしながら、ヒオリが最後の数字を押そうとした───瞬間だった。


「貴女、私の断罪の邪魔をするつもりなの!?」

「え?」


 唐突に割り込んできた甲高い声に、ヒオリはぎょっと振り返る。

 見開いた目の先に立っていたのは、プラチナブロンドが美しい白衣の女性であった。


 普段は妖精のように儚げな表情は、激しい憤怒に彩られ般若の如く変化している。しかしその表情に面影がなくとも、独特の存在感を持つ彼女を見間違うはずはない。

 むしろ怒りの表情すら見るものの目を惹くその人は……確かにリリアン女史であった。


 どきり、と心臓が不自然なほど大きな音を立てる。

 誰かが入室してきた気配は無かった。ならば先ほどから研究所にいたのか?いや、流石に彼女がここにいれば気づくはず……。


「り、リアン女史?いつの間にここに?いえ、そんなことより……」

「私の魔法を感じて、植物が大きくなっちゃったの。これは全部貴女のたくらみなのね!」

「え?植物?もしかして、貴女が……?」

「ニールさんを騙していたし、貴女も悪人なのね!植物を取りに来たのに、上手くいかないじゃない!!」


 子供のように癇癪を起す彼女は、やはり言葉が通じない。

 今に始まったことではないが、その会話能力の無さに恐ろしさすら覚えてしまう。

 ヒオリはリリアンの様子を観察しながら、言葉を選び、戦々恐々と問いかける。


「リリアン女史?何を言っているんです?今はそんなこと言っている場合では……。皆がおかしいんです」

「皆なら平気よ!私に協力してくれるように説得しているんだから!それより貴女、どうして魔法が効いていないの?もしかして貴女も『魔術師』なの?」


 その言葉に再び心臓が大きく跳ね、ヒオリは呆然とリリアンを見つめた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ