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人形劇は夜にうごめく04

 冷たく嫌な汗が背筋を、額を伝う。


(このままじゃ追いつかれる。どこか、逃げ込める場所は無い?)


 何となく見覚えがある場所は通るものの、劇場のような見た目になっているため正確な場所はわからない。

 夢の劇場と研究所が混じり合っているのか?そう考えたが確証は無い。


 恐怖と混乱と戦いながらヒオリは走り抜け───ふと右手側に大きな扉を見つけた。

 はあはあと大きく肩で息をしながら、深く考えることもせずに扉を開けて、足をもつれさせるように部屋へと入る。

 不思議なことに扉は認識証を使わずとも開いた。


 幸運なことに、部屋の中には誰もいない。真っ暗で静かなことは不気味だが、取り合えずの危険がないことにヒオリはほっと胸を撫でおろす。


 部屋の中心には子供用らしい小さな机が置いてあり、その影に身を隠すように腰を下ろした。

 混乱する頭で、何とか身に降りかかっている事態を整理しようと努力する。


(リリアン女史、リリアン女史はいったい何をしたの?あの人形は、何なの?)


 果実の汁にまみれた不気味な人形は見覚えがある。

 あれは間違いなくリリアン女史がこの世に送り出した、子供用魔法人形だ。


(何だって言うのよ、これは!?これは本当に夢なの!?これが魔法だって言うの!?)


 魔法の知識を詰め込んだ頭が高速で回転しているが、その中から適切な解答が出てくることは無かった。

 あまりにも己の常識を超えていた。いくら優秀な魔法博士がいたとしても、この状況を打破する考えが出てくるだろうか?


 脳みそがオーバーヒートしそうなほど考え込んでいると、ふいに扉を押し開ける重い音が部屋の中に響いた。

 ヒオリの体が凍る。が、次に聞こえてきたのは、あの気色悪いねばついた足音では無い。


 ヒールの高い女性ものの靴で廊下を歩く、繊細で美しい音。

 人形が追ってきたのではないのか?そう考えたがしかし、とても姿を現す気にはなれず、息をひそめてその者が立ち去るのを待った。


 だがその人物は、己がここに隠れていたことを始めから知っていたのだろう。

 迷うことなくこちらへ歩み寄り、ひょい、とヒオリの隠れる椅子を覗き込んで来た。


 さらりと流れるような赤い髪を見たとき、心臓がぎくりと跳ねたと同時に「あ」と声が出る。

 見覚えのある美しい髪の毛……そして屈みこむように己を見つめる美しいかんばせ。それが誰だかわかったと同時に、今一度「あ」と声が出た。


「……、ヴェロニカ女史?」

「ふふふ、こんばんは、ヒオリさん。貴女やっぱりこの夢の中に入っていたのね」


 この言葉遣いと瀟洒な仕草、目の前にいるのは間違いなく魔法道具部長、ヴェロニカ女史である。


 見知った顔だ。しかし先ほどのリリアン女史のこともあって、警戒もあらわに身を後ろに下げてしまう。


 令嬢は己のその様子を逃げまどう小動物を見る目で見つめ、くすくすと微笑む。

 不気味に歪んだ夜の研究所と相まって、冷たい美貌を持つヴェロニカの微笑は凄まじい迫力だった。


「警戒しないで頂戴。この夢に私は関係ないわ。貴女と同じ、ただ巻き込まれただけよ。昨晩も会ったでしょう」


 言われ、ヒオリは昨日の夜に見た劇場の夢を思い出した。

 STAFF ONLYと記された部屋の扉を開けたとき見えた人影……もしかしてあれはヴェロニカ女史だったのか?

 その疑問を持って彼女を見上げると、全てを理解しているのか彼女は優雅に頷いた。


「困ったものね。私も数日前からこの夢のことを調べていたんですの。あの趣味の悪い劇はご覧になったかしら?」

「ヴェロニカ女史も、あれを見たんですか?」

「ええ。リリアンさんは私をああいう風に見ていると言うことよね」


 にっこり笑うヴェロニカだが、その目がまったく微笑んでいないことにヒオリは背筋を震わせる。

 しかし同時に彼女が気になることを言っていたので、訪ねるためにおずおずと口を開いた。


「あの、リリアン女史と言いましたよね。彼女がこの夢を作り出したと言うことですか?」

「あら?貴女もすでにわかっているはずでしょう。この夢の元凶、そしてあの植物の元凶は、全てリリアンさんです」


 きっぱりと言い切るヴェロニカの姿に、ヒオリは二の句が継げられなかった。

 確かに先ほど見た彼女の言動、そして植物の実らしきものから生まれ出た人形……リリアン女史がこの件に関与している可能性は濃厚である。


 だが今起きている夢とも現実ともつかない現象は何なのか?

 何故彼女はこのような力を手に入れるに至ったのか?


 再び巡り始めた疑問に頭を悩ませると、頭上でくすりとヴェロニカが微笑む。

 彼女の方を見上げると、その表情は先ほどよりずっと優雅な笑みに彩られていた。


「ねえ、ヒオリさん。少々手伝ってもらえる?リリアンさんの秘密を暴きに行きましょう」


 そう言ってこちらに手を差し出す彼女は、まるでおとぎ話の女帝の如く堂々として艶やかだった。

 しかしその目は冷たく細まっており、ヒオリには誘惑する蛇のようだと感じた。

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