魔法博士ヒオリは夢を見る13
ヒオリはしばらくニールの顔を見つめ、考えた。
彼の厚意にはありがたいと思うべきなのかもしれないが、この男は胡散臭くいまいち信用に値しない。
断りたいと言う気持ちが先行するが、何と言っていいものか頭が痛くなりそうである。
いつの間にか睨むような形でニールを見ていたヒオリは、警戒心をむき出しにして告げた。
「手伝ってくれるなら容赦しませんよ。とことん雑用係として使わせて貰います。先に断っておきますが、私は人使いが荒いですよ」
「もちろん構いません。よろしくお願いします」
これにも彼は戸惑うことなく笑顔で頷く。
己を侮っているのか、体力に自信があるのか、雑用が好きなのか。
……それとも他にヒオリについていなければならない理由があるのか。
しばし彼と視線を交わし合い、やがてぽりぽりと頬をかいたヒオリはため息をついた。
「わかりました。明日からお願いしてもいいですか?ちょっと気になることがあるんです」
観念したヒオリの前で、ニールは「ありがとうございます」と笑みを深めた。
晴れ晴れとしたその顔が何となく腹立たしく、ふうと深く吐息を漏らして視線を逸らす。
外野から「おお、ヒオリくんを圧倒したぞ」「逸材ですねぇ」とひそひそ話す声が聞こえてきて、さらに腹が立った。
◆
午後の業務は大方件の植物の対処をどうするかの話し合いとなり、他の部門の責任者なども出てきて潰れた。
終業のチャイムが研究所内に鳴り響き一同が解散したあと、特に残業のないヒオリはまだ調べものをしたいというメルを残し帰路につく。
今日の夕飯は何にしようかとつらつら考えながら廊下を歩いていると、ふと曲がり角に立つスーツ姿の男を見つけた。
あの人は先ほど研究室で別れたはずだが……と、思わず眉を跳ね上げ口を曲げる。
「ニールさん。調査は明日からの予定ですよ」
「ヒオリ殿を待っていたんですよ。もう少しお話をしたくなりましてね、一緒に帰りませんか?」
歩み寄ってきてにっこりと微笑む胡散臭い青年を、ヒオリはちらりと睨み上げて通り過ぎた。
鋭い己の眼差しの上に冷たい態度の己をしかし、ニールは気にした様子もなく隣について歩きはじめる。
ともに帰ることなど了承していないのだが。とため息をつく。
しかしこの男に執着されるような理由が、何処かにあっただろうか?
魔法アロマに興味があると言うだけで、ここまで執着されるなどありえない。
もしや昨日ヒオリが見た夢を彼もまた見ていて、己にその真相を訪ねたいと思っているのだろうか?
その可能性もあるのなら、やはりこちらからから切り込むべきか……。
色々と考えあぐねて言葉を選び、なるべく世間話になるように自然に切り込もうとした。が。
「ニールさん、私たち……先日どこかで会いましたか?」
言い放って───失敗した。馬鹿かと思った。
これでは夢見がちな学生の台詞のようではないか。先ほどのリリアン女史の誘い文句を全く笑えない。
下手なナンパをしているのではないかと疑われても仕方ないと、思わず頭が痛くなって額を押さえる。
呆然とするニールの顔を想像して、ヒオリは険しい顔で改めて見上げた。
だが不思議なことに、彼は己の発言を訝しみも笑いもしていなかった。もちろん、あきれ果てていたわけでもない。
彼は唇に浮かんでいた笑みすら決して、真っ直ぐにヒオリを見下ろしていた。
瞳の色も合わさって、その表情はまるで凪いだしじまの海のよう。
あまりにも静かな雰囲気が、青年を美しく、神秘的にすら見せていた。
それを目にしたヒオリの胸は、彼の表情と反対に酷く騒ぐ。
「すみません、忘れてください」と、何事もなかったように謝罪すべきだった。が、言葉すら忘れ、しばし美しいニールの表情に見入っていた。
もしかして時が止まっているのかと錯覚する空間で見つめ合う。
否、二人の間に流れていた時間は、その時確かに止まって感じていた。永遠の時のようで、鼓動の音だけが聞こえている。
やがて……停止した空気を再び動かしたのは、ふっと持ち上げられた青年の唇の端だった。
「ヒオリ殿は私と逢った記憶があるんですか?それは、いつ?」
「……いえ、その。何と言いますか」
夢で逢いました。とは流石に言えない。
純朴な恋する学生ですら口にしないような台詞である。
ニールが夢のことを知らなければ、ヒオリはさらに奇妙な人間として彼の記憶に残ってしまうだろう。
ぐっと言葉に詰まった己をニールはしばし見つめていたが、やがてくすくすと笑って眉をたれ下げた。
「すみません、いいんです。気にしないでくださいね」
「え?あ、いや、それはこっちの台詞なんですが……」
「ふふ……」
軽やかな笑い声をもらした青年は、再び廊下を歩き出す。
何だか狐につままれたような気分になりながら、ヒオリは彼の後に続いた。




