魔法アロマは夢の香りを連れて来たのか?01
宿舎に帰宅したヒオリは、ベッドサイドに鎮座していた遮光瓶の一つを持ち上げてふたを開ける。
ラベンダーを多めに使用したフローラル系の香りが、鼻孔の中に入り込んできて少しだけ心が和む。
いつもはその香りを心行くまで堪能し眠りにつくのだが、今日はそうもいかない。
じろりと遮光瓶を睨みつけ、ヒオリは唸った。
(やっぱり……私がブレンドした時と香りは変わっていないな。夢で嗅いだのは何だったんだろう?)
今一度確かめるように手で香りをあおぎ嗅ぐが、何かが変質したようには感じない。
ふむ、と唸ってふたを閉め、ヒオリは部屋の隅に据え置いている戸棚へと歩み寄った。
普段はあまり開けない下部の引き出しを引っ張ると、乱雑に置かれた荷物たちが顔を出す。
そろそろ整理しないとなと思いながら中を漁り、埃っぽさに眉間にしわを寄せた。
(確かまだ捨てていなかったはず……あ、あった)
目的のものを発見したのは、引き出しの一番奥。
以前研究室で使用したあと、部屋に持ち帰って忘れていた録画機能付きの小型カメラであった。
取り出して動作を確認するが、故障したり不具合がある様子はない。充電すれば問題なく使えそうだ。
今夜再びアロマを使用し、夜中の様子をカメラで記録するつもりである。
言うなれば自分を使った実験をヒオリは行うつもりなのだ。
(今日は昨日と同じ条件で眠ってみよう。どこまで再現すべきかしら……)
悩んだが、念のため風呂に同じ入浴剤を使って入り、同じ寝具で同じ時間に床に就くことにする。
ベッド全体が映せるよう調整してカメラをベッドサイドに乗せ、ディフューザーにアロマを数的垂らし、スイッチを押した。
目を閉じて、ふわりと柔らかい花の香りを嗅ぐ。
色々なことがあり疲れていたのか、意識はするすると夢の中に落ちて行った。
『いやしい庶民の女、リリアン!お前のせいで私の計画は滅茶苦茶だ!クロードと結婚し、私がこの研究所を乗っ取ろうと思ったのに!』
やがて何処からか女性の声が聞こえて、ヒオリははっと目を開ける。
広がった景色は見慣れた自室の天井ではなく、体はベッドに横たわってもいなかった。
天井から吊るされた大きなライトと、光に照らされた小さな舞台。
その舞台の全体を見渡せる客席にヒオリは腰掛けており、鼻をひくつかせればやはり件の香りもする。
間違いなく昨日と同じ劇場の夢だと確信したと同時に、再び甲高い声が耳に届く。
『もうやめてください、ヴェロニカさん!貴女の悪事はここまでです!!』
『ええい!うるさいうるさい!下賤な女め!!お前の研究が上手くいくなんて許せない!!』
スポットライトに照らされる舞台には、女性が立っていた。
一人はプラチナブロンドの、昨日と同じく悲し気な表情をしたリリアン女史である。
そしてもう一人は長く艶やかな赤い髪を持つ気の強そうな女性……魔法道具発部部長ヴェロニカであった。
ヴェロニカはきつく眉をつり上げ、リリアンを睨みつけている。
歪んだ顔からは冷静で美しい淑女の面影はなく、まるで地獄の底から這い出て来た悪魔のようだった。
『リリアン!私は貴女を恨む!恨んで恨んで恨みぬき、全て破壊してやる!この研究所は私のものだ!』
口から泡を飛ばし叫ぶ台詞も、普段のヴェロニカとほど遠い。
怒涛の勢いで叫び続ける舞台上の彼女に、流石のヒオリも驚き片眉を跳ね上げる。
劇の内容……しかもたかが夢にケチをつけるつもりは無いが、これはあまりにも酷すぎた。
(今日はヴェロニカ女史も登場か。だけどクロード所長とリリアン女史はともかく、この台詞と展開は少々悪意がありすぎないかしら?)
昨日の劇の出演者、特にクロード所長は美化されていたような気もしていたが、演技と思えば受け入れられる程度のもの。
しかし今目の前で繰り広げられている劇は、ヴェロニカを知っている人間からすれば見るに堪えなかった。
(あまり見ていたくはないわ……)
舞台上ではいまだヴェロニカがリリアンをいじめるように怒鳴りつけている。
きょろりとあたりを見回して、誰もいないことを確認するとヒオリは席を立ちあがった。
喧々諤々とした空気を残し、ヒオリは座席の合間を歩いて劇場の中を捜索しはじめる。
内装などは昨日の夢と同じで、何か変化があった様子はない。通路をなめまわすように観察するが、やはり気になるところは見つからなかった。
しばらく歩き回ってふと、昨晩はこのあたりで邪魔が入ったのだったなと思い出して警戒を深める。
(さて、今日はあの人は出てこないのかしら?いないならその方が都合がいいけど)
昨晩、ヒオリの好奇心をいさめるように体を抱きとめた青年は、今のところ姿は現さない。
己のことに気が付いているのか?どこかにいるのか、見ているのか……。
不穏なものも感じたがしかし、夢の調査を辞めるという選択肢はヒオリには無かった。




