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魔法博士ヒオリは夢を見る12

 ふたをしたシャーレを持って登場したメルは、ヒオリの隣にニールがいるのを見て目を瞬かせる。


「あらぁ、ニールさん。お疲れさまですぅ。何か御用でしたかぁ?」

「少々ヒオリさんの調香を見せてもらっていたのですよ。どうかしたのですか?」


 来訪者に問い返され、メルはヒオリとかたわらにやって来たハオラン室長に目配せをすると、一同の前にふたを取ったシャーレを差し出す。


「ちょっとこれを見てくれますか?温室で採取したものなんですけどぉ」

「……これは、何の植物だね?こんなもの植えられていたかい?」


 シャーレを覗き込んだハオランが、普段は柔らかい眼差しに怪訝な光をたたえて呟いた。

 ヒオリもまた見覚えのない形の植物に、眉間に深いしわを刻む。


 5センチほどの大きさの心形の葉が一枚、シャーレの中に入っている。

 緑が深く、青々としているが、葉の先端はやや黄色っぽい。葉柄が長くひょろりとツルが伸びており、ツル性植物の一種にも見えた。


 しかしヒオリの記憶が確かながら、こんな植物が温室に植えられていた覚えはない。

 疑問に思って視線をハオランに視線を転じると、彼もまた難しい顔をしてあごに手を当てていた。


「雑草かね?外から種が入ってきたのか?しかし温室の出入り口には消毒室があるが」


 温室へのゲートは、内部、そして外部に植物の種を持ち込まないために、除菌防除効果のあるものとなっている。

 出入りの際に職員たちは必ずそこを通らなければならず、魔法道具でもあるその防除ゲートがあれば高確率で植物の種や花粉、菌は死滅するはずだった。


 だがこの見覚えのない植物は、確かに温室に生えている。


「この植物の生態は今調べるところですぅ。あとこの植物が持ち込まれた経路も調査しないと」

「それは私が調べるわ。任せてもらっていいかな?」


 ぽつりと告げると、一同の視線がいっきにこちらを向いた。

 ヒオリは苦笑して肩を竦めながら、再度シャーレの植物に顔を近づけた。


「アロマの香りを嗅ぎたいのに、このままじゃまともな研究が出来ないもの。事態を早く収束させたいのよ」


 苦笑しつつ告げて、ヒオリはくん、と鼻をひくつかせる。

 鼻孔の中に広がったのは不思議な香り……それは夢の中で嗅いだあの匂いによく似ていた。


 様々な香りが混ざったような、純粋な植物のような複雑な匂いに、ヒオリの心は冷静に研ぎ澄ませれる。

 夢と先ほどの食堂で嗅いだ香り、そしてこの植物。偶然なのだろうか?


(……さっきの香りはリリアン女史からしていた?もしかしてあの夢に関りがあるのは彼女、なのかな?)


 香りを嗅ぎながらつい視線を鋭くしていると、シャーレを持っていたメルが落ち着かない様子で目を瞬かせる。

 戸惑わせてしまったことを謝罪しながら、ヒオリは彼女から体を離してハオラン室長を見た。


「室長、薬品部長とクロード所長に、私が調査する許可を取って貰ってもいいですか?」

「構わんが……ヒオリくん、何かあてがあるのかね?」


 うかがう眼差しで室長に問われ、ヒオリは曖昧に笑って「ええ、まあ」と頷く。

 ハオラン室長に納得した様子はなかったが、わかったと小さく頷き「私も協力しよう」と告げた。


 ヒオリ自身、己の感じたものが『あて』と言うほどの確証とは思っていない。

 たかが似た香りだけで何かを怪しむなど証拠不足にもほどがある。

 しかし昨晩見た夢のこともあり、どうしても自分の目で真偽を確かめたかった。


 ───まずはリリアン女史の研究を調べようか。そう考えたとき、ふと青い瞳がこちらを見ていることに気が付く。


 己よりずっと高い位置にあるニールの顔が、じっとヒオリを見つめている。

 何か言いたいことがあるのだろうか?と首を傾げた瞬間、青年はすっと視線をハオランに向けて口を挟んできた。


「何か大変なことが起こっているようですね」

「すみません、ニールさん。配属されて間もなくこんなトラブルが……」


 苦笑したハオラン室長が、青年に起こったことを説明する。

 彼は長い指を唇にあてて「なるほど」と、何事か考えて再びヒオリに視線を転じた。


「調査はお一人では大変でしょう?私もお手伝いさせてもらってもいいですか?」

「え?……は?」


 薄い笑みを浮かべるニールの顔をぎょっと凝視する。

 ハオランやメルでさえ驚いた様子で顔を見合せたというのに、気付かぬのか青年は「どうでしょう?」と再度たずねてきた。


「……どちらかと言えば私は一人のほうがやりやすいのですが」

「お邪魔だけはしませんよ。助手か何かとでも思って、雑用をお申し付けください」

「魔法美容部門の研究は?」

「そちらの方も手を抜くつもりはありません。仕事は早い方なんです」


 ためらうことなく、彼は告げる。

 口調こそ穏やかだが、何が何でもヒオリとともに行動をしたそうだった。

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