三十八話
「カルムロという男を知っているか?」
そう問われてチャゴは考えるふりをした。昨晩この城に侵入したアングイスから、おそらく尋ねられるだろうと教わっていたため、出来るだけ熟考のふりをする。
──焦るな
アングイスもカンタートも部屋の外だ。今頼れるのは自身だけ。事前に考えておいた所作をチャゴは行った。
「あぁ、先日“鼠人の濁酒”のエルザさんに紹介をしてもらいました」
思い出した演技で、チャゴは弾んだ声を出す。そんなことは関係ないとばかりに代官は、矢継ぎ早にチャゴに訊ねた。「それはいつ頃だ?」「一か月は経っていないと思います」「覚えてないか?」「幾人も人と会うので」チャゴは素直に答える、正確に何日前かは本当に思い出せない。
「会って何を言われたか覚えているか?」
「えぇ、覚えています。商売の話でしたから」
「商売?」
張りつめた空気がますます張りつめていく。
「えぇ今は金貸しを営んでおりまして、その商談でした」
代官はそれを聞くと「そうか」と言って背もたれに体をあずけた音がした。しばらく黙ったかと思うと、代わりに軍人が口を開く。
「実はな、叢屋。そのカルムロという男が殺されたのだ」
はぁ、と間抜けな声を出してしまう。チャゴのの反応に数人が眉を顰めた。
「失礼しました。それが何か?」
「いやいや商売相手が死んでしまっては、困るだろう」
「え?あぁ、いえ、困りません。結局、カルムロさんはお金を…借りられなかったので」
「借りなかった?」という女性の声、おそらく軍人の前に座る眼鏡をかけた女だろう。その言葉をチャゴは肯定した。
「お貸ししませんでした。……恥ずかしながら、私が未熟だったために交渉が決裂してしまいまして」
「こんな若造を頼って下さったのに、……その、残念です」と付け加えて目線を床に下げた。
と、チャゴのすぐ横で跪かされている女が吠えた。
「は!ガキが!」
すぐさま後ろの兵士に押さえつけられ、胸から床にたたきつけられる。
チャゴは恐る恐る横に視線をむけた。
アングイスから知らされていたとはいえ、目に入ったその姿に心が痛くなった。チャゴは小さく奥歯を噛みしめる。
──見て見ぬ振りをしたというのも……忍びがたいかな
森の中をアングイスと彷徨っている最中、狼や小邪鬼たちへの囮にした女、短槍を得物にしていた傭兵が変わり果てた姿で、そこにあったからだ。
「叢屋、すまないな」
代官が淡々とした口調でチャゴに詫びる。「いえ、私が子供なのは本当ですから」と愛想笑いでチャゴが返答する。
胸を叩きつけられて呼吸がままならなかった傭兵の女がチャゴを睨む。
「ガキぃが!」
傭兵は言い切れぬうちに兵士に殴られてまた黙った。
「発言を許していただけますか?」
チャゴは代官に直訴すると、代官は無言で了承する。
チャゴが傭兵の女に向き合うと、右腕が肩から欠損しているのが真っ先に目に入った。髪はボサボサで、顔は包帯を巻かれている。
それでも森で出会ったと解るのは意志の強い眼と声、アングイスからの情報のおかげだった。
頭頂部から額を通り右頬の包帯は血が滲んできている。殴られたときに傷がひらいたのだろう。囚人用の薄い服に新しい染みが増える。
──知らない方が良かった……、というのは都合が良すぎる
「私は子供です。まだ」
女は無言のまま睨む。
「それでも一端の商人です、未熟ですけれど」
チャゴは一拍、間をおいた。
「叢のチャゴと申します。ご用あればいつでもお呼びだし下さい、対価はお支払いいただきますが、満足していただける物をご用意できると思います」
チャゴの口上を聞いていた軍人が笑いだす。「囚人に商談を持ちかけるとは、強欲にも程があるぞ」チャゴはゆっくりと姿勢を戻す。
「幼い商人ゆえ」
愛想笑いをしながら短く言い放つ。すると眼鏡の女が笑い、つられて補佐官が笑った。
唐突な代官の咳払いで、部屋はまた静かになった。
「叢屋、こちらから尋ねたいことはもうない。ご苦労だった」
チャゴは跪いたまま、礼をして退出しようと立ち上がる。
傭兵の女は無表情で、チャゴを睨みつけたままだった。
それから逃げるように簡易礼をした。
「まいどあり」
そう言って、チャゴは受け取った銭袋から丁寧に卑銭を取り出して、机の上に並べる。
それを見た商売相手のエルザが、呆れながら立ち上がった。
「なぁ、チャゴ坊よ。やっぱ銀貨で支払った方が良かったか?」
「いいえ。卑銭の方が助かります。まぁ、勘定の確認で場所をお借りしているのは心苦しいですか」
「それは構わん」
エルザが木の器で葡萄酒樽から酒を注ぐ。
鼠人の濁酒の厨房に置かれた机でチャゴは、卑銭を十枚一山にしていく。
飲みながら戻って座るエルザは、金を数え続けるチャゴに「しかしまた借りる事になるとはな」とぼやいた。
「いいじゃないですか。ちゃんと返していただきましたし、それに賭場用の机も好評って聞きますよ」
二度目の返済の理由は、鼠人の濁酒にそれ専用の机と椅子をいれて、店の真ん中に置いたことだ。
頑丈な造りの机で天板裏に細工できないようになっている。壊される心配もなくなり、そこで繰り広げられる勝負師たちの白熱を見せ物に賑わっているとのことだ。
「半分はお前の案じゃねぇか」
「えぇ、だからお貸ししたんですよ」
その愛想笑いにエルザは恐ろしくなる。
「……、そういや今日だろ?」
「ん?何がです?」
「処刑だよ、処刑。カルムロ殺しの犯人の」
エルザに言われチャゴはようやく思い出したようだった。月に一度、代官の判決で死刑を言い渡された囚人たちが大広場で首を落とされる。
「興味ないみたいだな」
「えぇ、まぁ。人が死ぬのを見ても面白いと思いませんし」
チャゴがそう言っても、月に一度のその日の大広場はお祭り騒ぎだ。
「顛末は聞いたか?」
「えぇ組合で、あらましは」とチャゴは短く答えた。
為政者は説明などしない。チャゴは城から出たその足で所属する商人組合に向かった。組合にも自称情報通のような人物はいるもので、チャゴはカルムロが死んだ経緯を聞いて回った。
「金銭の貸し借りだろ。チャゴ坊も気をつけろよ。……そういや、今日は鼠は連れてきてないんだな?」
「えぇ、少し街の様子を見てもらいに出払ってます」
数え終わり、誤差がないと確認できるとチャゴはもう一度エルザに頭を下げて、愛想笑いのまま礼を言った。
「またのご利用をお待ちしています」




