三十七話
領主の使者が護衛の兵士を連れてやってきたのは、【造】を使用してカンタートを生み出してから三日後の事だった。
──これは針のむしろ…
仰々しい羊皮紙に書かれた内容を読み上げる使者を前に、チャゴは恥ずかしさと焦燥に駆られていた。
──逃げ出したい
チャゴの顔は真っ赤になっていた。拳を握りしめる。
街の大通りの真ん中、白昼に呼び止められ召喚状を大声で読まれるのだ。行き来する人は振り返り、集まり、チャゴと領主の使者を囲う人垣が出来上がっていく。
赤面したのは、商売、金貸し業の営業に向かう途中でチャゴは油断していたところを呼び止められて、動揺したせいもあるだろう。
呼び止められたとき、間抜けな返事をしてしまったくらいだ。
【造】を終えてから、体調がおかしいという自覚はある。小さな気だるさが残ったまま、日常生活に支障がないものの、頭の回転が遅い感覚があった。チャゴはただの気の緩みだと思うことにしていた。
しかしそのせいだろう、チャゴの目の前で読み上げられていく修飾語まみれの言葉の要約に頭が追いついていない。
──しまったな、アンクは呼び戻しておけばよかった
今、チャゴの従魔の二匹はいない。
護衛担当の小邪鬼は人目につかない道順で、そちらに向かわせたためにおらず、情報収集担当の森鼠は向かおうとしていた営業の場所にいる。
唐突に呼び止めてきたのは使者は、眉間に皺をつくりながら難しそうな顔。歩く度におなかが揺れそうな体型をしており、片眼鏡で羊皮紙に書かれた文章を読み上げていた。容姿は中年だろうと推測できるが、苦労しているのか白髪が目立ち、汗をかいている。
ぼんやりとした頭でチャゴは聞いているせいで、一拍遅れで理解していく。
──つまるところ、聞きたいことがあるから来いってこと…か?
「えっと、…いつ、お伺いすれば宜しいですか?」
チャゴは自信なさげに使者にたずねると、「明日」と小声で答え「“承知致しました”、と言いなさい」と続けた。
「へぇ?あぁ、“承知致しました”」
使者はチャゴの返答を聞くと仰々しくうなずいて去っていく。
宿に帰り読み上げられた文言をなんとか思い出すと、その中で日時も場所も言われていたことがわかって、アングイスにはやし立てられカンタートに慰められた。
──でぇっけぇ…、本当に大丈夫なんだよな?
城の門の前で立ち尽くすチャゴの肩で、森鼠アングイスが鳴いた。
ぢゅ。
アングイスの一鳴きで落ち着きを取り戻して、改めてみたチャゴは、石造りだが城と言うよりも頑強な館という印象を受ける。この街を治める領主は、この街に代官を寄越しているので屋敷で十分なのだろう。街を見渡せる石造りの高見の塔が、屋敷の横に建ちその二つを囲うように壁が、為政者の強大さを表しているようだった。
「ぐまー」
頭巾付き外套を被った小邪鬼カンタートがチャゴの服の裾を引っ張る。
「あぁ、行こうか」
返事をしたチャゴは、商談用にと買い揃えていた…アングイスに買っておけと忠告され買った一張羅を着ていた。余計な出費だと思って、チャゴは買ったことを後悔していた矢先だった。
ぢゅぢゅ。
「役に立つだろう?」と嗤うアングイスを肩に乗せて門兵にチャゴは己の名を言って案内をされる。
案内されながら歩く庭園は、長く感じた。体の不調からかなのか、それとも為政者の住処に進んで萎みそうな心が足を重たくさせているのかは、チャゴには判らない。
ぢゅ。
アングイスがそんなに広くないと嗤う。
──捕まらないと解っていても、怖いんだよ
「ま」
カンタートが庭園を飛んでいる蝶を見つけるたびに指さしながらチャゴの服の裾をひく。その度にポンと頭をやさしく叩いてやるとカンタータは満足そうにチャゴの後ろに戻った。
召喚させた理由は、アングイスの下調べで判明している。とある殺人の審議をはかるための証人として、この街の代官によびだされたのだ。
──なんか緊張感するだけ無駄な気がしてきたなぁ…
昨日の夜に緊張していた自分が馬鹿々々しく思えてきて、心が軽くなったのをチャゴは感じた。
通された部屋は、謁見で使用されるような場所ではなく部屋の真ん中に長机が置かれ、奥の席に代官らしき男が座り、その両側に男女の補佐官。真ん中に軍服を着た男が座り、その向かいには眼鏡をかけた女性が座っている。
入るとチャゴは簡易礼をして、跪く。
すぐ横には鎧を着た兵士だろう男に監視されている一人の女がいた。
「まぁ、可愛いショウニンさんですね」と補佐官の女性が言った。「は。彼はこの年齢で商人組合に属している歴とした商人であります」と軍人。「え?そうなんですか?」と補佐官の女。軍人は困った顔だ。
代官が大げさに咳ばらいをすると、その場の空気が変わった。
そんなやり取りをチャゴは石畳に敷かれた絨毯を見つめながら、愛想笑いをする。
「商人組合『夫婦鳥』に所属、商会名は…?」
チャゴは目線を上げて「答えてもよろしいでしょうか?」と声を発した。「あぁ構わん」とおそらく代官の声。
「叢と言います」
「珍しい名だな、少なくとも繁盛はしなそうだが?」
「薄利多売、器用貧乏というのが信条でして…」
「ますます、繁盛しなさそうだ」
代官が嘲笑した。
「当方は、生き延びれればそれでよいと考えております。それゆえの名です」
「であるか…。さて、叢屋のチャゴよ、呼びだてたのは訊ねたいことがあってだ」
「はい」
「カルムロという男を知っているか?」
その名に場の空気が一層張り詰めた。




