第6話:不老不死のバグフィックス
ややSM要素……お目汚しすみません……
灰燼街のメインストリートが半ば陥没してから三日。
俺は難を逃れた裏通りの廃倉庫に、ありあわせの机と椅子を持ち込んで臨時事務所を開設していた。
まだ引っ越しの荷物も片付いていないというのに、噂を聞きつけた客がやってくる。
フィオナが帳簿を整理しているところへ、現れたのは漆黒のローブに身を包んだ骨ばった男だった。
この国の闇を支配する死霊術士――死霊術士ガザロフだ。
「……ここが噂の『バグ屋』か」
「解呪士だ。で、あんたのような大物が何の用だ? 骨の兵隊でも壊れたか」
「逆だ」
ガザロフは重々しく首を振ると、胸元から羊皮紙を取り出して机に広げた。
びっしりと書き込まれた闇の呪文。
「我が暗黒魔術の悲願……『完全なる不老不死の呪い』だ。己の肉体に刻み込み、病も老いも克服した。いかなる攻撃でも死ぬことはない」
「へえ」
俺は一服つけ、煙越しに羊皮紙を一瞥した。
「で、何が不満なんだ?」
「暇すぎる」
「……は?」
フィオナの手も止まった。
ガザロフは自分の両手を見つめた。
爪の先から手首まで、一切の隙なく死霊のルーンが刻まれている。
「怪我もしない、腹も減らない、眠る必要すらない。最初は無敵の気分だったが、一ヶ月も経つと人生のすべてが不毛になった」
深いため息が漏れる。
「命の危険がないからギャンブルも戦も欠伸が出る。この呪いを解いてくれ」
「お断りだ」
俺は即答した。
「不老不死なんて巨大な術式、無理に解いたら魔力の反動で、お前を中心に半径五キロが灰になる。だいたい『退屈だから』なんて個人的な理由で頼むな」
「頼むオルダス! このままだと俺は退屈で狂ってしまう! 命懸けのヒリつくような刺激が欲しいんだ!」
「……面倒な奴だな」
フィオナが羊皮紙を覗き込み、呆れたように呟く。
「不老不死を手に入れて最初に困るのが、退屈ですの……?」
「人間とは、そういうものだ」
「オルダス様が言うと妙に説得力がありますわね」
「褒めているのか?」
「微妙ですわ」
◆ ◆ ◆
俺は灰皿に煙草の灰を落とし、ガザロフの胸元を指差した。
服の仕立ての上からでもわかるほど、心臓のあたりに濃密な魔力結節点が渦巻いている。
「外部内部問わず、ダメージを完全キャンセルする絶対防御ルーチンだな。構造自体はシンプルだが……」
「……消せるのか?」
「消さないよ。仕様変更だ」
俺は引き出しから精密ドライバーを取り出すと、ガザロフの胸元をコリッと突いた。
「ひゃんっ!?」
「変な声を出すな」
ガザロフは自分の胸を押さえ、怪しむように手を開閉させた。
見た目の変化はない。
痛みも、傷もない。
「……何をした?」
「ダメージ無効の判定は残してある。そこまで消したら、お前が文句を言うだろ」
俺はドライバーを机に放り投げた。
「ただ、痛覚と『死ぬかも』っていう恐怖の神経伝達だけ、通常の三倍でフルスルーするように書き換えた」
ガザロフは固まった。
自分の腕を見て、それから俺を見る。
「……三倍?」
俺は煙草を吸った。
ガザロフは自分の腕を握った。
しばらく考え、それから胸元の呪印を指でなぞる。
「死なないんだな?」
「そこは変えてない。傷もダメージもない」
「痛みだけが残る?」
「三倍でな」
フィオナが嫌な予感を覚えたように、ガザロフから少しだけ距離を取る。
「……それ、大丈夫なんですの?」
「大丈夫だ」
俺は答えた。
「死なない」
「そういう意味ではなく……」
ガザロフが顔を上げた。
「……いい。それだ」
「何が」
「それが欲しかった」
「そうか……」
俺は魔剣のときと同じように、調整した術式を眺める。
「安全機能付きの激痛アトラクションだ」
ガザロフは自分の手を見たまま、しばらく動かなかった。
やがて革袋を机に置く。
中身が揺れて、重い音を立てた。
「……」
そのまま出ていった。
俺は革袋を開けた。
金貨だった。
「高くついたな」
フィオナが横から袋の中を覗き込む。
「……これだけ払って、自分から痛い目に遭いに行くんですの?」
「本人が満足するなら、それでいい」
「解呪士の仕事って、もっと人を救うものだと思っておりましたわ」
「俺も昔はそう思っていた」
俺は金貨をしまった。
◆ ◆ ◆
その夜。
俺は仮事務所のソファに転がり、酒を飲んでいた。
フィオナは奥の部屋で書類を整理しているらしい。
静かな夜だ。
「ぎゃああああああああああーーーーーーーッ!!!!」
俺は窓を開けた。
ガザロフが路地で転げ回っている。
その周りに三人。
鉄パイプを持っている。
「おい、爺さん。金を――」
鉄パイプがガザロフの頭に入った。
「痛ぇぇぇぇ! 最高ぉぉぉぉ!」
ならず者の一人が手を止めた。
「……今の、見たか?」
「見た」
もう一人が一歩下がる。
ガザロフは起き上がった。
額には傷ひとつない。
「もう一回やってくれ」
「帰ろう……」
「……ああ」
三人は鉄パイプを捨てて逃げた。
恐怖したならず者たちが蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
後に残されたガザロフは、無傷のまま路上でハアハアと荒い息をついていた。
「ハァ……ハァ……! すごい……死ぬほどの激痛なのに……本当に死なない……!」
ガザロフが、うっとりした目で俺の事務所の窓を見上げてくる。
俺は無言でカーテンを閉めた。
「……オルダス様?」
背後からフィオナの声がする。
「何でもない」
「今の悲鳴、何でもなくはありませんでしたわよね?」
「何でもないことにした」
フィオナが窓の外を覗こうとする。
「見ない方がいい」
「……そういたします」
俺は引き出しから新しい煙草を取り出し、火をつけた。
外ではまだガザロフが何か叫んでいる。
俺は聞かなかったことにした。
灰燼街の夜は、今日もどこかがバグっている。
挿絵
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