第5話:自動反撃のジレンマ
仮事務所をあとにし、俺たちは灰燼街の地下暗渠を抜けた先にある、少し古びた雑居ビルの二階へ引っ越した。
日当たりは悪い。
その代わり、表通りから外れているので静かだった。
少なくとも馬車の音で机が揺れることはないし、煙草を吸っていても文句を言われない。
家賃も安い。
何より、今度はフィオナがいる。
窓を少し開けたフィオナが、暗い路地を見下ろしながら淹れたての茶を机に置いた。
「日当たりはあれですけれど、今回は静かで落ち着きますわね。爆発もトレインも地鎮祭もありませんし……こうして普通にお茶が飲めるだけで、ずいぶん平和に感じます」
「学んだな、フィオナ」
俺は椅子に腰を下ろし、茶を一口すすった。
「無駄な刺激を排除して、淡々と成果を出す。それが正しい職場だ」
「はい。今回は本当に安心いたしました」
フィオナも向かいの椅子に腰を下ろし、満足そうに茶を口に運ぶ。
その直後だった、力強くドアが開く。
夜の煙草をくゆらせていた俺の前に、全身を漆黒のフルプレートで固めた巨漢が立ちふさがった。
「……探したぞ、オルダス」
重厚な兜の隙間から、死んだ魚のような目が覗いている。
ヴァルガス。
昔、王国騎士団で「不沈の鉄壁」と呼ばれていた男だ。
今は覇気がなく、見る影もない。
その手には、見るからに禍々しい紫のルーンが蠢く漆黒の大剣が握られていた。
「なんだヴァルガス。その大剣、裏オークションで落とした『報復の魔剣』か」
「そうだ……攻撃を受けると、勝手に反撃する」
「知っている。有名なやつだ」
俺は面倒くさそうに返した。
ヴァルガスは力強く叫んだ。
「俺の意思とは関係なくだ!!」
「それは厄介だな」
俺は机の引き出しから魔導ルーペを探した。
ヴァルガスは身を震わせ、泣きそうな声で訴える。
「聞いてくれオルダス……先日の巡回中、幼い少女が『おじちゃん、お花どうぞ』と俺の脚をコンコンと叩いた」
「うん」
「時計塔が消えた。全魔力の一閃で、少女の背後にあった時計塔ごとビルを一棟吹き飛ばした」
「少女は?」
「幸い無傷だ。背後の建造物だけが蒸発した」
そこまで言って、ヴァルガスの肩が落ちる。
「だが、それ以来誰も俺に近寄らん! 昨夜も部屋でハエを叩こうとした」
「うん」
「壁がなくなった」
「……ハエは?」
「逃げた。飯も喉を通らん。この恐ろしい呪いをなんとかしてくれ!」
フィオナが少し離れたところで魔剣を眺めていた。
「……それは確かに、日常生活には向きませんわね」
「だろう!?」
ヴァルガスが食いつく。
フィオナは少し考えてから、俺を見る。
「オルダス様、直せますの?」
「見てみないことには分からん」
俺は灰皿に煙草の灰を落とし、手袋をはめて魔剣の柄に触れた。
視界の焦点を切り替える。
剣の内部に張り巡らされた魔力回路が浮かび上がった。
「ふむ。外部からの衝撃入力に対して、無制限の物理出力を即座に吐き出す超高速の条件反射ルーチンだな。例外処理が一切組まれていない」
「……カタカナ抜きで頼む」
ヴァルガスが情けない顔をする。
「外からの衝撃を拾う」
俺は剣を眺めた。
「それをきっかけにして、魔力を全部吐き出す」
「……ああ」
「例外処理がない」
ヴァルガスが嫌そうな顔をした。
「例外処理?」
「ハエとか子供とか、そういうのを区別しないってことだ」
「消せるか……!?」
「無理だな」
俺は魔剣の内部をもう一度走査した。
「剣の魂そのものが、この反撃ルーチンで固着している。消そうとしたら剣が爆破するぞ。だが……『入力の閾値』と『出力の方向』ならいじれる」
「どういうことだ?」
フィオナが魔剣を覗き込みながら、少し首を傾げる。
「つまり、反撃そのものを消すのではなく、反撃する条件と向きを変えるんですのね」
「そういうことだ」
俺は頷いた。
「お前……明日から灰燼街の建設作業現場に行け」
「……は?」
俺は引き出しから精密ドライバーを取り出すと、魔剣の柄にあるルーンの接合部をコリッと一回だけ傾けた。
「衝撃感知のセンサー閾値を『人間の接触』から『ビル解体レベルの衝撃』まで引き上げた。さらに、自動反撃の出力ベクトルを『攻撃者』から『真下の地面』に変更したぞ」
「真下の……地面?」
「ああ。お前が巨大な鉄球でドカンと叩かれた瞬間、その反動を利用して魔剣が真下の岩盤に向かって削岩機並みの高振動波を叩き込む」
ヴァルガスが目を見開いた。
「つまり……叩かれれば叩かれるほど、俺は高出力で地盤を掘り進めるということか……?」
「正解だ。解体現場やトンネル掘削現場で、一番危険な破砕作業を全自動でこなせる。お前はただ立って叩かれているだけでいい」
俺は魔剣を返した。
「呪いじゃない。これは全自動パイルドライバーだ」
「……仕事になるのか?」
「なると思うぞ」
ヴァルガスは剣を見た。
「そうか」
少しだけ嬉しそうだった。
ヴァルガスは感激のあまり拳を握りしめ、重厚な金貨の袋を俺の机に叩きつけた。
「感謝する、オルダス! これで俺はただの危険人物ではない! 『インフラを支える人間重機』として再出発できる!」
そう言い残し、重騎士は満足げにズシンズシンと足音を立てて去っていった。
フィオナはその背中を見送り、しばらく黙っていた。
「……本当に、あれでよろしいんですの?」
「仕事になるなら問題ない」
「そういう問題でしょうか」
「少なくとも、壁を壊すよりはいい」
「それは……そうですわね」
フィオナは妙に納得した顔で頷いた。
◆ ◆ ◆
その日の深夜。
フィオナが奥の部屋で休んだあと、俺はヴァルガスから受け取った報酬で買ったウイスキーをグラスに注ぎ、一人で静かに傾けていた。
一服。
紫の煙を吹き出した、その時だ。
ズズズズズズズ……ッ!!
突然、事務所の床が激しく揺れ始めた。
棚の酒瓶がガタガタと音を立てて倒れ、壁にパリパリとひびが入っていく。
「なんだ……!?」
奥の部屋からフィオナが飛び出してきた。
「オルダス様、何ですの!?」
「分からん!」
二人で窓へ駆け寄る。
外を見下ろすと、灰燼街の真下から猛烈な勢いで地面が崩落し、メインストリートが丸ごと地下へ沈下していく光景が目に入った。
崩落の中心地から、泥と土砂にまみれたヴァルガスがひょっこり顔を出す。
「オルダスー!! 助けてくれー!!」
「おいヴァルガス! 何があった!?」
「削岩作業は順調だったんだが……地下の深いところで巨大なモグラの魔物に遭遇したんだ!」
「モグラ……!?」
「奴が俺を『秒間百回の連続突撃』で攻撃してきてな! 魔剣の自動反撃が無限ループを起こして、灰燼街の地下盤を全部粉砕しながら地の底まで掘り進みそうだー!!」
「……」
ヴァルガスが殴られる。
魔剣が反応する。
地面が砕ける。
その音にモグラが突っ込む。
またヴァルガスが殴られる。
また魔剣が反応する。
「……」
俺は額を押さえた。
隣では、フィオナが崩れ続ける街を見つめている。
「……オルダスさん」
「なんだ」
「これ、終わりませんわよね」
「ああ」
俺は静かに答えた。
「おいオルダス! どうすればいい!?」
「もう知らん。地の底まで掘れ」
「何処だそれ!!!!」
俺は引き出しを開けた。
「俺は引っ越す」
「お供します」
フィオナが即答した。
俺は静かにウイスキーを一飲みすると、金庫から現金だけを掴んだ。
フィオナも必要最低限の荷物と魔導具だけを抱える。
二人は崩壊していく事務所の窓から、夜の街へと飛び出した。
灰燼街の夜は、今日もバグと仕様の境界線で沈んでいく。
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