第4話:死神のオートルーティング
爆破された仮事務所をあとにし、俺たちは灰燼街のさらに奥深く、薄暗い高架下にある空き店舗へと二度目の引っ越しを果たした。
雨風をしのげるうえに敷金礼金はゼロ。
条件だけ見れば悪くない物件だが、道路に近いため排気ガスが容赦なく流れ込んでくるし、大型馬車が通るたびに建物全体が揺れる。
机もまだ用意できておらず、近所から拾ってきた段ボール箱を二つ重ねて代用している有様だった。
フィオナは埃っぽいパイプ椅子に崩れ落ちると、肩で大きく息をしながら頭を抱えた。
「はぁ……はぁ……もう嫌です。なぜ私が就職早々事務所の爆破に巻き込まれなければならないのですか……」
「泣くなフィオナ。雨風がしのげて、敷金礼金ゼロ物件だ。素晴らしい環境じゃないか」
「どこがですか! 道路の排気ガスが入ってきますし、机だって段ボール箱じゃないですか! 私の個人個室つき高級住宅手当はどこへ行ったのですか!?」
「文句を言うな。作業環境を整えるのも助手の仕事だ」
俺は足元に置いてあった木板を拾い上げ、フィオナのほうへ放り投げた。
「ほら、新しい看板を出しておけ」
フィオナが受け取った木板には、まだ乾ききっていないペンキで、
『オルダス解呪事務所
――爆発事故後の復旧も承ります』
と書かれている。
しばらく看板を見つめたあと、フィオナはゆっくり顔を上げた。
「……反省が一切ありません」
「客の需要に合わせただけだ」
「反省してください!」
俺は聞かなかったことにして煙草に火をつけた。
◆ ◆ ◆
フィオナが眉間を揉みしだいていると、高架下の暗がりから、カツン、カツンと硬い足音が響いてきた。
排気ガスの向こうに黒い影が浮かび、その姿が近づくにつれて、身の丈を超える大鎌と、肉のない白い骨が見えてくる。
眼窩の奥には青白い光が二つ灯り、ローブの裾が風もないのにゆらゆらと揺れていた。
「ひやあぁぁぁぁっ!?」
フィオナが椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がり、そのまま段ボール箱の後ろへ飛び込む。
「死神!? 死神が出ましたわぁぁぁ!!」
「そうだな」
「もっと驚いてください!」
「俺は忙しい」
死神はフィオナの悲鳴など気にも留めず、店先まで歩いてくると、骨ばった指で大鎌の柄を握り直した。
『……デバッガー……オルダス……』
掠れた声が高架下に響き、骨の擦れる音がその後に続く。
『我の……呪いを……鎮めよ……』
「死神様がご依頼人!?」
段ボール箱の陰からフィオナが顔だけを出す。
「呪いをかける本元ではありませんか! 一体何にお困りなのですか!?」
俺は煙草をくゆらせながら、死神が担いでいる大鎌へ視線を向けた。
「死神さん。君らの仕事は、寿命が尽きた奴の魂を刈り取ることだろう。何の呪いに悩んでるんだ?」
『……これだ……』
死神が大鎌を掲げる。
刃に刻まれた無数のルーンが、呼吸するように明滅した。
『我の鎌には、“死期が近づいた者の元へ自動で導く”術が掛かっている。昔は、これで十分だった』
「昔は?」
『近年、人間どもの生活が乱れすぎている』
死神の肩が、見るからに落ちた。
『徹夜続きの魔導師、暴飲暴食を繰り返す貴族、夜通しゲームをしている若者……今すぐ死ぬわけではないが、確実に命を削っている者どもが多すぎる』
「それで?」
『昨日など、ただの二日酔いで汚部屋に転がっていた男のところへ引っ張られた』
「それは死期が近いのか?」
『知らん』
死神は大鎌を睨みつけた。
『だが鎌は知っているつもりらしい』
「なるほど」
『一日に何度も呼び出される。私は死神だぞ。便利屋ではない』
「大変だな」
『このままでは過労死してしまう』
「もう死んでるだろ」
『そこは気にするな』
俺は煙草を灰皿に押しつけると、段ボール箱の机を回り込み、大鎌の柄へ手を伸ばした。
「ちょっと見せろ」
『何をする』
「中身を見る」
フィオナが箱の陰から身を乗り出す。
「先生、まさか……」
「仕事だ」
大鎌の結合部に指を当てると、内部を流れる魔力の経路が浮かび上がった。
魂の残量を検知し、肉体の衰弱や生命活動の低下を拾い上げ、その数値から死期を予測して対象への経路を自動生成する誘導魔術。
仕組み自体は単純だが、判定条件がやたらと多く、そのせいで「余命数分」と「生活習慣病予備軍」を同じような危険度として処理している。
「……雑だな」
『何とかならんか』
「誘導機能を完全に切ることならできる」
『それでは?』
「手動で死者を探すことになる」
死神が黙った。
しばらく大鎌を見つめ、それから重々しく首を振る。
『それは困る』
「だろうな」
『広大な大陸を一人で歩き回ることになる』
「そうなる」
『もう死んでいる身で、過労死するのは嫌だ』
「気持ちは分かる」
フィオナが嫌な予感を覚えたらしく、段ボール箱から這い出してきた。
「先生」
「何だ」
「その顔、何か思いつきましたね?」
俺は引き出しから細いドライバーを取り出した。
「任せろ。仕様変更だ」
「やっぱり……」
フィオナが眉をひそめる。
俺は大鎌の柄にある結合部へドライバーを差し込み、内部の魔力経路を一つずつ確認しながら、不要な判定を切り離していった。
カチリ。
ルーンが一つ消える。
「死期が近い者の検知を、肉体の衰弱から切り離す」
『……?』
もう一箇所を繋ぎ替える。
「代わりに、悪行の魔力波形を拾わせる」
『悪行……?』
「ただの不摂生や病人はスルーする。徹夜してようが酒を飲みすぎてようが、しばらくは放っておけ」
フィオナが横から口を挟んだ。
「しばらくはって言いましたよね?」
「細かいな」
さらに一度、結合部をひねる。
「今まさに誰かを殺そうとしている奴や、他人の命を不当に奪った残忍な犯罪者。そういう連中の魔力波形だけを拾って、鎌が自動的にそいつのところへ向かうようにする」
死神は何も言わず、大鎌を見つめている。
刃のルーンが一つ、また一つと青白く灯っていった。
『……悪人だけを追うのか』
「そういうことだ」
『それなら、ターゲットを探す必要がない』
「鎌に引っ張られるだけでいい」
『仕事が楽になる』
「迷子にもならない」
死神の顎がカチカチと鳴った。
どうやら笑っているらしい。
「全自動悪人天罰システムだ」
『……名前まで付けるのか』
「気分だ」
『気に入った』
死神は満足そうに頷き、大鎌を肩に担ぎ直した。
そのまま去ろうとしたところで、ふと思い出したように足を止める。
『礼だ』
段ボール箱の上に、ずっしりと重い革袋が置かれた。
箱がミシッと沈む。
俺は袋を持ち上げて重さを確かめた。
「毎度」
『では、さっそく行ってくる』
「ほどほどにな」
『それは無理だろうな』
死神は大鎌を引きずるようにして、高架下の暗闇へ消えていった。
フィオナはその背中が見えなくなるまで眺めたあと、ようやく大きく息を吐いた。
「……今回は大丈夫そうですね」
「まあな」
「悪人だけを追うなら、治安維持にもなりますし、死神様も無駄な仕事をしなくて済む。良い改修だったのではないでしょうか」
「俺も儲かった」
「そこですか」
フィオナが呆れたように笑う。
高架下には、ようやく静かな時間が戻ってきた。
俺は煙草を一本取り出そうと、引き出しへ手を伸ばした。
その直後だった。
ドドドドドドドドッ!!
地面が揺れ、引き出しの中で煙草の箱が跳ねた。
フィオナが顔を上げる。
「……先生」
「逃げる準備をしろ」
「まだ何も起きてませんよ」
「経験則だ」
高架下の暗闇から、男たちが一斉に飛び出してきた。
一人や二人ではない。
黒服の集団が互いにぶつかりながらこちらへ雪崩れ込み、誰も彼も顔を引きつらせて、後ろを振り返る余裕すらない様子で走っている。
「助けてくれぇぇぇ!」
「化け物だ!」
「死にたくねぇ!」
フィオナが立ち上がった。
「何ですか、あれ!?」
「マフィアだな」
「どうして分かるんですか!?」
「服装」
男たちの後ろから、黒い影が猛烈な勢いで迫ってくる。
大鎌を振り回しながら飛んでくる死神だった。
『キイイイイィィィ!!』
「……」
『悪党の反応が多すぎる!!』
大鎌がさらに速度を上げる。
死神の両足が地面から浮いた。
『鎌が止まらん!!』
「良かったじゃないか。仕事が増えたぞ」
『私は一体しかいない!!』
「そうか」
『そうかではない!!』
マフィアの男たちが俺たちの横を駆け抜けていく。
その最後尾の男が、フィオナへ手を伸ばした。
「お姉ちゃん! 助け――」
「嫌です!」
男は泣きそうな顔で走り去った。
直後、そのすぐ後ろを大鎌が地面を削りながら通過し、火花が高架下の壁に飛び散る。
フィオナが俺の胸ぐらを掴んだ。
「オルダス先生!」
「何だ」
「これ、どういうことですか!」
「高負荷時の並列処理を考慮してなかった」
フィオナの顔が引きつった。
「……先生」
「何だ」
「それ、最初から考慮しておくものでは?」
「そうだな」
「そうだな、じゃありません!!」
死神が空中で大鎌に振り回されながら叫ぶ。
『ターゲットが多すぎる!!』
「仕様だ」
『助けてくれぇぇぇ!!』
「自分で改造したんだろ」
『お前が改造したんだ!!』
「細かいことを気にするな」
「先生が言いますか、それを!?」
大鎌がさらに速度を上げ、死神の身体が完全に宙へ持ち上げられた。
凧のように引きずられた死神が、こちらへ一直線に飛んでくる。
フィオナが俺の腕を掴んだ。
「こっちに来てます!」
「撤収だ」
「また引っ越しですか!?」
俺は段ボール箱の上に置かれた金貨の袋をひっつかむ。
フィオナも慌てて鞄を抱えた。
俺達はそろって、夕暮れの灰燼街へ飛び出した。
背後では、マフィアの怒号と死神の悲鳴が入り混じり、大鎌が高架の柱を削る轟音まで聞こえてくる。
「オルダス先生ーーーッ!」
「何だ!」
「私、今日ここに引っ越してきたばかりなんですけどーーーッ!」
「俺もだ!」
「そういう問題じゃありません!!」
俺たちは振り返ることなく、灰燼街の夕暮れを全力で駆け抜けた。
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第5話:自動反撃のジレンマ




