本編9話 「迷惑なんですよ、ユーキさん。だから――全員、定時で帰らせます」
俺は残業して、入院患者の重症者加算を修正していた。
隣にはノアがいて、ラムネをボリボリ食べていた。
他の治療事務員は退勤した。
重症者加算とは、症状が重篤、もしくは知的障害のため、常時監視が必要な患者の入院時に算定する制度のことである。
これには条件があり、特定の病棟にいる患者を対象に、なおかつ指定医がいる日のみ算定可能だ。
平日は指定医が勤務しているので無条件で算定でき、休診日は前日の夜か当日に指定医がいる場合のみ、算定可能となる。
これは約50名の対象患者が存在し、もちろん転棟などをして対象外になったらその日の加算は禁止だ。
操作は入退院処理という画面で行う。食数入力の時に使った、例のエクセルのマスを操作する画面だ。
これは事前に精神療養病棟の入院患者リストが印刷された紙を病棟師長に渡し、重症者加算1か2、またはナシかを記載してもらい、その記載された紙を入力データソースとして用いる。
さらに当直医予定表を参照し、その日の前日か、またはその日に指定医が勤務しているか確認しておき、加算1と2の空白(非算定日)を把握しておく。
「2.22.23」と日付フィールドに数値を入力し、重症者加算の列まで飛ぶ。
(これがマウスで一番右端まで画面を横スクロールさせないといけないので、とても面倒くさい。TABキーを使うことによって右の列まで飛べるが、マウスのほうがはるかに処理速度が高く正確だ)
特定のマスをクリックすると出てくる
00クリア
01重症加算
02重症加算
このプルダウンリストからいずれかを選択する。
キーボードショートカットも使えるが、いちいちスクロールした後マウスを離してまでそれを行う意味もないし、ショートカットを使うには01など2回入力しなくてはならない。
結局マウスが一番というわけだ。
こうして指定医がいない休診日と、患者がその病棟以外の日を空白(NULL)とする。
ふと気配に気づき後ろを振り返ると、ノアが立っていた。
「うーん、ユーキさん……」
「ノアくん……まあ、言わずもがなだな。
君が何を言おうとしてるかは、だいたい分かる。
このローレベルなルーティンワークを自動化してくれるというのだろう。
それはこの上なくありがたい。
だがね。君には色々やってもらった。
入院作業療法も食数入力も、毎日のデイケア自動入力も、主治医意見書も自作のインデックスシートもだ。
月の省略時間は、もはや30時間ほどとなった。
膨大なリソースの節約だ。
しかも、それに加えてありえないはずのまともな病名チェックまでやってくれた。
おかげでディスペアがスルーするだろう病名エラーを見逃すことはなくなった。
さすがにこれ以上君がやることはない。
コレくらいは本当に手動でやるさ。
何もかも君に任せては、先輩として統制が効かないだろう?一応、俺にもプライドがある」
よし!言ってやったぞ!
我ながら完璧な論理だ!!
このまま目につく所手取り足取り自動化されたのでは先輩としての沽券に関わる。
それに、あまりに彼女に依存しすぎると、彼女がもし突然いなくなった時にシステム全体の可用性が非常に危うくなる。
「……何言ってるんですかユーキさん」
「え?」
ノアが苛立つ声を発した。
「私はね!早く帰りたいだけです!
だからいろいろやってるんです。
ユーキさん達のことなんて微塵も考えてません!!」
(えっ?そうなの!?俺、別にそんなに慕われてなかったの!?)
「はっきりいってユーキさんたちは迷惑なんですよ!
足を引っ張ってます!!
コード一つ書かないし、仕事の最適化も出来ないし」
(えっ?えっええっ!?深刻なフィードバックなんだけど。)
ノアは俺をまっすぐ見て、いかなる反論も許さない、クリアな声で明確な結論を提示した。
「私1人だけ残業なしなんて、できませんよね!!
一緒に帰りましょう!!皆で。
残業も休日出勤もゼロにしましょう」
(……ええええぇぇーーーーー!?)
彼女は俺に手を差し伸べながら、まるで最適化を完了したシステムのように、余裕の笑みを浮かべていた。
心なしか照れているようにも見える。




