↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天才ノアのパーフェクト・ロジック  作者: クーアウコ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/37

本編8話 猫の抵抗を「可愛さ」という定数に還元する少女

 とある日の昼休み。


 俺がデスクの前で座って休憩していると、ノアが突然話しかけてきた。


「ユーキさん!これ、うちで飼ってる猫なんですよ。

 タービーっていうんです。

 かわいいでしょう!

 この子は私が歩いてると、すり寄ってきてニャ〜って鳴くんです」


 彼女が持っているスマホを俺に見せると、画面には自宅らしき場所が表示される。

 そして、テーブルに座る黒くて潤んだ瞳の、見事な香箱座りをしている黒い毛並みの成猫の動画が表示されていた。

 足だけ白くて、まるで足袋のようにみえた。なるほどそれでタービーか。

 もちろん猫は皆かわいいが、その猫は特に毛並みが整っていて優雅に見えた。


「見てて下さいね。ほら!」

挿絵(By みてみん)


 ノアらしい、何の躊躇もないまっすぐな人差し指が、その黒猫の閉じられた前足と前足の間に滑り込んだ。

 猫は一瞬、わずかに視線を逸らす。


 意外だった。

 彼女にもこんな「普通」の一面があるのかと。

 電子データと論理の世界に生きる天才なんだから、もっと解析不能な何かを趣味にしていると思っていた。


「さらに見て下さい!!」


 彼女の指が猫の鼻先に触れる。

 猫はわずかに姿勢を逸らすが、ノアの指は執拗に猫の鼻に触れ続ける。

 香箱座りはあくまで保ったままだ。


「かわいいでしょう。ほめていいですよ!」


「あー…いや、かわいいよ。もちろん」


 俺は、何がどのように可愛いのか、その論理的な根拠が分からなかったため、少し戸惑っていた。


「ちょっとだけ嫌がるのがいいんですよ」


 俺はその言語化にちょっとだけ動揺していた。


「ほら、ほらみて」


 ノアがスマホを操作すると、画面の猫は仰向けにひっくり返された。

 ノアらしき人物が猫に覆いかぶさるように顔を近づけると、猫は前足で彼女の顔を押さえる。


「かわいいでしょう!」


 か、可愛い……猫の防御行動が、ノアには「愛情表現」として認識されているのか。


「か、かわいいよ」


 同意を半ば強制されている気もしたが、別に俺の評価が減るわけでもないし、構いはしない。


「さらに・・・ほら!」


 ノアらしき人物は、猫の手をすり抜け、脇から猫の顔に自分の顔をぐいっと近づける。

 猫は防御のため、そのたびに手の位置を変えていたが、やがて諦めたのか、手を動かさなくなる。


「ほら、ちょっとだけ嫌!するのがかわいいんですよ!!」


 俺は動揺した。

 その「ちょっとだけ嫌!」の極限に、ノアの異常な論理が隠されている気がしたからだ。

 このまま続けると、なにかとんでもないものを見させられる気がする。

 異世界転移者(パラダイマ)の心理は、実によくわからん!!


「ノ、ノアくん。たしかにかわいい!もう十分堪能させてもらったよ。ありがとう!!」


「ほらみてください、ほら!!」


 俺の言葉を無視するように、彼女は画面の中でベロをだした。

 その瞬間、猫は顔の向きを20度ほど、明確に変えた。

 それは嫌悪と諦念が混じった、小さな抵抗に見えた。


「ほら、かわいいでしょう。ちょっとだけ嫌がるの!!」


 俺の「とんでもないものを見せられる」という予感は見事に的中し、俺は頭を抱えながら、その狂気の愛の形に降参した。


 彼女の満面の笑みは、脆弱なシステムの脆弱な抵抗を、完璧なコードで上書きし終えた時のあの達成感と、驚くほど似通っていた。


 俺は、スマホの中で完全に動きを止めたタービーの姿を、かつての「絶望(ディスペア)」と重ねていた。

 逆転ロジックを押し通し、規格を破壊し、最後には生命の自由意志さえも「可愛さ」という名の定数へと還元する。


「……ああ、可愛いよ。ノアくん、君の愛は……実に、完璧(パーフェクト)だ」


 俺が絞り出した言葉は、賞賛ではなく、もはや敗北宣言だった。

 彼女がデスクに戻る背中を見送りながら、俺は願わずにはいられなかった。

 いつか彼女の指先が、猫の鼻先から「俺たちの生活」というより大きな対象へ移った時、そこに「20度の回避」すら許されない未来が来ないことを。


 その後、ノアは「論理的な可愛さの提示」というミッションを完遂したことに満足したのか、自分のデスクに戻っていった。



 デスクに戻ったノアを見送り、俺は深く息を吐いた。


 彼女の「ちょっとだけ嫌がるのがいいんですよ」という発言は、単なる情緒的な言葉では済まされない気がする。


 一般的に、ああいうペットへの「ちょっかい」は、ツンデレのような構造が快感を生む。

 飼い主が愛情を示す(入力)→ペットがわずかに抵抗する(変数)→最終的にペットが受け入れる(結果)

 ――この予測可能な行動こそが、人間の脳に「支配と愛着の確認」という快感を与える。


 ノアは、その情緒的な「萌え」のメカニズムを、「猫のわずかな抵抗」という変数を「愛情という結果」で上書きし、関係性の絶対的な制御を確かめていたのではないか。


(ちょっとだけ嫌がる……。

 それは、対象に自律的な意思があることを示す『生存フラグ』だ。

 ノアは、そのフラグを自分の愛情(コマンド)で一つずつ折り、最終的に『無抵抗』という名の実行結果を導き出すプロセスに、カタルシスを感じているのか)


 治療報酬請求(レセプト)のエラーという抵抗を「システムの論理」でねじ伏せることと、猫の嫌がる行動を「愛情という目的」でねじ伏せること。

 ノアにとって、愛情表現ですら、論理的な支配と最適化のゲームなのかもしれないな。本当に恐ろしい天才だ。


(もしかして異世界転移者(パラダイマ)は全員、彼女のような趣味があるのか……?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。