↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天才ノアのパーフェクト・ロジック  作者: クーアウコ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/37

本編7話 自己過大評価系 自己過小評価系 無自覚 チートキャラ ノア

 いよいよ治療報酬請求(レセプト)期間中、主治医意見書請求書(介護で保険料を貰うには医者の資料が必要。書けば団体にお金が請求できる )という陰鬱なタスクが、忌まわしき介護保険広域連合(先程述べた請求先)への郵送と共にやってくる。


 憂鬱どころではない。吐き気がする。


 なぜ、治療事務課(キュア・オフィス)の業務ピークに、この物理的なデータ転送を伴う作業をぶつけるのか。

 業務負荷平準化の観点から最悪のスケジューリングだ。なんの嫌がらせだ。


 奴らの作成した非効率極まりない専用ソフトを起動する。

挿絵(By みてみん)


 治療院(ヒーリング・タワー)の基本情報入力箇所は、辛うじて|DRY原則《Don't_Repeat_Yourself》(※同じ入力を2度させない)を破っていない。

「被保険者コピー」ボタンで使い回せる。

 だが、その慈悲はそこで終わりだ。


 問題はここからだ。


 被保険者番号、フリガナ、氏名、生年月日を入力する。


 ありえない。


 年と月と日が分かれていて、たとえば年に4桁入れても、自動で月には飛ばない。TABキーを使えば次のフィールドには移動できる。

 だが、同じ「日付」というデータ型の年・月・日の入力において、自動でフィールドを移動するという基本的な入力支援機能《インクリメンタル・フォーカス》が実装されていない。これはUI/UXの基本設計思想を放棄している。

 つまり年・月・日のたびに不要なはずのTABキーの押下を強制される。


 性別(1.男2.女)も同様だ。キーボードの数値入力(ショートカット)が効かず、マウス操作を強制している。

 いちいちその度にキーボードから手を離し、マウスに持ち替えなければならないのだ。

「1や2という数字が、プログラミング上の定数(マジックナンバー)として何を示すか」というデータ型の意味論(セマンティクス)を、開発者は全く理解していない証拠だ。

 なんかそれっぽいから付けておこう、みたいな浅い考えで表示しただけに違いない。


 作成依頼日、意見書作成日、意見書送付日も同様だ。種別(1.在宅2.施設)の選択もショートカット禁止。


 そして、「1.新規2.継続」の選択肢だ。これは過去の請求履歴に基づいて条件が分岐する(5年以内の請求の有無)、極めて重要な業務ロジックの判断を伴う。

 もちろん、キーボードショートカットなどという生ぬるいものは使用禁止だ。

 当たり前だ。

 ここで使えるなら性別でショートカットキーが効かないわけがない。

 きっと開発者は我々がどれだけ苦行を強いられたら発狂するか試しているに違いない。

 実に性格が良い聖人のような人物に違いない。


 診断・検査費用は当治療院(ヒーリング・タワー)では使用しないので割愛し、意見書料、消費税を記載する。


 そして極めつけは、合計フィールドだ。


 なんと、自動計算されない。


 システムが保証すべきデータ整合性と計算の自動化という最も基本的な機能を放棄している。手入力でそれぞれのフィールドを埋めなければならない。


 このシステムは、データの整合性を我々エルフの注意力という脆弱なリソースに依存させている。

 しかも、このような慈悲深い御心で作成されたソフトであるからして、エクセルでファイルを作成してインポートなどという生ぬるい方法など使えるはずもない。


 誰がこんなクソ仕様を設計したんだ?


 さらに悪いことに、この手動入力のタスクの総量は月によって変動する。

 被保険者の人数は一定せず、月次での作業ボリュームの見積もりが困難だ。ひどいときには十数件を繰り返す。


 これは、ヒューマンリソースの投下量を正確に予測できないという、タスク管理上の決定的な欠陥を意味する。延々終わらない、地獄の行進作業だ。


 その後ボタンを押すと、CSVファイルが吐き出されるのでCDに焼いて郵送する。

 冗談ではない。紙のほうがまだマシだ。ふざけるな。


 俺の怒りは臨界点に達した。

 これはデジタルとアナログの最悪の融合だ。

 データ連携の仕組みが存在しないため、デジタルデータを一旦CDという古い(レガシー)メディアに書き出すという非セキュリティ的で非効率的な物理転送を強いられる。

 そして、更にCDには、治療院(ヒーリング・タワー)名、請求月、治療機関コード、請求件数、「主治医意見書作成料」という字を手書きで要求される。


 ふざけるな。データを見れば分かるだろう、データを!

 このCDの中にあるデータそのものが、そのすべての情報を内包しているはずだ。

 なぜ、システムが持っている情報を、わざわざエルフ側のリソースで二重に手書きさせ、データ整合性のリスクを負わせるのか!?


 請求件数に関しては、かろうじて擁護の余地がある。

 データと違っていたら治療機関に問い合わせることで、請求漏れや過剰請求を防ぐという、原始的なダブルチェックの意図があるのだろう。

 だが、その他の情報(治療院(ヒーリング・タワー)名、請求月など)の記載は論外だ。

 これは「システムを信用しないが、手書きの物理的な文字は信用する」という、前近代的な設計思想の極致だ。


 ただでさえ無駄で非効率な作業を要求され、そのうえで手書きという、さらなるヒューマンエラーの温床を強いるだと?

 万死に値する。


 そして、極めつけだ。

「紙は紙で出力必須で、大事に保管しておかなければならない」だと?

 何重もの苦行を我々に強いるのか。


 外部へはCDという物理的なデジタル媒体で提出し、治療院(ヒーリング・タワー)内部には紙のデータが残る。さらに、手動入力の元データとして作成したエクセルファイルも、ローカル環境に残しているはずだ。

 データは紙というアナログ形式で冗長に保存され、同時にエクセルというローカルなデジタル形式でも管理される。これは、異なるメディア形式での二重の管理コストを発生させ、原本管理(マスターデータ)の混乱とデータ整合性のリスクを負う。

 我々の祖先が知恵の実を食べて楽園を追い出されたのなら、これはその後の苦行の果てに与えられた、二重の呪いだ。


 しかも、これらの情報は当然ながら専用ソフトに手動で入力しなければならないので、俺たちはエクセルや紙などに、患者番号、診察日、作成日、意見書送付日などを事前に保存しておかなければならない。


 これは、システム連携が存在しないために、我々エルフの脳が一時的なデータバッファとして利用されている状態だ。デジタルデータを、エルフの目でコピーし、アナログに脳内に保持し、再び手動でデジタルに戻すという、無駄な認知リソースの多重消耗だ。


 せめて瞬間記憶能力があればまだマシだが、あいにく一般人の俺にそんなものがあるわけがない。


 この三重のデータ処理負荷を強いられる作業を毎月行うことは、俺の脳のリソースを単純なOCR機能(紙の書類、スキャン画像などに含まれる文字を認識し、「テキストデータ」に変換するデジタル技術の事)として消費させる、創造性のカケラもない拷問だ。



 しかしその苦行から逃れることはできず、俺は今月もエクセルを開き、専用ソフトに目でコピーするための準備を始めた。


 ところが――


 いつものエクセルの患者一覧に見慣れないインターフェースがある。


「連合印刷」ボタン。そして、地獄の郵送作業のトリガーとなる「CDに焼くCSV出力」ボタン。さらに「CSVフォルダ表示」などという、原本ソフトには存在しないはずの機能ボタンが並んでいる。


 そしてその横には「個別に印刷したいなら、患者名を右クリック」というコンテキストメニューを示唆する注意書きが、親切に図形として表示されている。


 なんだこれは。


 印刷ボタンを押すと、遠くでガーガープリンターが動く音がした。


 …ん?まさか。


 俺はプリンターに駆け寄った。

 なんと俺がこれから手作業で入力を終えた後に、ようやく印刷しなくてはならないはずの未来の用紙が、今、出力されていた。


「うおおおあああああああああああああ!?」


 なんだこれは!?

 俺はいつの間にデロリアンに乗ったんだ!?


 まさかと思い、CSVボタンを押した後にフォルダ表示ボタンを押すと、なんと俺がこれから二重の苦行の果てにようやく果たされるはずのコンプライアンス準拠の最終データ格納場所が、そこに表示されていた。



「ノ、ノノノノノアくーん!ノアくーん!!」


「どうしました、うるさいですね」


 ノアは不満げに振り向く。


「これは一体どういうことだ!?なんだこれは!?」


 俺は震える指でエクセルを指さした。


「ああ、面倒そうだったので自動化しておきました。

 苦労しましたよ。

 ほめていいですよ」


「あ、ああありがとう。

 感謝してもしきれない。

 君が解いたのは単なるタスクじゃない。

 システムが我々に強いた呪いだ。

 今度、ぜひ飯でも奢らせてくれ!」


 ノアは得意げに胸を張る。

挿絵(By みてみん)


「えへへー4時間もかかったんですよ。苦労しました」


 4時間!?


 脳内で、絶望的なリソース見積もりが始まった。


 あの劣悪なUIを認識し、適切なタイミングでマウス操作をシミュレートするRPAの構築。

 手入力情報のエクセル解析。

 さらに、紙とデジタル(CSV)の二重出力プロセス(手順)を組み上げる。


 そのデータパイプラインの構築すべてが、たったの4時間だと!?


 これは週末に趣味で組めるレベルではない。

 専門のRPAベンダーが、あの不安定な古い(レガシー)ソフトの画面操作の分析と、自動化ロジックの設計に数週間かけて行うべき作業だ。

 それをこの子は午前中だけで達成したということだ。


「ノ、ノアくん……君は真の天才だよ……」


 俺の言葉は、技術者としての心からの降伏だった。


「えへへー、わかってますよ。私は天才です」


 ノアは当たり前のように答える。


「ああ、もちろんだ。

 これで君を凡人だという人間がいたら言いなさい。

 文句を言ってやる。

 君は我々の常識を超越している」


 俺は、ノアが『|ロボットによる画面操作《RPA》』という、最も複雑な手段を駆使したと確信していた。


「だが、これをRPAで操作するのはさぞ大変だっただろう。

 あの古い(レガシー)ソフトの不安定なUIを認識させるのは、地獄だ」


「え?RPAは使ってませんよ。

 エクセルの標準機能でCSVを作成すると、なんか合わないので、他の方法を調べてどうにかしました」


 !?!?!?!?!?!?!?!?!


 俺は耳を疑った。


 気が動転していたが、冷静に考えればそうだった。

 たしかにCSV出力ボタンを押した瞬間、キーボードやマウスによる画面操作の前兆(カーソル移動やウィンドウの点滅)は全く見られなかったし、俺は即座にフォルダ表示ボタンを押すことができた。

 RPAであれば、必ず画面操作のタイムラグが生じるはずだ。


 なんてことだ。

 この事実は、ノアが物理的な操作を完全にバイパスしたという証明に他ならない。


「な、なぜRPAではないのだ!?」


「いやだってごちゃごちゃして面倒くさそうですし、CSVを直接出せたらその方が良いに決まってるじゃないですか」


 信じられない。


 ノアは、煩雑で無駄極まりない操作を要求される専用ソフトのUI経由での解決を即座に破棄した。


 彼女はソフトのUIをゴミ箱に捨てた。

 出力されるCSVの構造を解読(リバース)し、エクセルから直接、正解のデータを作り上げたのだ。


 すなわち、「CSVを直接生成できた方が、UIを操作するよりも論理的に優れている」という純粋な論理を、実装コストの壁を無視して追求したのだ。


 彼女は、「面倒くさい」という理由で、既存の出力機能の欠陥を回避し、あの古い(レガシー)ソフトが裏側で動かしているデータ出力の仕組み、あるいは専用ソフトが要求する最終的なデータを、直接エクセルから出力したのだ。


 俺は、エルフとしての知識の限界が、この新入社員によって再び、無慈悲に更新されたのを感じた。


「そうか……そうか……その方が良いに決まっている、か……」


 打ちのめされたような声で、そう返すことしかできなかった。

 ノアは、システムが持つ構造的な欠陥を、「面倒くさい」という怠惰な欲求だけで、一瞬にして無効化したのだ。

 彼女は、異世界転移者(パラダイマ)の中でも特別に違いない。

 頼むからそうであってくれ。


「最初はVBAだけでやろうとしたのですよね。

 専用ソフトには数字だけの部分と、へんなチョンチョンがついてる部分があります。

 エクセルで同じようにへんなチョンチョン1へんなチョンチョンっていれると、へんなチョンチョンが3つ連続で並んじゃうんですよ。

 しかたないからネット検索してファイルを直接出せる方法を調べました」


「そ、そうか。今回はネット検索したのか」


 安堵しかけた。

 よかった、彼女も壁にぶつかり、既存の知識を頼る、人の子だったわけか。

 ってんなわけがあるか!


 ダブルクォーテーション(")という単語すら知らないのだぞ、彼女は!?

 おそらくエクセルで『"1"』と入力すると、CSVファイルには『"""1"""』と出力される。

 単純に数字を入れただけでは1と出力される。

 これをエクセル標準機能では解決できないと即座に判断し、解決方法がないかネットで調べ、信じられない速度で「エクセルにもVBAにも書式を判断させない」という唯一の解にたどり着いたのだ。


// ※VBAには「CSVとして保存する」機能がある。だが、どの値に「ダブルクォーテーション」を付けるかはVBAが勝手に決める。

// ノアがやったのは、その機能を使わず、テキストファイルを1行ずつ自分で書き出すこと。

// ダブルクォーテーションを付ける位置を、自分で決めるためである。


 俺の頭の中で、ノアの思考プロセスが閃光のように再現された。


 問題認識:エクセル標準のCSV出力では、必要なデータのエスケープ『"""1"""』が専用ソフトのフォーマット『"1"』と合わない。


// ※"《ダブルクォーテーション》は、データの区切りを示す特殊な意味を持つ文字のため、CSVにそのまま文字として出力できない。

// そのためエクセルは親切心から、文字としての『"』を『|"""《3つのチョンチョン》』に自動で変換(エスケープ)処理して出力する。

// エクセル上で見ると綺麗に『"1"』と表示されるが、メモ帳で開くと実際には『"""1"""』になってしまうため、エラーの原因となる。

// エクセルのお節介機能だ。



 即座の判断:エクセルにCSVを作らせている限り、この書式問題は解決できないと即座に判断。


 解決策の検索:ネット検索で「テキストファイルとして一行ずつ自分で書き出す」という、道具の親切心を一切経由しない出力方法にたどり着く。


 これは、「ダブルクォーテーション」という単語を知らないまま、それがデータ処理上の『エスケープ文字』として機能していることを、論理の純粋な力だけで理解したということだ。


「えへへー私は1万人に1人の天才ですから」


 その言葉で、ふと我に返る。

 重大な矛盾点に気づいたのだ。

 もし、異世界転移者(パラダイマ)という種族が例外なくこのレベルの演算能力を有しているのだとしたら、世界中の治療院(ヒーリング・タワー)が血眼になって彼らを奪い合っていなければ筋が通らない。

 そして、あらゆる組織が喉から手が出るほど異世界転移者(パラダイマ)を欲しがるだろう。

 そもそも、この異常な発想力・成長速度が異世界転移者(パラダイマ)のデフォルトの能力だというのなら、とっくにこの第一基盤世界《ファースト・ベース・ワールド》の上位階層は、彼らによって占有されていなければ説明がつかない。

 結論は一つだ。

 目の前のこの少女は、異世界転移者(パラダイマ)の中でも決定的に「バグ」に近い、突然変異の個体なのだ。

 この結論に達した瞬間、心の底から安堵した。


 もし、ノアという存在が異世界転移者(パラダイマ)の「標準仕様(デフォルト)」なのだとしたら、俺がこれまで積み上げてきた研鑽や苦労は、一体何だったというのか。

 そんな絶望がデフォルトであってたまるか、という悲鳴に近い思いが常に胸の内にあった。

 彼女が「異世界転移者(パラダイマ)の普通」であるなら、俺の全人生は根底から否定されてしまう。

 だが、今は違う。

 これは種族間の優劣などではない。

 単に「1人の圧倒的な天才」に対し、「1人の凡人」が完敗しただけなのだ。

 エルフ(識族)だろうがドラゴニュート(竜人)だろうが、いつの時代も理不尽なまでの天才は現れる。

 これは種族の特異性などではない。

 古今東西どこにでもある、ただの平凡な物語だ。


 だが、ノアという個体が「例外的なバグ」であると結論づけた途端、新たな不整合(バグ)が俺の思考を襲った。

 彼女が先ほど口にした、あの言葉だ。


『えへへー私は1万人に1人の天才ですから』


 この子の自己評価のスケールは狂っている。


 この子はこの国、ジャポンの人口を10万人だと勘違いしているのではないか?


 それとも実は俺が知らないだけで、全国の都道府県の市町村それぞれに天才が配置されていて、日々人々の安全と効率を見守ってるのか!?


 このレベルの論理の飛躍と無自覚な知識の応用は、到底「1万人に1人」の枠に収まるものではない。


「まあでも私個人は、自分のことを5万人に1人の大天才だと思ってますよ。

 これ言わないでくださいね。

 自信過剰と思われたら恥ずかしいですから」


 いやいやいやいやいやいやいや。


 桁が全く足りない。

 彼女の論理と能力は、統計学的な確率の壁を遥かに超えている。

 ジャポンの全プログラミング人口を分母にしても、まだ二桁は足りないはずだ。


 ノア本人は、これでもかと言わんばかりに背筋を伸ばし、精一杯ふんぞり返っているつもりなのだろう。

 そして、その「ふんぞり返っている傲慢な自分」を自覚するがゆえに、周囲に引かれないよう、妥協点として「1万人に1人」という数字を絞り出したに違いない。

「自己過大評価」していると判断して、数値を下げたのだ。

 それは、万能感に酔いしれる中二病患者が、己の「傲慢」を客観視してしまい、羞恥心から他人に語る自己評価に下方修正をかけたのと、表面上の挙動は同じだ。

 だが、その「謙虚さ」という名の修正プログラム(パッチ)当てこそが、実スペックとの間に更なる致命的な乖離(ギャップ)を発生させている。


 傲慢なはずなのに、結果的に異常なほど謙虚になっている。


 この救いようのないパラドックスこそ、彼女が真の「規格外」であることの証明に他ならない。


 かつてノアは、俺が読んでいた「なろう小説」の無自覚チートキャラに対して、暴言を吐いた事がある。


『そんなに天才ならその能力に無自覚なわけない』と。

『設定が破綻している』とも述べていた。

 というか、そのキャラに対してこんな暴言も吐いていた。


『頭が良いのか悪いのか、どっちかにして欲しいですよね。

 所詮は作り物のキャラなんですよねえ。

 血が通ってないというか。

 もうツッコミどころが多くて』


 彼女の中では、おそらくこう完結しているのだ。


『私は5万人に1人の大天才だと自覚している。

 無自覚ではない。

 対して、この小説のキャラは自分の力も分かっていないアホ』と。


 後頭部に思いっきりブーメランがぶっ刺さっている事に、彼女は全く気づいていない。


 つまり彼女は…「自己過大評価系自己過小評価系無自覚チートキャラ」とかいう、訳のわからない存在だ。

 もっと言うと「傲慢系謙虚系無自覚チートキャラ」だ。

 ある意味では「アホの子」なのだ。


 そして、俺は気づいてしまった。

 創作の中だけの存在だと思っていた「無自覚チートキャラ」が、あろうことか現実世界に『フルスペックで実装』されていたのだ。

 しかも、ノア自身が批判していた設定そのものの姿で。

 俺は、人生最大の驚愕に打ち震えることになった。


 まさか「なろう小説」の無自覚チートキャラが、現実世界の人間をこれほど正確にトレースしていたとは、夢にも思わなかった。


 そして、物語と現実の決定的な差異も露呈した。

 なろう小説のチートキャラは、誰からも愛され、称えられる舞台装置だ。

 だが、生身の人間としてそんなスペックの怪物が隣に居座れば、感情は容易く摩耗する。

 称賛の裏側には、必ず薄暗い嫉妬と、理解の及ばぬ存在への畏怖が張り付くのだ。

 全員が聖人になれるわけではない。

 言語化できないドロドロとした感情に、身を焼かれるエルフだっている。

 少なくとも、俺という凡人はその1人だった。


「無自覚チート」というジャンルは、安全圏から高みの見物を決め込むか、主人公の視座を借りるから楽しいのだ。

 もし自分がその舞台の「モブA」に置かれたら、そこはただの地獄でしかない。

 そんなあまりにも当然の真理を今、人生で初めて自覚した。


「ノアくん……一つだけ言っておくが、君のその『1万人』という見積もりは、控えめに言ってもシステムエラーだ。

 君の論理は、人口統計学という既存のデータベースでは処理しきれない」


「え? やっぱり1万人は言い過ぎでした?

 恥ずかしいなあ……。

 じゃあ、5000人に1人くらいにしておきますね!」


 ガクッ。

 俺の膝が、床を叩いた。

 上方修正を求めたつもりが、さらなる下方修正(デグレード)を招いてしまった。


「……もういい、好きに自称したまえ」



 その後、俺は業務の合間に、異世界転移者(パラダイマ)と他種族における「歴史的偉人」の出現率をインターネットで徹底的に調査した。

 結果――人口統計学的な観点から見ても、異世界転移者(パラダイマ)の偉人排出率が突出して高いというエビデンス(証拠)は見当たらなかった。

 どの種族であっても、天才の出現率は概ね一定の確率(レート)に収束していた。

 つまりは彼女が異常なだけだ。

 エルフという種族が、歴史が、そして俺の20年が、ゴミ箱に捨てられたわけではない。

 心底、安堵した。

 これでようやく、枕を高くして眠れる。

 我々エルフ(識族)が種族として劣っている事実は、少なくともデータ上には存在しなかった。

 むしろ、平均値だけで言えば、エルフの方が僅かに上回っているのではないか?

 そんな全能感にすら駆られたが……すぐに首を振る。

 これは都合のいいデータだけを拾い集める防衛本能(認知バイアス)に過ぎない。


// ※バイアスとは、先入観、偏見、思考や判断の偏りのこと


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。