本編3話 雰囲気系なろう小説を冷徹にデバッグする新人
【雰囲気系なろう小説を冷徹にデバッグする新人】
ノアはパソコンが得意と自称するだけあり、確かに入力が早かった。
仕事を覚えるのも割合早く、ミスも少なかった。
――ノアが来てから数日後。
俺は自分のデスクに座り、スマホで「ド派手な魔法が飛び交う、なろう小説」を読んでいた。
――スマートフォン。
これも、異世界転移者が我々の世界へと持ち込んだ発明品の一つだ。
一瞬で我々の世界に普及した。真に素晴らしい発明品だ。
学習時間が少ない異世界転移者にしては、中々やるではないか。
これで退屈な日常を紛らわせていた。
我々の住むこの世界には魔法など存在しない。
種族差はあるが、微々たるものだ。
バジリスク(毒族)など、少し肌がかぶれる程度の唾が吐けるだけだし、デュラハン(断族)は、常人より30度ほど余計に首が回るだけ。
メデューサ(視族)は何となく周りの温度や他人の体温が感知できるだけだし、ライカンスロップ(変身種)はちょっと体の色が変わって少し形が変わるだけ。
要するに、どれもあまり生活の役には立たない。
極めて地味な日々だ。
だから異世界転生して来た異世界転移者達が持ち込んだり執筆した小説が気に入った。
我々の小説も、もちろんある。
しかし、お手軽なチート無双を楽しめる新ジャンルは、近年初めて異世界転移者が持ち込んだものだ。
// ※チートとは、ゲームの世界で、本来のゲームバランスを崩壊させるような「不正なプログラム」を使って、通常ではありえない能力(無敵化、一撃必殺、高速移動など)を手に入れることを指す。
// 物語の中で「チートキャラ」と言った場合、必ずしも「不正をしている」わけでは無い。「他の登場人物と比べて、圧倒的に強すぎる能力を持っているキャラクター」を指す、ネットの流行語。
「ユーキさんも読んでるんですね!その小説」
振り返るとノアがアンパンを持ちながら、後ろに立っていた。
俺は、ノアの存在を意識しつつ、スマホの画面を指さして言った。
「ここだよ、この主人公の『チート能力への無自覚な反応』の描写が面白いんだよな」
ノアは俺の手元を覗き込む。
そこに書かれていたのは、主人公ライナスに関する記述だった。
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// ライナスは全く理解していなかった。
// なぜ周囲がこれほどまでに自分を特別視するのか。
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// 「え、これって別に普通のことだろ?」
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// ライナスは、ただ古い羊皮紙を記憶しただけ。
// それが「歴史上最高の天才しか扱えない」魔導書だと知る由もない。
// 彼は、魔法の詠唱を「めんどくさい」と感じ、たった数行の『イメージ』だけで、100mほどの岩を事象の地平線レベルの不可逆的な崩壊で消し飛ばす。
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// 周囲の感嘆の声に対し、そっけなく
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// 「ん?いつも通り、『情報の不可逆的再構築』を試みただけ。
// これが最短経路で、そうすることが最適だろう?」
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// と返した。
// 彼の行為は「史上最速の無詠唱・超絶技巧の複合魔法」であり、思考する前に最適解が完了している無自覚チートだ。
// その破壊力は、理論上10ビリオン(10の10乗)に匹敵すると、周囲の凡庸な天才たちがざわめいた。
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// 賢者たちは「とんでもない偉業だ!天才か!」と跪き、涙を流して称賛しても、ライナスは「いや、あの、手順は、最初から決まっているはずだ」と、見当違いの返事をする。
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// 彼は、自分がチート級の才能を持つ天才であるという周囲の心の声に、一切気づかない。
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// ライナスはふと、当然のことを口にするかのように言った。
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// 「だって、最適な行動原理なんて、常に一つしかないだろう?」
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// クールな仕草で自らの天才性を完全に否定した。
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俺は言葉に熱を込め、ノアに語った。
「面白いだろ、ノアくん。
この『最適な行動原理は常に一つ』って言い方がさ。
すべてが最適解で進む心地よさが、たまらないんだよ。
バグだらけの現実を忘れさせてくれる、唯一の『完璧な世界』なんだ」
この世界から救い出してくれる『無敵の物語』に、俺は救われていた。
すると、ノアが身を乗り出してきた。
「そうですよね!
この無意味な数字の羅列!
『10ビリオンに匹敵する魔力!』なんて!
最高に面白いですよねえ!」
俺は一瞬、ノアが自分と同じ視点で、主人公の論理性に感動しているのかと錯覚した。
しかし、彼女の瞳は、純粋な愉悦を湛えながらも、どこか冷たい優越感に満ちていた。
「あ、ああ、無駄な数字遊びはなろう系の醍醐味というか、スケールの大きさが売りで……」
「天才設定なのにチート能力に自覚なしって、その時点で破綻してますよね。
絶対気づきますって。
それなのに『自分は普通だ』と思い込める設定が許されているなんて、独創的すぎて!
それが楽しくて楽しくて」
ノアは楽しそうにクスクスと笑う。
(……え?楽しんでる、のか?何を?)
「こういう天才って『無意味で抽象的な言葉遊び』や『無駄な数字遊び』が好きですよねえ。
雰囲気系っていうんですか。
『情報の不可逆的再構築!』とか!
ああ、たまらない。
それにやれやれ系が加わったらもう最高です!
馬鹿すぎて馬鹿すぎて」
「……そ、そうか。
ノアくんはそういう楽しみ方なんだな。
それはよかった」
俺はノアの小説の楽しみ方に、自身の共感とは決定的に異質なものを感じ取った。
(異世界転移者って、みんなこうなのか……?)
俺はその後、静かに頭を抱えた。




