名探偵ノア2話 過剰防衛の《オーバーキル》チェックメイト
過剰防衛のチェックメイト
ここは第三基盤世界 で、日本だ。
とある家の中。
「というわけで、犯人はあなたです!!」
ノアは、2mくらいある茶色い棒の先に、何やら白い布を巻き付けた不格好な塊を持っていた。
その先端はちょうどトランシーバーほどのサイズに膨らんでいる。
彼女は、その「謎の棒」で不遜に相手を指し示した。
「証拠はあるのか!?」
「そう、あなたは被害者の死因という、知らない情報をしゃべっていた(ドヤ)」
今回は真面目に進んでいた。
経費を無駄に使うこともなければ、依頼人を怒らせることもない。
俺や犯人、警部を含む8名は、ついに訪れた「王道の解決編」に、歴史的瞬間に立ち会っているという高揚感すら抱いてそれを見守っていた。
「そ、それだけか!?」
「あとはあなたが池の底に投げ捨てたナイフです。
潜って探すのは面倒だったので、磁石を布で巻いて棒の先に付け、一発で釣り上げました。
調べてもらえればあなたの指紋と被害者の血液が検出されるでしょう」
ノアは無造作に、ジップロックに入れられた凶器を提示した。
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「ククク……お見通しか。ハーッハッハッ!」
空気が凍りついた。
これはやばい。
推理小説の様式美において、追い詰められた犯人が正気をかなぐり捨てるのは予定調和。
犯人は自前のナイフを背後から引き抜いた。
「ああ、大正解だお嬢ちゃん。
さあて、これからは楽しい殺戮ショーの始まりだぁ!!
ウヘヘハハハハハ!」
犯人は血走った目でナイフの身を舐めずった。
狂気という名のバフがかかった殺人鬼の威圧感に、他の容疑者たちは悲鳴を上げて後退する。
警部が震える手でホルスターから拳銃を抜き、叫んだ。
「や、やめろ!!やめないと撃つぞ!!」
「おいおい、こんな距離で撃つ気かい?
至近距離ならナイフのほうが強いんだぜぇ?
一発で仕留められたらあんたの勝ちだぁ。
だが外したら……分かってるよなぁ!?」
一触即発。
現場は一気にバイオレンス・アクションの様相を呈してきた。
「ノアくん逃げるぞ。これは手に負えない!」
俺は彼女の肩を掴んだ。
知性で勝てても、暴力の差はどうしようもない。
ところがノアは平然と反論する。
「は?こういうときは探偵は死に物狂いで犯人の強行を止めるのがパターンでは?」
「言っては何だが、キミの体格と運動神経で犯人を止められるなんて思えない。
コレが小説なら、ノアくんが死んで感動的なエンディングになるだろう。
もしくは、奇跡的に主人公補正が働いて犯人を止めるかもしれない。
だが、その危険を犯すことはない!」
俺は必死に説得した。
命あっての物種だ。
「そうですか」
ノアは実にあっさりと引き下がった。
そしておもむろに、持っていた棒の布をシュルリと引き剥がし、中の「トランシーバー?」を犯人に向けた。
「ん?なんだぁそれはぁ……?」
警部との心理戦で絶頂に達していた犯人は、拍子抜けしたように標的をノアに変えた。
獲物が逃げずに妙な機械を向けたことが、彼の嗜虐心を煽ったらしい。
「ケッケケケ!トランシーバーで俺を止められると思ってるのかぁ?」
「喰らえ!!」
――バチチチチチチッ!!!
凄まじい放電音。
ノアがその「物体」を突き出した瞬間、犯人の身体が不自然に硬直した。
===
「アババババ!?」
ナイフを構えていた殺人鬼が、まるで魂を吸い出されたマリオネットのように痙攣し、白目を向いて崩れ落ちる。
「どうです結城さん。コレが知能を活かした鮮やかな逆転勝利です!!」
……知能?
いや、それは「改造スタンガン」という名の物理的火力ではないだろうか。
あの不格好な棒は、リーチを伸ばして安全圏から放電するための「絶縁型近接兵器」だったのだ。
「喰らえ!!喰らえ!!」
「アババ!……イビビ!……ヤベデ……ヤベデグダザイ……」
ノアは、すでに戦意を喪失して床でビクビクと跳ねている犯人に、なおも追い打ちの電撃を浴びせ続けている。
「ごめんなさいは!?」
「アガガッ!!……ゴベンバザイ……ッ!」
「ごめんで済んだら警察いらないんですよ!!
喰らえ!!」
「ウギャッ!!」
自分で謝罪を要求しておいて、要求に答えた相手に電撃を重ねるその姿は、もはやどちらがシリアルキラーか分からない。
警部が「もういい、もういいから……」と、拳銃を収めるのも忘れて顔を引きつらせている。
「ここ?ここがいいんですか?」
「アウッ!!……ウヘッ!!……ヤベデ……そこだけは……」
ノアは、まるで高精度のセンサーで不純物を探り当てるように、犯人の一番ダメージが高い場所を正確に見極めていた。
太もも、腕と順に放電テストを行い、どうやら脇腹という「急所」に狙いを定めたらしい。
人権や慈悲といった概念をOSレベルで削除している彼女は、執拗にそこだけを狙って電極を押し当てている。
「アガ!!……イギ!!……ヤベデ……」
「なるほど、『嫌よ嫌よも好きのうち』と言いますからね」
『嫌よ嫌よも嫌のうち』という、絶望的な拒絶をただ強調しただけの新しい慣用句が生まれそうだ。
いや、それはもはや慣用句ですら無い。
ただ単に、被害者の「嫌」という苦痛のデータを冗長にしているだけだ。
ノアの辞書には「過剰防衛」という単語は索引すら存在しないらしい。
犯人はもはや涙と涎を垂らしながら、虚空を見つめて呟いた。
「アッ!……ウッ!……星が……星が見える……」
「奇遇ですね。私も☆が5つ見えます」
ノアは会心の笑顔で、脳内の「依頼人レビュー」を更新している。
「ノアくん、その星5つは幻想だ。
少なくとも4以下になる。
いや、もう3かもしれない」
「そうですかね」
ノアは気づかない。
背後で震えている容疑者たちの目が、「犯人が捕まった安心感」ではなく、「得体の知れない暴力装置への恐怖」に染まっていることに。
「今すぐスタンガンをやめれば☆4で済むかもしれない」
「ちぇー分かりましたよ。楽しいのに」
不満げに棒を犯人から離すノア。
あーあ、このセリフを聞いた依頼人のレビューは☆3だろう。
いや、☆2が妥当かもしれない。
「……あ、あの、ノアさん」
おずおずと声をかけてきたのは、今回の依頼人であり、被害者の実の弟でもある男性だった。
身内を殺された悲しみと、犯人への怒りに燃えていたはずの彼の顔は、今や幽霊でも見たかのように真っ白になっている。
「は、犯人を捕まえてくださったことには……その、感謝しています。
ええ、本当に。
兄も浮かばれるでしょう、多分……」
依頼人は、ノアの足元でピクピクと痙攣し、白目を剥いて「アブバ……」と呻いている犯人(元・凶悪殺人鬼)を、ひどく汚い物を見るような、あるいは「明日は我が身」と怯えるような複雑な目で見つめた。
「ですが、その……『楽しい』というのは、どういうことでしょうか。
今のバチバチという音、私の耳には兄の鎮魂歌ではなく、ただの拷問の効果音にしか聞こえなかったのですが」
彼はノアが手に持つ「絶縁型スタンガン棒」から、じりじりと距離を取る。
「それにその、さっき『ごめんで済んだら警察はいらない』とおっしゃいましたが……。
今の状況を見る限り、一番警察が必要なのは、この床で転がっている彼をさらに追い込んでいる『あなた』の方ではないかという気がしてきまして……」
「何言ってるんですか、効率的に無力化したんですよ。
それに劣勢からの大逆転。
どうでしたか。
ドラマチックだったでしょう」
ノアは、獲物を仕留めたばかりのハンターのような充足感を顔に張り付かせ、期待に満ちた目で依頼人を振り返った。
彼女の中では、犯人をスタンガンで蹂躙した今のシーンは、クライマックスを彩る最高級のファンサービスという計算だったらしい。
「ド、ドラマチック……?」
依頼人の男性が、引きつった声でオウム返しにした。
彼の視線は、ノアの背後で「アガガ……」と虫のように手足を震わせている異形に、釘付けになっている。
そこには推理小説のようなカタルシスなど微塵もなかった。
あるのは、圧倒的な「暴力」と「拷問」の残滓だけだ。
「……確かに、犯人は憎いです。
ですが、私が期待していたドラマというのは、こう……もっと言葉の刃で追い詰められ、犯人が罪を悔いて泣き崩れるような、そういう人間ドラマであって……!」
依頼人は必死に訴えた。
「はぁ?ちゃんと犯人は刃で追い詰められて、罪を悔いて泣き崩れたじゃないですか。
これが人間ドラマです!!」
ノアは、物理的な「刃」を突きつけられ、物理的な「電撃」によって無理やり謝罪に追い込まれ、要求通り謝罪したにも関わらず理不尽な電撃を食らい続け、生理現象レベルの涙を流して倒れている犯人を指差した。
彼女の辞書には、比喩表現という概念が存在しないらしい。
「いやいや……。
そういう一方的な電気ショックによる、強制シャットダウンではないんですよ!
私が言ったのは心の刃の話で……!」
依頼人は、もはや恐怖で涙目になりながら叫んだ。
一方、横で見ていた俺もこめかみを押さえて呻く。
「ノアくん……。
普通、ドラマチックっていうのは『絶体絶命の危機を、知恵と勇気で乗り越える』ことを指すんだ。
君がやったのは『圧倒的な物理兵器で、一方的に対象の神経系を焼く』ことだ。
それはドラマじゃない。
ただの制圧だ。
そのスタンガンを巻き付けている棒は『絶体絶命』というより『ただの絶縁体』だ。
むしろ危機なのは『知恵と勇気』かもしれない。
大体、さっきから君が言ってる『刃で追い詰められた』っていうのは、犯人が持ってたナイフを君が刃で弾き飛ばしたことだろう。
物理だよ。全部物理なんだよ」
「同じ事でしょう。
結果として、どんでん返しをしました。
格好良い方法でね」
どこがだ。
それは「どんでん返し」ではなく、ただの「ちゃぶ台返し」だ。
伏線を丁寧に積み上げて犯人を追い詰める知的興奮という名の「料理」を、彼女は『加熱すればいいんですよね?』と、超高電圧の電子レンジにぶち込んで、皿ごと炭に変えてしまったのだ。
格好良い?
床に転がって「アババ」と呻いている犯人を背景に、不格好な棒を持ってドヤ顔をする探偵のどこに美学を見出せばいい。
もしこれがミステリードラマの最終回なら、視聴者は感動の涙ではなく絶望のため息を吐くだろう。
そして、演出家の正気を疑う抗議の電話が、テレビ局に殺到するだろう。
ノアが続ける。
「これ以上のエンターテインメントがありますか?」
あるに決まっているだろう!
むしろ、これ「以下」を探す方が難しい。
読者が求めているのは、散りばめられたピースが一つに繋がる瞬間のカタルシスであって、物理的にピースを粉砕する瞬間の衝撃波ではない。
彼女は、ミステリーという繊細な舞台に対し、重機で乗り込んで更地にしてしまったのだ。
これをエンターテインメントと呼ぶなら、火災現場や衝突実験もすべて娯楽に分類しなければならなくなる。
最後にノアが決め台詞を吐いた。
「しかも今回は経費もあんまり使ってません!!
エッヘン!!」
本来なら鼻が高い様子を表す擬音であるはずの言葉を、ノアは堂々と、あたかも決め台詞のように発音した。
ドヤ顔で胸を反らし、ドヤ顔のまま微動だにしないその姿は、確かに一種の「様式美」ではあったが、あまりにも人間味が強すぎて、見ているこちらの背筋が寒くなる。
「……えっ、今『エッヘン』って口で言ったのか?」
依頼人が、恐怖と困惑が混ざり合った複雑な表情でノアを凝視した。
言葉の刃による論戦を期待していた彼にとって、目の前で繰り広げられたのは「物理的な拷問」と「擬音を喋る探偵」という、悪夢のようなシュールレアリスムだった。
「ノアくん……エッヘンは心の中でやるものだ。
口に出すと単なる記号なんだよ。
君の言う『人間ドラマ』は、視聴者が引くレベルの過剰演出なんだ」
「やれやれ細かいですね。
エッヘンと言うことで、私の気持ちを効率よく出力したんですよ。
ドラマチックでしょう」
彼女のOSにおいて「ドラマ」とは効率的なフラグ回収と同義であり、「気持ち」とは分かりやすくラベル付けされたデータでしかないのだろう。
依頼人は、ノアがスタンガン棒を再び「エッヘン」と言わんばかりの角度で構え直そうとしたのを見て、悲鳴に近い声を上げた。
「も、もういいです。
解決したのなら、一刻も早くお帰りください。
あ、いえ、追い出すわけではなく!!
これ以上、我が家で……その、バッテリーを消費されるのも申し訳ないので!!」
依頼人は身の危険を感じたのか、財布から札束を掴み出すと、それをひったくるように俺の手へ押し付けてきた。
領収書を渡そうとする俺の手を拒絶し、彼はまるで猛獣の檻から逃げ出すかのように、素早くリビングの隅へと退避する。
その目は名探偵を敬う眼差しではなく、凶器を手に「エッヘン」と笑う狂気から逃れたい避難者のそれだった。
案の定、事務所に帰る途中、車内にてスマホが鳴った。
通知画面に表示されていたのは無慈悲な評価だ。
評価:★★☆☆☆(星2つ)
犯人逮捕は迅速でしたが、探偵の倫理観が壊れています。
「これが人間ドラマ」と言いながら犯人を焼く姿は一生忘れません。
「……ほら見ろ、ノアくん。星2だ。
おまけに『倫理観の崩壊』って書かれてるぞ」
「せっかくドラマチックに解決したのに。
この人はセンスがないですね。
……次は『ジャジャーン』も追加した方がいいですか?」
俺は、さらに擬音が増える未来に絶望し、静かにアクセルを踏み込んだ。




