名探偵ノア1話 説明責任《アカウンタビリティ》という名の演算コスト
説明責任という名の演算コスト
ここは第三基盤世界 で、日本。
「…というわけで、犯人はあなたです!!」
会社内。
名探偵ノアのビシッとした格好良いセリフが決まった。
俺…つまり結城、警部、そして容疑者5人は固唾をのみ、歴史的瞬間に立ち会っているという高揚感でそれを見守る。
犯人は、自身の完全犯罪が崩された衝撃に、ただ唖然としていた。
「トリックは糸を使った典型的な仕掛けです!!
動機は多分、成果を奪われたことによる怨恨!!
以上!!解散!!」
「は?」
俺は耳を疑った。
推理小説ならここからが本番、重厚な「解決編」の開始合図のはずだ。
「ちょっとまてノアくん!!
いくらなんでもそんなのあんまりだ!!
詳しく話してくれ!!」
俺はその場に居た全員の――
被害者の無念を晴らしたい遺族、真相を知りたい刑事、そして誰よりも「自分の計算された犯行を称賛してほしい」犯人――の気持ちを代弁して、名探偵に抗議した。
そうだそうだ!!と、犯人(仮)を含む全員が、これまでにない奇妙な連帯感で頷いていた。
「以上!?異常なのはお前だ!!」
「横暴だ!!」
「反対!!」
「何が解散だ!!」
「犯人扱いは仕方ないが、せめてちゃんと理由を説明しろ!!
このままでは納得いかない」
中年で中肉中背…そう、その犯人(仮)が一番不満があるようだ。
自尊心を挫かれた秀才が、必死に自分のアイデンティティを再定義しようとしている。
もはや自分が犯人だとバラしているような気がしないでもないが、この「結論の丸投げ」という異常事態では、それも致し方ない。
「ノアくん、全員こう言っている」
問い詰められたノアは、観念したようだ。
「分かりました!!説明します!!」
全員がほっと胸をなでおろした。
やれやれ、これで「物語」が正しく機能する。
ところが、彼女が放った「説明」は、さらなる絶望の加速だった。
「糸はこっち!!ほら跡が残ってますね!!以上!!解散!!」
「ふざけるな!!せめて密室だと言え!!前提を無視するな!!」
犯人(予定)が、もはや「犯行がバレたこと」よりも「形式美を無視されたこと」に、ATとしての矜持を傷つけられ激怒している。
「密室なんて言われなくても分かる話でしょ。
なんでいちいち説明しないといけないんですか。
面倒くさいですね」
ノアの暴言は止まらなかった。
彼女にとって「誰もが知ってる、密室という前提」をあえて宣言する行為は、演算リソースの無駄遣いで、二度手間でしかないのだ。
「時間を言え!!時間を!!」
犯人(予定)はもはや、自分のアリバイ工作がどう評価されていたのかを求めてブチギレている。
「時間は3時くらい!!以上!!解散!!」
「おい!!『くらい』とは何だ『くらい』とは!!」
「そんなの知らないですよ。
あなたはいちいち『今の発言は何時、何分、何秒、地球が何回回った時?』って聞くんですか?
あなたは小学生ですか」
「それとコレとは話が違うだろ!!
そもそもこういうのはトリック、時間、日にち、動機、心情まで説明して俺の暴走を止めるまでがセットだろ!!
飛ばすな!!
お前はそれでも探偵か!!
逃げるな!!」
逃げなかったら困るのは自分だという因果関係すらパージして、犯人(予定)は叫ぶ。
彼は「探偵が自分を完璧に理解し、救済してくれる」というAT特有の甘い幻想に依存している。
「なんであなたの心情を知らないといけないんですか。
なぜその日にちを選んだ?
なぜその時間?
知らないですよ。
極めてどうでもいいですね。
そんなのは探偵でなくて警察の役目でしょう。
私はあなたのカウンセラーでも精神医でもなんでもない。
あなたもそう思いませんか警部」
突然ふられた警部は、警察組織という「マニュアルの権化」の代表として困惑した。
「い、いや理屈はそうなんだが……
君はこういうことを暴くのが好きなはずだ。
知的好奇心というやつが……」
「じゃあ、あなたは解いたなぞなぞをいちいち人に説明するんですか?
狼とヤギとキャベツの川渡り問題なんて、解いた時点でおわってるでしょう。
正解までは楽しいけど、説明するのは面倒。
それともあなたは解いたなぞなぞを延々朗読するのが好きなんですか?」
それを犯人(予定)が遮って反論する。
「す、好きな人間も居るはずだ!!
解説を聞かせてスッキリしたいという……」
「そうかもしれませんね。
でも全員じゃないです」
「……」
ノアの言葉は冷徹な「真理の斧」として、全員の期待を切り裂いていく。
「大体ですね。
あなた、自分だけが持っている辞書を読み上げるとしましょうか。
面倒じゃないですか」
「……そ、そうかもしれないが」
犯人(予定)が、別の意味で動揺している。
彼もまた、社内マニュアル作成などの「無価値な言語化」に苦しんだ記憶があるのだろうか。
「あなた学校で自分が指さされて教科書を読み上げる姿を想像してみてくださいよ。
しかも単語の意味をいちいち聞かれる。
『池って何?』
『池あは水が溜まった場所のこと!!』
『沼は?』
『沼は底にヘドロが溜まってる!!』
『池は何センチで池認定されるの?池と沼の違いは』
知らない!!ってなりませんか?」
「うう……確かにその通りだ……」
犯人(予定)がうろたえている。
彼の脳内で、ノアの提示した「説明責任という名の地獄」をリアルにシミュレートしてしまった。
「大まかなネタバラシまでは確かに楽しいですが、そんな辞書の単語いちいち答えるの面倒じゃないですか?
ぶっちゃけあなたがたは探偵に夢見すぎです。
こんなの面倒くさいに決まってるじゃないですか。
現実を見てください現実を。
実際に私たち探偵が楽しめるのは事件解決するところまで!
貴方がたは細かいネタバラシが楽しいんだろうけど、私たち探偵にとって楽しいピークは犯人指定と大まかなトリックまでなんですよ!!
グラフで言うとあなたがたは尻上がり、私たちは山なり!!」
「……うう、そうだな……」
犯人(予定)はガクッと膝をついて認めている。
いや、認める点がおかしくないか?
「俺がやった」と認める前に、「説明するのが面倒なのは、万国共通の苦しみである」という一点において、探偵と犯人の間に奇妙な論理的共鳴が起きてしまった。
「いいですか?
パソコンのことは何でも知ってると思われてトラブル認定係に任命されるのと一緒です。
どこをクリックすればどうなるかなんて明白でしょ。
でもそれをいちいち分からない人向けに言語化してマニュアルにするのって、死ぬほど面倒じゃないですか。
ここを押せばウェブサイトが出て。
検索エンジンの窓をクリックして。
Sという文字をタイプして。
Aという文字をタイプして。
ほら、どんどん作業感が増す」
その光景を想像した犯人(予定)は、身に覚えがあるのか思わず激しく震えていた。
かつてIT部門でユーザーの初歩的な質問をさばき、精神を病んだことがあるのかもしれない。
「うう……やめてくれ。
これ以上オレの心をえぐらないでくれ。
あの……『再起動ってどうやるの?』って1日30回聞かれた日々を思い出して吐き気がする……」
その犯人を見て気分が良くなったのか、ノアは更に追い打ちをかける。
「『Sという字はキーボードのどこにあるの?』
『そのSというスイッチはどんな材質でできてるの?』
とかいわれたら、
『場所なんて見れば分かるでしょ!!』
『材質?自分で調べてください!!』ってなりませんか」
「なる……たしかになる」
周囲の容疑者たちも、犯人(予定)に同情の目を向けていた。
今やこの部屋には「犯人と探偵」はおらず、「自分の知性を低レベルな説明に浪費させられる労働者たちの悲哀」だけが充満していた。
「だって私もSのスイッチがどんな材質でできてるかなんて知らないですし。
調べるしかないでしょう。
面倒。
それと同じ。
探偵が犯人の心情や行動を完全に理解できるわけないじゃないですか。
そこから先は推測するしかない。
その作業って面倒くさくないですか。
いちいちネットの検索エンジン使ってSの材質調べさせられる労力を考えて下さいよ。
犯人の幼少期のトラウマなんて知りませんよ。
『自分で調べろ』ってなりませんか」
「なる……確かになる……」
もはや、俺や犯人(予定)を含む全員がウンウンと深く頷いていた。
そこまで長々と説明するくらいなら、文句言ってないで事件の説明を先にしてくれよ、と思わなくも無かったが。
「あなた達はネット検索する時、検索エンジンのこのプログラムはこうだ!
おそらくこういう検索ルーチンを使ってる!
サーバーの場所は多分あそこ!
電気消費量はコレ!!
なんていちいち思わないでしょう。
この小説に使われている紙の素材は!
どういう工程で紙が作られてるか!
知らない知らない知らない。
犯人の動機なんて、興味がある人間が勝手に調べればいいことです。
そもそも、ほっといても勝手に警察か弁護士がやる作業を、なぜ私がやらないといけないんですか。
それでもやれというなら追加のお金をくださいよ、お金を。
私はボランティアでこの仕事をやってるんじゃないんですよ?
探偵は聞いたら何でも答えてくれる万能の検索エンジンでもなければ、あなたがたのお母さんでもありません!!」
犯人(予定)は、ノアの放った「効率」という名の究極の論理に、完全に観念したようだ。
「うう……すみませんでした!!
俺の動機や心情を、検索エンジン代わりにあなたに吐き出させようとした俺が甘かったです……!!」
その犯人(決定)の絶望し、悟りを開いた顔を見たノアは、これまでにない、すべてを超克したドヤ顔をしていた。
「分かればいいんですよ。
これからは自分で調べてくださいね」
「はい、自分で調べます。
……俺が何故殺したか、俺自身で深い内省(検索)を行い、取調室で警察官に報告(出力)します……」
犯人(決定)は清々しいほどにうなだれていて、警部が「そうか、自分で調べるか、偉いな」とよしよしと背中をさすっていた。
俺だけが、「いや、自白のプロセスすらもセルフサービスかよ」と、突っ込む気力すら失って立ち尽くしていた。




