●37
俺はサヴィニアに向かってにっこりと微笑んだ。
当然、この微笑みの奥には怒りが渦巻いている。
「研究室を壊しに来た? 君たちは、この素晴らしい研究を横取りするつもりなのか?」
「素晴らしい研究って……本当にそんなことを思ってるのか?」
サヴィニアの言葉を聞いたサイラスが、静かながら怒りに満ちた声を出した。
しかしサヴィニアはサイラスに怯むことなく告げた。
「当然だろう! こんなに素晴らしい研究は他に無い!」
強がりでも何でもなく、サヴィニアは心からそう思っているのだろう。自身の理論を熱弁し始めた。
「人間とモンスターの融合体が誕生すれば、人間とモンスターは隣人になることが出来る。お互いに誠意をもって接することが出来る。これまでのような、一方的に人間がモンスターを蹂躙する関係ではなくなるのだ!」
「融合体が生まれたくらいで、そんなことになるわけがないだろ」
「なるのだよ! 人は身近な存在には優しく接することが出来る。だからモンスターがもっと人間にとって身近なものになれば!」
「人間が身近な存在に優しく出来る生物なら、どうして人間同士で戦争をするのでしょうね」
独自の理論を熱弁するサヴィニアに、オリビアが冷たい声で告げた。
「それは……完全に戦いが無くなるわけではないかもしれない。だが、今までのように、一方的にモンスターの住処へ行って痛めつけるようなことは無くなるはずだ!」
「人間には、他の国へ行って一方的にその国の民を蹂躙してきた歴史があるのに?」
「歴史は歴史だ。所詮は過去の出来事なのだ! 融合体が生まれれば未来は明るい!」
「敵対する二国の人間のハーフが生まれたことで、国と国との関係が変わったことがありましたか?」
オリビアの問いに、サヴィニアは応えなかった。
「自分で言っていて、あなた自身も矛盾に気付いているのではありませんか?」
無言になったサヴィニアを、オリビアは逃さない。まっすぐにサヴィニアを見つめて、目を逸らさずに告げた。
「ハーフが生まれたごときで、世界は平和にはなりません。それだけで平和が得られるのなら、この世界はとっくに平和です。そうではないから、わたくしたちは平和について考え続けなければならないのです」
「うっ」
「人間とモンスターのハーフが生まれれば、諍い(いさかい)が無くなるというのは、机上の空論……いいえ。机上でさえおかしいと気付く愚かな理論ですよ」
「ううううるさいうるさい! 人間にそのような歴史があったとしても、あったからこそ、私たちは学ぶことが出来た。だから今後は繰り返されない。人間とモンスターは友になることが出来る!」
痛いところを突かれたからだろう。サヴィニアが唾を飛ばしながら叫んだ。
「昔、冒険者の護衛を雇ってダンジョンに潜ったことがある。しかしダンジョン内で護衛とはぐれてしまい、私が途方に暮れていると、一体のモンスターが私を護衛のところまで連れて行ってくれた。彼らは本来、親切で優しい存在なのだ!」
「それが人間とモンスターを仲良くさせたい理由か」
人間の中でも、大多数の人間とは違う行動を取る人がいる。きっとサヴィニアは、そういう一般とは違う外れ値のモンスターと出会ったのだろう。そしてその外れ値を、本来のモンスターの姿だと思っている。そんなことはないのに。
とはいえ、そのように考えること自体は自由だ。他者を巻き込み犠牲にしないのであれば。
「これ以上、人間によってモンスターが傷付けられることがないよう、人間とモンスターを繋ぐ存在が必要なのだ! 友好の証となる存在が!」
「友好の証が融合体? 笑わせるな。ギャグのつもりか?」
「無理やり融合体にさせられたのに、人間とモンスターの架け橋になど、なろうとするはずがありません」
「なるのだよ! そのように教え込む!」
俺たちに何を言われても独自の理論を曲げようとしないサヴィニアに、ミルカちゃんが呆れた声を出した。
「なにそれ。洗脳するってこと?」
「洗脳ではなく事実だ。融合体になれることは素晴らしい栄誉なのだ。融合体は、人間とモンスターの架け橋になる、貴重な存在なのだから。そのことを、しっかりと教え込むのだ!」
これ以上、この件について話し合っても時間の無駄だろう。
サヴィニアは自身の理論に雁字搦めにされている。何を突き付けられても、考えを変えるとは思えない。
「……ギルドが融合体を軍事利用しようと企んでることは知ってるのか?」
そこで俺は、別の話題を出してみた。
融合体の研究にはギルドが一枚噛んでいる。そっちも放っておくことは出来ない。
「それはお前の憶測だろう」
「いいや、さっき本人たちから聞いたよ。この融合実験に関わってる、ギルド上層部の五人から」
「……本人たちがそう言ったのか?」
「言ったぞ。これはカマかけなんかじゃない。しっかりとこの耳で聞いた」
俺の言葉に、サイラス、ミルカちゃん、オリビアも頷いた。
俺たちはギルド上層部を一度『アイテム圧縮サック』から取り出した際に、この件について尋問をしたのだ。
最初は口をつぐんでいた彼らも、最後にはすべてを白状した。融合体を軍事利用しようとしていたことも、ダンジョン内で発見された融合体の情報を握り潰していたことも。
そしてギルド上層部の思惑やしてきた行為を知ると同時に、俺は知ることになった。サイラスの尋問がどれほど恐ろしいのか、を。
「……やはりそうか。そんな気はしていた」
協力体制だったはずのギルド上層部の思惑を聞いても、サヴィニアは動揺しなかった。それどころか先程よりも感情が落ち着いたように見える。
「そんな気はしてたって、放っておいていいの!?」
「融合体が民衆に受け入れられたら、そんな暴挙は民衆が止めるだろう」
ミルカちゃんの質問に、サヴィニアが淡々と応えた。
あまりにも他力本願だ。
「お前のせいで融合体は生み出されたのに……民衆が止める、なんて他人まかせだな」
俺と同じことを思ったらしいサイラスが、サヴィニアをにらんだ。
「民衆が止めようとしても、ギルドは止まらないと思うぞ。ギルドは絶大な力を持ってるんだから」
「……それならそれで、別にいい」
「はあ!?」
今にもサヴィニアに掴みかかろうとするミルカちゃんの肩を押さえた。気持ちは分かるが、今サヴィニアを気絶させるわけにはいかない。彼とはまだ話しておかないといけないことがある。
「あんたはモンスターのために動いてるんでしょ!? 別にいいって何!?」
ミルカちゃんはサヴィニアに掴みかかる代わりに、大声で怒鳴った。
それに対してサヴィニアが微笑む。
「明るい未来のためには、必要な犠牲もあるということだ」
ベネディクトが言っていた通りだ。サヴィニアの想いは、現在ではなく未来にばかり向いている。
「子どもの犠牲の上に成り立つ未来なんて、わたくしはごめんです」
「君の気持ちなど知ったことではない」
「……これ以上、話をしても無駄なようだな」
俺は大きく深呼吸をしてから、サヴィニアの前に立った。
「サヴィニア。これだけは言っておく」
そしてもう一度大きく息を吸い、一気に吐き出す。
「メスガキ様はわからせるものでも、ましてや実験に使うものでもない!」
サヴィニアが呆気に取られた顔をしているが、それでも俺は続ける。
「未来を担う彼女たちは、大事に愛でて崇めるべき存在だッ!!!!!」




