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「やめてくれ! それらは大切な資料なんだ!」
「そうだ。この研究にどれだけの金と時間が掛かったと思ってるんだ!?」
「お願いだ。すべてが魂のこもった研究資料なんだよ!」
燃やす気満々で資料を手に取ったサイラスに、研究員が懇願した。
しかしサイラスは涼しい顔をしている。
「知らないよ、そんなこと」
サイラスの近くにいた研究員の一人が、縛られたせいで芋虫のようになりながらサイラスの足にくっついた。
「どれも貴重な資料なんです。そうだ、その資料を売ったら大金が手に入りますよ!? 燃やすくらいなら売ってください!」
彼は、最悪資料が自分の手元に無くてもいいから、研究成果をこの世に残しておきたいのだろう。
だが、そんなことを許す俺たちではない。
「俺たちは金に困ってるわけじゃないんだ」
「じゃあどうして!?」
「聞かないと分からないのかよ。完全に倫理観がおかしくなってるな」
サイラスは嫌悪感に満ちた顔でそう言うと、足を左右に動かして男を振り払った。
「と言うか、今さらだが。この前の誘拐犯のように気絶はさせなかったんだな、サイラス」
「こいつらにトドメを刺すのは俺の役目じゃないからな」
「……そうだな」
こいつらへのトドメは、急に現れた俺たちが刺すべきではない。トドメを刺すべきなのは……。
「おっと。そろそろだな」
研究室内に掛けられている時計を見て、ハッとした。
もうすぐ約束の時間になる。
「そろそろ協力者が黒幕を研究室に連れてきてくれるんだったか」
俺が時計を見ていることに気付いたサイラスが、ランプの炎で資料を燃やしながら言った。
「ああ。研究室近くの廊下を掃除してたら研究室内から口論が聞こえてきた、って報告をしてもらう手筈になってる。叫び声や戦闘の音がしたなんて言ったら、大勢で来ちゃう可能性があるからな」
「なっ!? ダメです、サヴィニア様!」
俺の言葉を聞いた研究員の一人が叫んだ。叫び声でサヴィニアに研究室内の異変を知らせるつもりなのだろう。
「おいおい。俺たちの完璧な計画を狂わせようとするなよな。そろそろお口にチャックをしてもらおうか」
「んぐっ!?」
俺は研究員の白衣の一部を破ると、その布を研究員の口の中に入れて縄で縛った。これでもう喋ることは出来ないだろう。
「完璧な計画なんてよく言えるよねぇ。研究室内が水浸しになることを考えてなかったくせに。でも計画を狂わされるのは私も嫌だなぁ」
俺の作業を見たミルカちゃんが、俺の真似をして他の研究員の口もふさいでくれた。研究室内にうーうーという呻き声が充満する。きっと扉の外から聞いただけでは、機械の稼働音程度にしか聞こえないだろう。
そうこうしているうちに、扉の外から足音が聞こえてきた。ベネディクトがサヴィニアを連れてきたのだろう。
すぐに扉のカギがガチャリと音を立てる。ベネディクトのカギは俺が持っているから、サヴィニアのカギを使用して開けたに違いない。
なお研究員が逃げ出さないように、扉に掛けていたオリビアの魔法はすでに解かれている。だから現在はカギさえ開ければ誰でも研究室内に入ることが出来るのだ。
めちゃくちゃに荒らされた、研究室内に。
「何だこれは!?」
扉を開けたサヴィニアは、研究室内の様子に驚きの声を上げた。
パッと見ただけでも、水槽が割られて中の子どもたちが救出されていることが分かる。そして足元を見れば、研究員たちが縛られて床に転がされていることにも気付くだろう。
「何をしているのだ、君たちは!」
サヴィニアが研究室内の荒れ模様に注目している間に、同行していたベネディクトが俺にアイコンタクトを送ってからそっと研究室を出て行った。
ベネディクトも研究室内に残るものだと思っていたが、まあいいか。ベネディクトの有無はこの作戦に何の影響も及ぼさない。
扉が閉まったことを確認したオリビアが、また扉に魔法を掛けた。これでサヴィニアも、この研究室内から簡単には出られない。
ベネディクトとサヴィニアの顔をオリビアは知らないが、研究室を見たときのサヴィニアの反応と、俺にアイコンタクトを送ったベネディクトの対応を見て、ベネディクトの方が俺たちの協力者だと判断したのだろう。だからベネディクトの退出には何も言わず、その後に扉に魔法を掛けたに違いない。二人の判別、大正解だ。
「君たちはいったい誰だ!?」
「初めまして。俺たちは、この研究室を壊しに来た者だよ」




