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姿隠しの魔法を掛けた俺たち四人は、サヴィニア邸の庭を抜けて研究室のある棟の前までやってきた。
「この屋敷に人体実験をしてる研究室があるのね?」
「ああ」
俺は屋敷の窓を一つ一つ触っていき、窓が開くかを確認した。すると一つの窓だけカギが掛かっておらず、簡単に開いた。
「この窓から入ろう」
「屋敷の中では姿隠しの魔法が効かないんだよね? 研究室近くの廊下の窓が開いてて助かったね」
「でもアデルバートはどうしてここの窓のカギが開いてるって知ってるんだ?」
さっさと侵入準備を整える俺を、三人が不思議そうに見つめている。しかしこれはとても簡単な話だ。
「もしかして屋敷の中に協力者がいるのですか?」
オリビアがその可能性に思い至ったらしく、正解を口にした。
「まあな。ただ協力者は廊下の窓のカギを開けておくことしか出来ないと言ってたから、人払いまではしてないと思う。基本、屋敷の使用人は研究室に近づかない決まりになってるらしいが、万が一ということもある。人目には気を付けよう」
協力者であるベネディクトはただの掃除夫とのことだから、窓のカギを開ける以上のことが出来ないのは承知している。むしろ窓のカギを開けてくれただけで十分にありがたい。
ちなみにベネディクトは、屋敷の使用人が近づいてはいけない研究室付近の廊下の掃除と、失敗作とされた融合体の移動を主な仕事としているらしい。そのため融合体の秘密は知っているものの、勝手に研究室内に入ることは許されていない。研究員に呼ばれた場合のみ、研究室から融合体を運び出したり、研究室内の掃除をするのだとか。
「みんな、音は立てないようにな」
窓から屋敷内を覗いてから三人に言った。
「そんなにビクビクしなくても基本使用人はこの棟に近づかないんでしょ? イレギュラーなんてそうそう起こらないから大丈夫じゃない?」
「そういう油断が計画を狂わせるんだぞ」
楽観的なミルカちゃんにサイラスがぴしゃりと告げた。
その通り、決行日に限ってイレギュラーが起こったなんて事例はいくらでもある。用心するに越したことはないのだ。
「静かに素早く侵入しましょう」
俺たちは順番に窓から屋敷内に侵入した。屋敷に入ったメンバーから姿隠しの魔法が消えていく。
「全員侵入したな」
俺が確認をすると、サイラス、ミルカちゃん、オリビアが頷いた。
三人を見ながら真正面にある扉を指差す。
「あれが研究室の扉だ」
俺はポケットにしまっていたカギを取り出した。このカギはベネディクトが昨夜、作戦のために貸してくれたものだ。
もし今日研究室内の掃除を頼まれたらカギを失くしたことにする、と言っていたが、どうなっただろう。日中に研究室の掃除を頼まれることはまれだから大丈夫だろうとも言っていたが。イレギュラーが起こっていないことを祈る。
「それも協力者から?」
「そうだ。カギを開けたら一気に扉を開く。覚悟は良いか?」
全員の瞳に、これまで以上に真剣な色が宿った。
いよいよ作戦本番だ。
「マジかよ」
「なにこれ」
「酷すぎます」
扉を開けると、そこには数日前に俺が見たのと同じ光景が広がっていた。違うのは、研究室内に八人の研究員がいることだ。彼らは書類とにらめっこをしながら議論を交わしている。ベネディクトから聞いていた研究員の人数も八人。今この研究室内には研究員全員が揃っている。
しかし俺が研究員の人数を数えている間、サイラス、ミルカちゃん、オリビアの目は、研究員ではなく子どもたちの入った水槽に釘付けになっていた。
水槽に入れられた子どもたちは、酸素マスクを付けながらモンスターの羊水の中に浮かんでいる。誰も彼もが自身の状況を理解することもないまま、静かに眠っているのだ。
「どちら様ですか。屋敷内で迷ったのでしょうか。ここは研究室です。お引き取りください」
俺たちの存在に気付いた研究員の一人が立ち上がり、俺たちのことを研究室から追い出そうとした。
だがその前に、俺たちに近づこうとした研究員の腕を別の研究員が掴む。
「待て。迷ったのだとしたら、扉のカギを開けられるのは妙だ」
その言葉を聞いた研究員は俺たちに近づくことをやめ、一歩、また一歩と後ずさった。
「お前たちは一体……」
「魔法を掛け終わりました。これで扉は開きません」
そのとき、研究室の状況に愕然としつつも自分のやるべきことを確実にこなしたオリビアが告げた。
この言葉に研究員たちの顔が引きつる。
「何をした!?」
「逃げられないように、扉に魔法を掛けただけです。窓はまだ開きますが、窓からの脱出はお勧めしません。窓に身体を押し込んでいる間に攻撃をされてしまいますからね」
「逃げられないように……どういう意味だ!?」
「すぐに分かりますよ」
研究員がオリビアに注目している間に、ミルカちゃんが机に散乱する書類の一枚を手に取った。
「研究資料って、これ?」
「おい、それは!」
研究員がミルカちゃんから書類を取り返そうとしたが、易々と取り返されるミルカちゃんではない。それどころか机に散らばった書類を次々と手にしていく。
慌てた研究員たちが机の上の資料を自身のもとへとかき集める。
「見つけた資料は片っ端から燃やしていこう。最後にすべてを燃やすにしても、一つ一つ確実に燃やした方が安心できる。何かの下敷きになって燃え残る可能性があるからな」
俺の言葉を聞いた研究員の一人が、取り出した杖を俺たちに向けた。
「そんなことはさせない!」
しかしそんなものは脅威でも何でもない。俺たちは研究員ごときに遅れを取るような実力ではないからだ。
「威勢のいい研究員がいるみたいだぞ」
「戦いは私たちの得意分野なのにね!」
「資料を処分している最中に、邪魔をされたり隠されたりすると困りますから、まずは研究員を倒しましょうか」
サイラスとミルカちゃんはいつも通りだが、オリビアがこういった発言をするのは珍しい。
「今日のオリビアはいつになく好戦的だな」
「こんなものを見せられてしまっては、資料を燃やすだけでは怒りが収まりませんから」
オリビアが言っているのは、水槽に浮かんでいる子どもたちのことだろう。
当然だが、あれを見て怒りを感じているのは俺だけではないようだ。
「まずは研究員を倒すという意見は合理的だな。全員縛ってから資料を燃やそう」
俺たちが戦闘態勢を取ると、先手必勝とばかりに先程の研究員が魔法を放った。それに続いて他の研究員も攻撃魔法を放つ。
しかしそんなものが効く俺たちではない。
「そのような魔法は簡単に破れます!」
オリビアが防御魔法を張って、飛んでくる攻撃魔法を弾いた。そして相手の攻撃の隙をついて防御魔法から飛び出したサイラスとミルカちゃんが、研究員に向かって突っ込む。
「そもそも魔法は当たらなければ意味がない!」
「へへーん。当てられるもんなら当ててみなぁ!」
研究員がサイラスとミルカちゃんに向けて攻撃魔法を放つが、二人は飛んできた魔法を見切って避ける。普通ならそんなことは不可能なはずなのだが、サイラスとミルカちゃんに普通は通用しない。二人とも獣のような動体視力で魔法を避け続ける。
そして研究員のもとに辿り着いた二人は、研究員に向かって拳をお見舞いした。
「これでも食らえ! ……って、え。一撃でノックアウト? これは体術で倒すのが早いかもな。研究室にこもってるせいか貧弱みたいだ」
「いや、サイラスを基準にしたら誰だって貧弱だよ」
「私を基準にしても貧弱だと思うな」
「ミルカさんも普通の鍛え方ではありませんから」
そんな会話をしながらも、サイラスとミルカちゃんは次から次へと研究員に拳と蹴りをお見舞いしている。痛そうな打撃音と研究員の呻き声が研究室内に響く。
「……俺、倒れた研究員を縛る係になろうかな」
「わたくしもその係になります」
戦闘に加わる必要が無いと判断した俺とオリビアは、研究員を縛るための縄の準備を始めた。




