●30
「う、うぐっ…………」
叫びを、無理やり飲み込んだ。
目の前にはあまりにも壮絶な光景が広がっていたのだ。
後ろから扉の閉まる音とカギを閉める音が聞こえてきた。閉じ込められたのかと横目で確認をすると、ベネディクトは誰かが入ってこないように扉を閉めただけのようだった。
「酷いものでしょう?」
ベネディクトが溜息交じりに呟いた。
ベネディクトの反応はあまりにも薄い。慣れのせいで心が死んでしまったのか、それとももともと心の動きにくい性格なのか。
どっちだったとしても、一つ言えるのは。
「お前のパーティー入りの話はやっぱり無しだ。これを見てなおサヴィニアに協力してるようなやつとは、一緒に行動できない」
「でしょうね。僕でもそう言うと思います」
俺たちの目の前に広がっているのは、いくつもの水槽だ。
水槽の中にはそれぞれ子どもたちが浮かんでいる。
「水槽の中を満たしている液体は、モンスターの羊水です。ここにはモンスターの細胞に適合した子どもたちが入れられています。融合実験前最終段階の子どもたちと言い換えてもいいでしょうね」
「……他の子どもたちは?」
「最終段階に入る前までは、屋敷内で普通に暮らしていますよ。普通に暮らしつつも、少量ずつモンスターの細胞を体内に入れられてはいますけど」
先程は叫び声を出さないようにするために口を押さえたが、今度は吐かないようにするために口を押える羽目に陥った。
こんなもの、一秒たりとも見ていたくない。
「……ベネディクトはよく平然としてられるな。尊敬するよ」
皮肉を込めてそう言うと、ベネディクトが困ったように眉を下げた。
「最初は僕もアデルバートさんみたいな反応だったんですけどね。この屋敷にいるうちに、僕は狂ってしまったのかもしれません」
二度と見たくなかったが、もう一度水槽を眺める。
子どもたちの浮かぶ水槽を。
「これは、現実なんだ。直視しないと。大人として、目を背けちゃいけない!」
俺はメスガキ様が好きで、たぶんこの世の誰よりもメスガキ様を愛していて。実のところ、メスガキ様だけではなく、少年のことも好きで。
要は、子どもが好きで。
だから子どもにはどこまでも調子に乗ってほしくて、生意気な態度を取ってほしくて。自分が世界の中心だと思うくらいには、自分に価値があると思ってほしくて。
……ああ、そうか。
俺は、何者にでもなれる、可能性の塊である、未来の象徴である、そんな子どもを、眺めることが好きなのだ。
子どもを愛することは、この世界の未来を愛することだから。
今どん底にいたとしても、未来ではそうではないかもしれないから。
一人で塞ぎ込んでいた俺が、親父と本音で語り合えるようになったり、一緒に冒険をする仲間と出会うことが出来たように。
時として、未来は素晴らしい。
だから俺は、子どもという未来に希望を見たいのだ。
きっとそれが、アデルバートという人間なのだ。
どこにでもいる、ありふれた……。
「ああっ、そんな!?」
しっかりと見たことで水槽の中によく知る顔を見つけた俺は、膝から崩れ落ちた。
水槽には、孤児院でよく一緒に遊んでいたうちの一人、ジャスミンが浮かんでいたのだ。他の水槽にも、孤児院で目にしていた子どもたちの姿がある。
「みんな……こんな姿で会いたくなんかなかった……」
膝をついたまま水槽を眺め続けていると、ベネディクトが水槽の並んだゾーンを通りすぎ、一つの扉の前に立った。
「このまま水槽を眺めて朝を迎えますか?」
「……この研究室には、他に何があるんだ」
もう俺の精神はいっぱいいっぱいなのに、これ以上の悲劇が待っていると言うのだろうか。
俺が絶望の目でベネディクトを見つめると、彼は困ったように頬をかいた。
「研究室の奥には、子どもを腹の中に入れたモンスターがいますよ。融合実験中の。そこの水槽からさらに実験が進んだ状態の子どもたちですけど、見た目の刺激は少ないかもしれませんね。外側はただのモンスターですから」
俺たちのパーティーがダンジョンで出会った例のモンスター、そして先程ベネディクトがダンジョンに放ったモンスター。この先には、その状態の子どもたちがいるということだ。
「ポピー……」
やはりあのとき出会ったモンスターはポピーだったのだろうか。
それに最初に出会ったモンスター。あのモンスターは「ダア」と叫んでいた。あれは「ダリア」と言いたかったのではないだろうか。
孤児院の子どもたちは、自分を主張するために、自分自身のことを名前で呼んでいたから。
「俺は、あの子たちを……」
救えなかった。
あんなに仲良くしていたのに、救えないどころか、俺は彼女たちから逃げてしまった。
「……俺にメスガキ様を語る資格は無いな」
少しでも気分を上げようとおどけてみたものの、楽しい気分になれるわけがなかった。
俺はあの子たちに何をしてあげられたのだろう。あの子たちはどうなってしまったのだろう。
……モンスターの行く末など分かり切っている。冒険者に殺されるのだ。
こんな現実、見たくなんてなかった。
「……でも、見るよ」
同じ大人の不始末は、大人が片を付けないといけないから。目を逸らしてはいけないから。
こんな研究所を残しておいてはいけない。子どもに片付けさせてはいけない。
未来に残らないように、俺が、ぜんぶぶっ壊す。




