●14
(1)
早起きの小鳥が鳴いているものの、まだ空が薄暗く早朝と呼んでいい時間。自宅の扉を叩く音で起こされた。
「こんな時間に誰だよ」
どれだけ待っても扉を叩く音が止まないため、渋々起き上がる。どうせ俺の都合を無視して突撃してくる親父の来訪だろう。親父は年々俺に対する遠慮が無くなってきて困る。
いい加減にしろ、時間を考えろ!と怒鳴りつけてやる。そう意気込んで扉を開けると、扉の前に立っていたのは親父ではなく若い女性だった。
「ええと……誰ですか?」
予想外の人物の登場に硬直する。
どこからどう見ても綺麗なお姉さんだ。百パーセント、親父ではない。
「こんな時間に申し訳ありません。私はガブリエラの母親です」
「ガブリエラの……?」
言われてみると、この女性がガブリエラと一緒に歩いているところを見たことがあるような気がする。ガブリエラには美人のお姉さんがいるんだなあと思っていたが、まさかガブリエラの姉ではなく母親だったとは。
「あの、ガブリエラはこちらにお邪魔していませんか?」
「えっ? 来てませんよ。ガブリエラがどうかしたんですか?」
「あの子が帰って来ないんです。昨日からずっと……」
ガブリエラの母親はそこまで言うと、扉の前で泣き始めた。
「昨晩から夫とともに衛兵の方やギルドの方にも探していただいているのですが、まだ見つからず……昨晩はもしガブリエラが家に帰ってきた際に、家に誰もいないと困るからと自宅で待機をしていたのですが、もう居てもたってもいられなくなりまして……」
ガブリエラの母親は徹夜でガブリエラの帰りを待っていたのだろう。そして泣きもしたのだろう。目が赤く腫れぼったくなっている。
「近所には夫が昨晩聞き込みに回ったらしいのですが、アデルバートさんの家は留守だったと聞きまして。申し訳ないとは思いつつ、こうして早朝にお尋ねしたのです」
「あー、昨日は夜遅くまで飲んでたので……こちらこそ間が悪くてすみません」
昨晩の俺は、孤児院から帰った後、パーティーメンバーと合流して夜遅くまで一緒に酒を飲んでいた。もちろんミルカちゃんだけはノンアルコールのジュースを飲んでいたが。
この飲み会のせいで、俺の家に聞き込みに来たガブリエラの父親とは会うことが出来なかったのだろう。
「ガブリエラはどこへ行くのかを告げてないんですか?」
「はい。遊びに行ってくるとだけ言っていたので、てっきり近所で友人と遊んでいるものだとばかり……」
「そうですか……昨晩の聞き込みで何か成果はありましたか?」
「それが、ガブリエラが男の人と二人で歩いているところを見たという目撃証言がありまして。もしかするとその男の人というのはアデルバートさんのことではないかと思ったのですが……」
残念ながらその男は俺ではない……って、あれ。これってもしかして俺が誘拐犯だと疑われてる!?
待ってくれ、誤解をしないでほしい。
俺はメスガキ様が大好きだが、大好きゆえに、節度を守って愛しているのだ。
誘拐なんて、そんな卑劣な真似は断じてしない!
「俺は昨晩、パーティーメンバーと一緒に夜遅くまで飲んでました。必要であれば一緒に飲んだメンバーを連れて来ましょうか!? 俺の仲間だと口裏を合わせるかもしれないと思うのでしたら、酒場の店主に聞いてください。店で俺が飲んでたと証言してくれるはずです」
俺の言葉を聞いたガブリエラの母親は、そういう意味ではないと顔の前で大きく手を振った。
「アデルバートさんを疑っているわけではないのです。ただ、ここにガブリエラがいたらいいなと思いまして……うっ、ううっ」
ガブリエラが家族と上手くいっていないという話は聞いたことがない。
今目の前にいる母親の狼狽ぶりを見ても、ガブリエラが家族から愛されていることは確かだろう。家出の線は薄そうだ。
それにガブリエラは俺のところに遊びに来ても、毎回夕方にはきちんと帰宅をしていた。ガブリエラは定められた門限を守る良い子でもある。
そのガブリエラが帰らないとなると、本当に誘拐を疑った方が良いかもしれない。
「ガブリエラと一緒にいた男の特徴は聞いてますか?」
「中肉中背の普通の男だったらしいです。あまりにも普通だったから、怪しむ人はいなかったみたいです」
「普通の男ですか……」
特徴が無いとなると、探し出すことが難しそうだ。
それなら一緒にいた男からではなく、別の視点からガブリエラの行き先を考えた方が良いだろう。
「ガブリエラが行きそうな場所に心当たりはありますか?」
「あの子はまだ遠くまで行ったことがないので、行くとしても近所のはず……なのですが……ぐすっ、ぐすっ」
神童と呼ばれているとは言っても、ガブリエラはまだ十二歳だ。行動圏内は狭いと思われる。
……そうだった。ガブリエラは神童と呼ばれていたのだ。
ガブリエラの評判を聞いてガブリエラの誘拐を企んだ人物がいてもおかしくないし、ガブリエラを妬んだ人物がガブリエラに危害を加えようとしていてもおかしくない。
後者に関しては想像すらしたくないが。
「ガブリエラは自らの足で男と一緒に歩いてたんですよね? だとしたら、ガブリエラは甘い誘いに乗ってしまった可能性があります。ガブリエラが乗りそうな誘いは何だと思いますか?」
「ガブリエラには普段から、お菓子やおもちゃをもらっても知らない人にはついて行かないように、と口を酸っぱくして言っています。ただガブリエラはまだ子どもなので、誘惑に負けて言いつけを破った可能性もありますが……」
ガブリエラはそういった注意をきちんと親から受けていたようだ。
ガブリエラの母親はガブリエラが言いつけを破ったかもしれないと言っているが、ガブリエラがお菓子やおもちゃごときの誘惑に負けるとは思えない。
ガブリエラが誘惑に負けるとすれば、それは……。
「……ダンジョン?」
「ダンジョンがどうかしたのですか!? アデルバートさんは何かを知っているのですか!?」
俺の呟きを聞いたガブリエラの母親が、掴みかからん勢いで俺に詰め寄った。
……いや実際に俺の胸ぐらを掴んで俺のことを揺さぶっている。それほどまでに切羽詰まっているということなのだろう。
「教えてください! どんなに小さな情報でも構いませんので!」
「いえ、俺は何も知らないのですが……ガブリエラが誘惑に負けるとしたら、ダンジョン関連だと思ったんです。前々からガブリエラはダンジョンに潜りたいと言ってましたから」
「そんな……ダンジョンだなんて……」
ダンジョンという単語を聞いたガブリエラの母親が、わっと泣き始めた。
ダンジョンは命の危険がある場所だ。そんな場所にまだ子どものガブリエラが知らない男と入ったとなっては、最悪の想像をしてしまうのだろう。
「落ち着いてください。ガブリエラがダンジョンに潜ったという証拠は何もありません。ただの誘拐かもしれませんし……いえ、誘拐でも困るわけですが」
そう、ガブリエラがダンジョンに潜った証拠は何も無い。
むしろ「ダンジョンに連れて行ってあげる」という誘い文句で誘拐された可能性の方が高い。
ガブリエラの母親を余計に心配させるだけだろうから言わなかったが、現在ダンジョンには危険なモンスターが出没するという情報が回っている。そのため一時的にダンジョンに潜ることを中止しているパーティーが多い。
そんな中、今子ども連れでダンジョンに潜る人間は目立つはずだ。
そもそもガブリエラはまだダンジョンに潜ることの出来る年齢ではない。もしもガブリエラがダンジョンの前にいたら、誰かがギルドに報告をしているはずだ。
「やっぱりダンジョンに潜らせてあげると言われて誘拐された説が有力か」
最近この町では、子どもの誘拐が急増している。
ガブリエラも誘拐事件に巻き込まれた可能性が高い。
「ガブリエラのお母さん。俺もガブリエラとは仲良くしていた身です。微力にはなりますが、俺もガブリエラを探してみます。ですからお母さんは自宅で休んでてください。もしもガブリエラが帰って来たとき、家で待ってる人がいなかったら悲しいと思いますので」
それにガブリエラの母親の顔色を見る限り、外を出歩くことは危険に思える。この様子だと、いつ倒れてもおかしくない。
それなら無理やり動き回るより、家にいた方がいくらかはマシなはずだ。
本当は寝た方が良いのだろうが、この状況でそれは難しいだろうから、せめて安全な場所で座っていてもらいたい。
「ありがとうございます。この状況ですので、ご厚意に甘えて捜索に協力していただいてもよろしいでしょうか?」
「もちろんです。今後ガブリエラに会えなくなるのは俺も嫌なので、全力で捜索します!」
それに大事なメスガキ様であるガブリエラに怖い思いをさせた犯人がいるのなら、許してはおけない。
メスガキ様を傷付けるものは、俺が成敗してやる!!
俺は強い想いを胸に、ガブリエラ捜索に協力することを決めた。
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