●12
少女は俺のことを嘲笑しながら、町の中を進んでいく。やはり少女はこの辺に住んでいるわけではないようで、裏道や近道を通りはしない。その代わり、通行人の間をするすると駆け抜ける。
そしてようやく止まったかと思うと、少女は一件の家の扉を叩いていた。
「すみませーん。お家にいらっしゃいますかー?」
「いい加減にしろ、このクソガキ!」
扉に向かって呼びかける少女の首根っこを掴む。
「やっと捕まえたぞ。手こずらせやがって」
「えーっ!? もうちょっとだけ待ってくださいよ。すみませーん、扉を開けてくださーい!」
俺に掴まれても、少女はなおも扉に向かって呼びかけている。
そのとき目の前の家の扉が開いた。そして扉の中から出てきたのは。
「えっ。アデルバート?」
「……親父?」
忘れもしない親父の顔が、俺の目の前にあった。
この意味の分からない状況に、しばし頭がフリーズする。
それは親父も同じだったようで、俺たちは無言で向かい合ったまま、目をぱちくりとしていた。
そして十分に見つめ合った後、俺よりも数秒早く硬直の解けた親父が口を開いた。
「アデルバートは墓地以外にも行けるようになったのか」
「……もともと墓地以外にも行ってるよ。食料を買いに出歩いたりとか」
「…………」
「…………」
俺はお袋が死ぬまで、親父と何を話していただろうか。
毎日何かしらの会話はしていたと思うのだが、会話内容を思い出すことが出来ない。
「……親父は、ここに住んでるのか?」
それでも無言のままでいることも気まずいため、何とか話題を絞り出す。
「ああ、そうだ」
「同じ町に住んでるとは思わなかった。てっきり別の町に引っ越したものだとばかり……」
「仕事もあるのに、そう簡単に別の町へはいけない。それにこの町にいれば何かと情報も入ってくるしな」
情報……親父が言っているのは、俺の情報のことだろう。俺一人を前の家に置いたまま新居で暮らしているくせに、よく言う。本当に俺のことを気にしているなら、俺も新居に連れて行けばいいだろうに。
ああ、そうだ。この機会に、気になっていたあの質問もしてしまおう。
「親父が家を出て行ったのって、お袋の面影がある俺と顔を合わせたくなかったから?」
俺に問われた親父は、心底驚いた様子で目を見開いた。まるで俺がそんな風に感じていることになど気付かなかった、とでも言いたげだ。
「いいや。そんな風に思ったことはない。確かにお前はあいつに似ているが、お前はお前だ、アデルバート」
親父が自身の胸中を言葉にした。
お袋はお袋、俺は俺。
……もし本当にそう思っているのなら、これまでの行動の辻褄が合わない。
「俺のことをお袋と切り離して考えてるなら、親父はどうして家を出て行ったんだよ!? 俺の顔を見たくなかったから出て行ったんだろ!?」
「それは違う!」
「違わないだろ!? それ以外に親父が俺を遠ざける理由がない!」
「俺は……塞ぎ込んでいくお前と、どう接すればいいのか分からなかったんだ」
ぼそりと親父が呟いた。
どう接すればいいのか分からなかった!? まさかそれが、これまで俺を避けていた理由だったのか!? そんな幼稚な理由で、俺は、俺たちは……。
身体中から力が抜けていく。
「それならそうと言ってくれよ。俺のことを避けずにさあ」
お袋が死んで、親父にも避けられて、俺は一人ぼっちになったのだと思っていた。
だが実際はそうではなかったらしい。
「もし言ったら、お前が俺に気を遣うと思ったんだ。無理して接しやすいように振る舞うんじゃないかって」
「……なんだよ、それ」
そんな振る舞いはしなかった……と否定は出来ないが、それにしたって気持ちを言葉にしてほしかった。いくら親子でも、言葉にしないと伝わらないこともある。
「親しき中にも礼儀ありとは言いますが、もっと本音でぶつかってもいいんじゃないですか、二人とも」
突如として、可愛い声が聞こえてきた。
もちろん親父ではない。ずっと俺たち二人のやりとりを横で見ていた、あの少女だ。
「いい加減にしろ!って怒鳴りたくなるくらいで、ちょうどいいと思いますよ。この世でたった二人の家族なんですから」
そう言って、少女がにこりと笑う。
俺が少女に釘付けになっていると、少女は笑みを優しいものから悪戯っぽいものへと変えた。
「ふふっ。もしかして天使みたいな私に、惚れちゃいました?」
少女は自分で天使みたいと言ったが、俺のことを馬鹿にして、墓地から町なかまで走らせた少女には、天使要素が一つも無い。
「お前のどこが天使みたいなんだよ!?」
「だってお兄さんを元気にして、お父さんと話をさせてあげたんですよ?」
親父と話をさせたのはその通りだが、俺を元気にした……?
意味が分からず首を傾げると、少女が誇らしげに述べた。
「気付いてます? 今のお兄さん、とっても元気に見えますよ? 私のおかげですね!」
元気……確かにこんなに走ったのはお袋が死んでから初めてだし、こんなに喋ったのも怒鳴ったのも、そうだ。元気と言われれば、その通りなのかもしれない。




