●10
(1)
今はメスガキ様に狂っている俺だが、生まれたときからメスガキ様が好きなわけではなかった。強いて嫌いではなかったものの、注目もしていなかった。
そんな俺が変わったのは、おそらくあの件がきっかけだろう。
名前も知らない一人の少女。彼女が俺を変えたのだ。
お袋が死んだのは、俺が十五歳のときだった。
お袋は元から病弱だったこともあって、驚きは無かった。その代わり、果てのない喪失感が俺を襲った。
お袋との思い出の詰まった家に帰ることが辛いのか、日に日に親父は家に帰らなくなっていった。今では月に一度、俺に生活費を渡すために家へやって来る程度だ。
こんな状態でも俺の生活費を置きに来てくれるのだから、親父は親父できちんと父親の意識があるのだろう。
ただお袋の死によって出来た傷が癒えていないため、この家で暮らすことには耐えられないのだ。
……いや、もしかするとこの家ではなく、親父は俺に会うことが辛いのかもしれない。
俺にはお袋の面影があるから。
俺自身でさえ、鏡を見るとお袋のことを思い出してしまうくらいだ。親父の目にも、俺はお袋と重なって見える部分が多いのだろう。
だから俺は無意識に、お袋が死んだ事実を親父に突き付けてしまうのかもしれない。
きっとそうだ。だからこそ親父は俺のことを視界に入れたくないのだ。もしこの家が辛いだけなら、俺も一緒に新居に連れて行ってくれているはずだから。
このまま親父の心の傷が癒えなかったら、親父と俺の関係は自然消滅してしまうかもしれない。親子であるという事実は消えないものの、縁は切れてもおかしくない。
「……いただきます」
誰もいない家で、一人で夕食を食べる。朝食も昼食も一人で食べた。それが今の俺の日常だ。
兄弟でもいればまだ良かったのかもしれないが、あいにく一人っ子だった俺は、誰とも話すことがなくなっていった。丸一日誰とも話していない日が連続する。
近所の店で食材を買う際も、首を縦か横に振るだけになってしまった。近所の人は俺のお袋が死んだことも、親父が家に寄り付かなくなったことも知っているようで、俺に同情をしているためか、言葉を発しようとしない不愛想な俺のことを責めはしなかった。
俺は、その状況に甘えていた。
「……お袋の墓に行くか」
食事を終えた俺は外出の準備を始めた。毎日墓参りをしているため、持っていく供え物はもう思いつかなかった。
集合墓地は町のはずれにある。夕食を食べてから出発すると辺りが暗くなってしまうが、むしろそれが良かった。
夜に墓地へ行ったら、幽霊になったお袋に会えるかもしれないから。
「と言っても、俺はまだ一度も幽霊を視たことがないんだがな」
お袋だけではなく、生まれてこのかた何の幽霊も視たことがない。たぶん俺には霊感が無いのだろう。
墓地に着くと、そこには誰の姿も無かった。夜に墓参りをする人がいないのか、連日墓参りをする人がいないのかは、分からない。どちらにしても、夜に墓地で他人と会うことは滅多に無かった。
「みんなはどのくらいで死んだ人間と決別できるんだろうな」
こうして毎日墓参りをしている人間は、この町では俺だけなのかもしれない。
死んだ人間とは決別しないといけないから。いくら悲しくても、生きていかないといけないから。
現実を生きている限り、死者にだけ心を砕いてはいられない。働かなければ食べるものが無くなるし、子どもがいるなら面倒を見なければならない。俺以外のみんなは、そうやって死者と決別するのかもしれない。
だが俺は、自分がお袋と決別できる未来が想像できない。何年経っても、何十年経っても、毎日墓地に通い続けるような気がする。
「……って、成人したら自分で稼がないとだから、毎日は無理か。さすがに成人後まで親父に面倒を見てもらうわけにはいかないし」
だからいつかはお袋が死ぬ前のように、普通の生活に戻らないといけない。普通に町の人たちとコミュニケーションを取って、働いて、笑って。
……俺に、出来るだろうか。
自信は無い。激しく無い。俺はもう一生、笑うことが出来ないような気さえする。




