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(く、くらうどさん、どこに…)
日頃の運動不足のせいで、リディアナは走り初めて数分でへろへろになっていた。
横腹が痛い。
肩で息をしながら、近くの壁に手をついて立ち止まった。
「リディ!」
聞きなれた声に名前を呼ばれる。
こんな風に大きな声で呼ばれたのはいつぶりだろうか。と呑気に考えてしまう。
「探しました、リディ。塔へ行きましょう」
「く、くらうど、さん、わ、わ、わ、わたし、」
息が苦しいやら、嬉しいやらで涙が出そうになるリディアナにクラウドが言う。
「泣くのはまだ早いですよ、母君が、リディをお待ちです」
ぐいっと涙を拭って、再び走りだそうとするリディアナを覚えのある浮遊感が襲う。
「ひゃあ!」
「このまま運びますよ」
横抱きにしたままクラウドが走り出す。
塔の前についたとき、ちょうど他の騎士に優しく介抱されるように一人の女性が塔から出てきたところだった。
草臥れたようすのその女性からは、年月を感じるものの、リディアナと瓜二つ。
その美しさは健在である。
奇跡か運命か、ナディアは正気を失っていなかった。
リディアナの成長を泣いて喜ぶ母の姿にリディアナも涙を流し、とうとう二人は再会を果たしたのだった。
ナディアの衰えた体力を考え、その身は公爵家別邸へとうつされる。
最初は王宮で、という話だったが、ナディアの表情が曇ったのを見てクラウドが受け入れたのだった。
リディアナももちろん漸く会えた母と離れたくないと、公爵家へ移ることになった。
―――――――
公爵家へ戻って一月。
ナディアの体力も順調に回復していた。
最近は庭で風に当たったり、花を愛でたりということもできるようになった。
そんなナディアはクラウドととても馬が合うようだ。
草臥れていた母は今では儚さは残るもののとても美しい。
二人が並ぶとそれは物語にでてくるお姫様と騎士のようで、とても絵になる。
いつも楽しそうにお喋りしている二人をみると、リディアナは少しだけ胸が痛むのを感じていた。
その日の夜、クラウドがリディアナの部屋を訪ねてきた。
「リディ、少しお話をしませんか」
そういって誘い出されたのは夜の庭園だった。
真っ暗なんじゃないかと思っていたが、魔法であちらこちらに光の玉が浮かんでおりとても綺麗だ。
「うわぁ…きれい…」
「気に入りましたか?」
微笑ましいものをみるような眼差しに、リディアナは俯いた。
クラウドにとって、リディアナは妹みたいな存在なのだろう。
(きっとお母様みたいに綺麗で大人な女性が好きなのよ)
「リディ?」
「私も、お母様みたいに大人の女性になりたいって思っただけです」
誤魔化したところで通用しないのはもう何度も経験済みだ。
リディアナは思ったことを伝えた。
「なぜ?わたしは素直に感情を表すリディが好きなのに」
"好き"
その言葉にリディアナはドキリとして、自分を諌める。
(そう言う意味じゃないってば!妹として好きってことでしょ!)
「私も、優しくていつも守ってくれるクラウドさんが好きです」
クラウドの言葉を親愛として理解したリディアナは、友愛として返事を返す。
「それは、本当?」
目を見開いたクラウドが、静かに問う。
感情を抑え込んだようなその声音に、リディアナは不思議に思いながらも頷いた。
「リディ」
今までにないほど真面目な表情のクラウドに名を呼ばれて、リディアナはどきりとする。
「わたしと結婚してください」
いつかのように、その場に片膝をつき、リディアナの右手に唇を落としながらクラウドが乞う。
「へ?…え?!」
慌てるリディアナの手を逃がさないと言わんばかりに握り、指先、掌、手首と順に口づけを落とす。
「く、らうどさん、は、はなして――」
「嫌です」
「け、けけけけっこんってどういう…」
「そのままの意味ですよ。貴女と夫婦になりたい。これからもずっと一緒にいたいのです。わたしは貴女が好きで、貴女もわたしが好き。何か問題がありますか?」
「す、すきって妹みたいなそういう意味じゃないんですか?!」
「貴女を妹のように見たことなど一度もありません」
リディアナは心がどきどきと弾むのを感じる。
「でも…でも、こういうのはお付き合いから始めるんじゃ…」
「嫌ですか?わたしと夫婦になりたくない?」
「そ、そういうわけじゃ…」
どんどんと声が小さくなり、終いには俯いてしまったリディアナをみて、クラウドは音もなくその場に立ち上がった。
「うう…わたし、どうしたら…」
恥ずかしさと嬉しさと動揺と。
混乱して言葉を考えられないリディアナの顔を上向かせて、クラウドは顔を近づける。
「頷いてくださればいいんです。あとは貴女の同意だけあればいい」
どういうことかと疑問に感じるリディアナにクラウドは優しく教える。
「新しい国王陛下の結婚の許可も、貴女の母君の同意も全て揃っています。もちろん公爵家はすでにわたしが継いでいるので問題ありませんよ」
「私、なにも聞いてない…」
「ええ、今言いました」
クラウドはさらに畳み掛ける。
「リディのことが好きなんです。貴女を愛しているんです。これからもずっと貴女の一番傍にいて、もっと色々な表情をみたい。だから、ね?リディ、わたしの妻になって?」
(…嬉しい)
ほわんと暖かい気持ちになって、気が付けばリディアナは頷いていた。
その瞬間、クラウドの手元に数枚の書類が現れ、それらがぽうっと光った。クラウドが指をならすと、その書類は姿を消す。
「あれは?」
「結婚の同意書です。貴女の同意もとれて、只今受理されました。これで貴女はわたしのもの。わたしも貴女のものです」
嬉しそうにきつく抱き締められる。
閉じ込めたはずの恋の蕾が大輪の花を咲かせる。
「ありがとう、リディ。貴女が頷いてくれてよかった。以前から、ずっと、目にする度におかしくなりそうだったんですよ」
「以前?おかしく…?」
混乱するリディアナをふわりと抱き上げて、近くのベンチへ腰を下ろす。
リディアナはもちろん膝の上だ。
「くらうどさん?!」
「ああ、それです。オズワルド殿下のことはすぐに愛称で呼んでいましたね?わたしのことも、クラウド、と呼べるでしょう?」
「あ、あの、ちょっと、まってくださ――」
「それもです。サフィアス殿下には敬語じゃなかったでしょう」
拗ねたようなクラウドの顔に思い出す。
『――羨ましいですね』
あの日クラウドがいった言葉は聞き間違いではなかったのかと、リディアナは思い至った。
リディアナは心を決める。
「あの、私…恥ずかしくて、でも頑張る、から…」
くらうど。
クラウドの胸元のシャツを握りしめ、そこに顔を隠すようにするリディアナをクラウドはきゅうと抱き締めた。
「…ああ。リディ」
リディアナの髪にクラウドは頬ずりをしてから、赤く染まったリディアナの頬に手を添える。
「ふふ、火がつきそうなほど真っ赤ですね」
「だ、誰のせいだと思って…」
からかうような口調にリディアナは拗ねたようにクラウドを見上げる。
「ああ、駄目ですよ、リディ。そんな風に男を見上げたら。特に貴女を慕っている男は危険ですからね」
こんなふうに。とクラウドは顔を近づける。
光の玉が照らす幻想的な雰囲気のなか、作り出された2つの影がそっと1つに重なった。
――end――
後半急ぎ足になりましたが、本編は以上で完結しました。
拙い文章だったかと思いますが、ここまで読んでいただきありがとうございます。
この後は、クラウド視点と後日談をちょこちょこ投稿できたら、と思っています。




