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リディアナは自室へ戻った瞬間に涙が溢れだし、しゃがみこんだ。
(最低だ、私)
自分のせいで顔も知らない結婚相手が危ない目に合うかもしれない。
母はこんなことを望むのだろうか。
むしろ承諾したリディアナを軽蔑するかもしれない。
夢の中の母は、自分のことより娘の幸せを願う人だったのだから。
分かっていたのに。
(拒めなかった)
自分の弱さが悔しい。
なんて浅慮で惰弱な人間なのだろう。
結婚も。
ズキズキと心が痛む。
こんな卑しい人間には望む資格などないのかもしれないが。
(好きな人と、結ばれたかった)
気が付けば心の一番深くまで入り込んでいた、優しくて頼もしい人。
たとえ同じ想いを返してもらえなかったとしても、伝えたかった。
(今はもう、無理ね)
伝えられるわけがない。
こんなときに、自分の結婚相手で心を痛めているような醜い心根では。
(私も、国王陛下と同じ)
母親の自由のために誰かを犠牲にしておきながら、それでもまだ欲は尽きないのだから。
―――――――
声を押し殺して、一通り泣いたあとは頭も目もズキズキと痛む。
(この感覚には覚えがある)
母親の真実を知って、大泣きしたあの日を思い出す。
もうすぐクラウドも仕事を終えて部屋へ来るだろう。
リディアナはお風呂へ入り、目を冷やし、しっかりと化粧をする。
傍目には泣いていたとはわからない出来だ。
先程侍女と会ったが、泣いていたことに気付いていない様子だった。
リディアナは鏡の中の自分に微笑む。
「私は大丈夫」
泣いた後に考えられたのは、結婚相手の無事をどうにか守るということだけだ。
こちらの事情に巻き込むのだから、せめて誠意はみせなければ。
リディアナはいつの間にか芽吹き、蕾に育っていた恋心にきつく蓋をする。
「私は大丈夫」
もう一度同じ言葉を口にする。
鏡の中のリディアナも強い眼差しでこちらを見返す。
気合いを入れ直したとき、丁度そのタイミングで扉がノックされる。
扉を開けた先には、いつもの通りクラウドの姿がある。
「お疲れ様です、クラウドさん」
「お迎えに――」
にこりと笑顔で出迎えた瞬間、不自然に言葉を止めたクラウドに何時かと同じようにふわりと抱き上げられる。
「泣きましたね?」
ダンスの時と同じ縦抱きだ。
目の前のクラウドの綺麗な眉間に似合わない皺が寄っている。
リディアナは驚きにぱちぱちと瞬きさせたまま、声を発せずにいる。
「誰ですか、貴女を泣かせたのは」
「クラウドさん?泣いてないですよ、一体どうしたんですか?」
苦笑を浮かべて、さも不思議そうに返す。
クラウドの眉間の皺が更に深くなり、剣呑に目が細められる。
「こんな誤魔化しが、わたしに利くとでも?」
「今のクラウドさんが怖くて泣きそうです」
冗談めかして言うとソファに降ろされ、そのまま押し倒される。
もちろんその手つきは優しい。
「随分、見くびられたものです」
「くくくくくらうどさん??!!」
今まで至近距離の抱っこやソファの背凭れとの間に囲まれたことなど随分と際どいと感じていたが、これはアウトである。
(ギルティ!ギルティ!!)
リディアナの頭の中で、警光灯をくるくる回してサイレンをならしたパトカーが走り回る。
「いつもより目が2ミリほど腫れていますね。それに瞳の潤みも強い。これで気が付かないと思ったんですか?」
(いや、普通は気が付かないと思いますけど!)
「に、2ミリなら誤差範囲なのでは?」
「貴女の誤差範囲は±1.7ミリですよ」
若干…若干?引きながらも、リディアナは口を開く。
「は、腫れているというのなら、先程目にごみが入った際に擦ったからだと思います」
だから早くこの体勢を止めましょう!とクラウドを見上げる。
クラウドは、ふぅん…と納得したのかしてないのか分からない相槌を溢すと、親指の腹ですりすりと優しく目元を撫でる。
そしてその親指を今度は口元へ移動させる。
「唇を強く噛んだ後がありますね。これも目に入ったゴミのせい?」
すり、と唇をなぞった親指は、続いてリディアナの手を掴まえる。
「強く手を握りしめたせいで掌に爪の後が付いています」
ねぇ、まだ言わせたいですか?
合わせられたアメジストの瞳はほんのり傷ついたように揺れている。
「く、クラウドさ――」
「わたしは、貴女の悲しみを打ち明けるには心許ないですか?…信用、できない?」
「ちが、ちがいます!」
話さないことが傷つけていたなんて思いもしなかった。
「では打ち明けてくださいますか?」
「っ………」
それでも軽蔑されたくなくて、どうしても言葉が出てこない。
リディアナが言葉を探しあぐねていると、クラウドが寂しそうに微笑んだ。
「ほら、ね」
クラウドはすっと体を起こしてリディアナの上から体を退かす。
その離れていく体温にリディアナは酷く焦りを感じて、気が付けば首に縋るように抱きついていた。




